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7話 金色の花

 

 のどかな森の中で、わたしは目を覚ます。

 ログイン後はすぐにハナちゃんを探すつもりでいたけど、その必要は無くなった。まるでそこにいるのが当たり前みたいに、落ち葉のベッドの上で寝っ転がっていたから。

 昨日と同じように、わたしも隣に腰を下ろしてみる。


 さらさらと抜けていく風の音が心地良い。木漏(こも)れ日の暖かさや、森の匂いを錯覚してしまうくらいに、よくできた世界だ。


 それにしても、なかなか気付いてもらえない。

 そっと顔を覗き込んでみると、目を閉じて小さく寝息を立てていた。妹の話ではないけど、なるほど。ある意味、天使だ。

 起こしたら悪いかな、と思いつつ小さな声で「こんにちはぁ……」と声をかけてみる。起こしたくないなら黙っていればいいし、起こしたいなら大きな声で呼びかければいいのに、われながら矛盾した行動に笑ってしまう。


「うわっ」


 ハナちゃんが目を覚ます。まるで電気でも流されたかのように、ぴょんっと上半身を持ち上げた。


「ごめんね。びっくりさせたかな」

「……そういえば、すぐそこで強制ログアウトしてたね。あなた」

「うん。ハナちゃんはあの時、最後に何か言おうとしてた?」

「大したことじゃない」


 手探りというか、なんだか微妙に噛み合わないような会話だ。でも、他人(ひと)と話すのってこんな感じだったかもしれない。

 ハナちゃんはサバサバとして妹の語ったアイドルとはかけ離れているけど、昨日感じたような違和感は無くなっていた。わたしにとってのハナちゃんは、キラキラしていない方のハナちゃんに切り替わりつつあるのだ。というか、切り替えた。


「強制ログアウトは危険だって伝えようと思った」

「なるほど」

「データが破損したりするから」

「うんうん。なるほど」


 ニュアンス的にパソコンの強制終了みたいな感じだろうか。よくわからないままに返事をしてしまう悪い癖が出てしまっていた。こういうのは少しずつ治さなければいけない。わたしは今、そのためにここにいる。


「あー……破損というと、電気がビリビリ流れたりとか?」

「そんな都市伝説もあったね」


 ふふ、と真横から笑い声。手応えありかとハナちゃんの顔を見たら、別に笑っているわけではなかった。『声だけ愛想笑い』だ。わたしもよくやる。

 つまり電気ビリビリは古いジョークかなにかと思われたらしい。妹め。


「あなた、本当に初心者だったのね」

「本当に初心者だったのです」


 オウム返し。悪癖その2だ。丁寧(ていねい)相槌(あいづち)以上の効果はない。むしろ会話が止まる。

 適切な距離を保つにはちょうど良いやり方だと思っていたけど、その適切な距離という前提がどうやら間違っているので、やっぱり治していかなければならない。

 ハナちゃんが顔を覗き込んできたので、わたしは「ふふふ」声だけで笑って返した。うん、言ってるそばから前途多難だ。


「……あなたが今日のイベントに来なかったから、やっぱり追っかけじゃないって分かった」


 ハナちゃんは斜め上を向いて、遠くを見ていた。視線の先を追ってみると、木々の間から見える空は、ただ青いだけだった。

 さあっと風が吹いて、ハナちゃんの髪が流れる。寂しいような、つまらないような、なんとも微妙な顔をしていた。


「追っかけだった方が、良かったとか?」

「そうじゃない…………いや、そうなのかも」


 なんとも歯切れが悪い。自分でもよく分かっていないという風だ。


「じゃあ、わたしがハナちゃんのファンになろう」


 追っかけじゃなくて、ファンという事にすれば受け入れやすいかもと思った。違いはよくわからないけど。


「……いや、やっぱりいい。私の嫌な部分、見られたから」

「今から何事も無かったように、ですわー! とか」

「無理だって。そこまで器用じゃないよ、私」


 きっぱり断られた。

 だけど、嫌な部分を見せてくれているというのは、けっこう嬉しい。そういうのって本当は誰にも知られたくないはずだから。


「じゃあ、わたしと友達になろっか」

「友達って……」


 美味しいの? とで言いたそうな顔だ。なんとなく、リアルのハナちゃんは友達いなさそうだなと思った。分かる人には分かるんだぞ。


「ファンでも追っかけでもなくて、ただの友達だよ。お互いに肩肘張らなくて済むでしょ? どうかな」


 ちょっと食い下がり気味に提案すると、ハナちゃんは口をへの字に曲げて黙ってしまった。嫌がっているというより困惑しているみたいだ。視線がぐるぐると行ったり来たりしている。

 必死さを気付かれてしまったのかもしれない。本当は繋がりを求めているのは、わたしの方なのだ。


「……わかった。まってて」

「お?」


 ハナちゃんは指をくるくると回した。また蝶が出てくるのかと構えていると、目の前に半透明のプレートが出現した。プレートは宙に浮いていて『HANAとフレンドになりますか? はい・いいえ』と発光する文字で書かれている。

 ゲームのフレンド機能だった。


「えっと……ハナちゃん?」

「なるんでしょ、友達。本当はプライベートの交流とかダメなんだけど……今さらだし」


 ただの照れ隠しだったみたいだ。

 わたしもちょっと熱くなって『はい』の部分を何度もバシバシと叩いた。プレートは金色に輝いたあとサラサラと消えて、ハナちゃんの頭上にあるHANAの文字が金色になった。


「よろしくね! ハナちゃん」


 友達って、こういう作り方で合っているのだろうか。疑問は残るけど、わたしたちの間では有難い機能かもしれない。


「ユタ、でいいのかな」

「…………ん?」


 ユタ? 何のことだ? と考えていると、わたしの頭上を指差された。おおう、YUTA0343。今のわたしの名前だ。


「うんうん。ユタでいいよ」

「じゃあよろしくね。ユタ」


 ゆうた、と読むものと思っていたけど、日本人の外見ではないから、ユタの方が自然か。

 しかし忘れかけていたけど、今のわたしはイケオジだ。こんな年の離れたおじさんと美少女アイドルがトモダチになっても大丈夫なのだろうか。じあん……じゃなかった、不安になる。

 かといって、わたしは現役女子高生ですと発表するのもなんだかヘンな話だし。


「…………なに? じっと見て」

「いや、こんなおじさんでもいいのかなって」


 いやいや何言ってんだわたし。意識したら余計おかしくなっちゃうやつだよ。


「ごめんやっぱ今の無しで」

「別にいいんじゃない?」

「いいのか……」


 ハナちゃんは中々(きも)の座った子だなぁと思う。アイドルともなると、やっぱり大人になるのが早いのだろうか。


「あなたが本当におじさんかなんて確認のしようが無いし、聞きたくもないから」


 刺々(とげとげ)しい。もしかしたら、地雷というやつを踏んでしまったのだろうか。

 ハナちゃんはわたしを真正面に捉えて、続ける。


「その人の本性だとか、裏の顔だとか、リアルではどうとか、そういう腹の探り合いは本当に無駄だと思う」


 ハナちゃんが口を開くたびに放たれる言葉はひどく尖っていて、信じられないくらいに直球だ。だから、わたしの胸の奥へとあっさり突き刺さってしまう。

 言っている意味も分かる。痛いくらいに分かっているつもりだ。だけど。


「待って。腹の探り合いとか……そういうことを放棄したら、人付き合いなんて出来なくなっちゃうんじゃないの?」


 わたしの心臓まで届けられたものをどうしたらいいのか分からなくて、つい反論する調子になってしまった。


「うん。だから別に、それで良いと私は思う。気の合う相手とは腹の探り合いなんて発生しないし。必要なら、自分からさらけ出していくものでしょう?」


 まだ迷いのあるわたしと比べて、達観している。ハナちゃんは孤独の中で生きることを良しとして、疑っていない人だった。羨ましいし、格好いいなと思った。


 だけど。わたしは気付いてしまった。


「ふふふ」


 その孤独至上主義には(きず)があるというか。

 わたしにだけ付け入ることのできる『すき』が用意されている。お互いの頭上に輝く金色の『すき』だ。


「…………なに?」


 あえてそれを指摘するつもりはない。

 わたしたちは気の迷いか何かで偶然『フレンド』になったようなものだから、まだまだ脆くて不安定なのだ。

 だから、いったん保留にしよう。ちくちくと痛むハナちゃんの棘も、わたしの不安定な心も、今は柔らかいベールで覆って隠してしまおう。

 その行為をハナちゃんはどう思うだろうか。こういう腹の探り合いなら、わたしは良いと思う。


「…………なんで笑ってるの?」

「いや、ハナちゃんは大人だなぁと思って。えらい、えらい」


 なでり、なでり。嬉しい気持ちを言葉に出さない代わりに、右手に込めた。ハナちゃんは頭に乗った手を払うでもなく、じーっとこちらを見つめながら、にやりと笑う。


「私の方が大人かもよ?」

「えっ」

「あなたに負けないくらい、おじさんかも」

「えええっ」


 なでる手が止まるのであった。

 かと言って、引っ込めるのも後味が悪くなる。進退極まるとは、この事だ。


「ハナちゃんは、お、おじさんなの?」

「教えないよ」

「どうしたらいい……?」

「あなたが始めたことなんだから、あなたが決めなさい」


 なんだろうこの。はたから見れば、わたしが撫でている風なのに、実際はハナちゃんがわたしを撫でているという逆転現象が起きている。頭を使って手を撫でてくるとは、常識の通用しないフレンドさんめ。


 なすがままにされていると、ハナちゃんの動きがピタリと止まった。小動物が敵の気配を察知したみたいな変化だった。


「誰か近づいてきてる」

「えっ、本当に敵の気配?」

「プレイヤーだけど……ここまで来るのはだいぶ怪しいやつ」


 ハナちゃんが、わたしの手をぐいっと引っぱった。「こっち」と言われるままついていくと、大きな木に押し付けられる。大木とはいえ、身を隠すにはちょっと頼りない。


「今度こそ追っかけかも。今日は分かりやすく蝶を置いてたから……」

「なんで?」

「……………………」


 無言でぐいぐいとお腹を押される。後ろは大木があるだけだから、これ以上押されても、わたしが潰れるだけだよハナちゃん。


「ハナちゃん……? あの、このままだと見つかっちゃうかもよ」

「そうだね」


 わたしにも分かるくらいには、人の気配が近づいてきていた。一人ではない、複数人の話し声と足音が聞こえる。


「忍法────」

「え? なに?」


 突然、(いん)を結び始めるハナちゃん。左右の手を使って、鶴・狐・兎と形を作っていく。意味が分からない。


木遁(もくとん)・木に隠れるの術!」


 ハナちゃんが叫ぶと『ぼふん』とアニメか何かでしか聞いたことのない音が鳴った。

 視界が暗くなって、自分が木に同化したような感覚を覚える。ああ、そういえばここはゲームの世界だったな、と思い出すには十分な体験だった。


「ハナちゃん実は忍者だったでござるか……」

「このスキル、便利だから取ったんだ。今度教えてあげる」


 声が近い。視線を下にずらすと、すぐそばにハナちゃんの顔があった。薄暗くてよく分からないけど、少し悪戯っぽい表情をしている気がする。おいおい、おじさんと美少女だぞ。


「は、ハナちゃん……!」

「静かに」


 ずん、とおなかを押される。ゲームなので痛くも苦しくもないんだけど、なんだか身体が熱い。リアルわたしは今、汗をかいているのかもしれない。


 複数人の声はどんどん近付いてきて、目と鼻の先くらいで止まり「ここで形跡が途絶えておりますなぁ!」「参りましたなぁ!」「野生アイドルのスクリーショット、成らずですなぁ!」などと妙に口調の統一された集団が周囲をぐるぐる回った後、過ぎ去っていった。


「うわあ……。あれが追っかけ?」


 見つかりたくない気持ちはよくわかる。ろくなことにならなさそうだ。それにハナちゃんが目的というより、アイドルだから追いかけてやるみたいな感じだった。


「見つからなくて良かったね、ハナちゃん」

「……………………」

「ハナちゃん?」

「…………くるしい」

「んん?」


 ハナちゃんが目をぐるぐる回しながら訴える。一難去ったのに苦しいとは一体なんだろうか。

 と、そう思ったところで気付いた。わたしの(りき)みに力んだ両腕がハナちゃんの背中にまわっている。


「おわっ! ごめんね。無意識のうちにやっちゃってたよ」


 現実世界と違って、力の微調整が難しい。半分夢を見ているようなこの世界では、身体が無意識に動いてしまうことが結構あるのだ。ちょうちょ追いかけたりとか。


「…………はぁ、はぁ」


 木遁の術が解けたあとも、ハナちゃんは苦しそうにしていた。


「だ、大丈夫?」


 そんなに苦しかったのだろうか。痛みとか苦しさとかは感じないように出来ていると思っていたけど。

 自分のほっぺをつねってみる。うん、あんまり痛くない。

 もしかしたら、わたしと違って最新のゴーグルを使っているのかもしれない。新製品はさらにダイレクトな体験を! みたいなことを妹が言っていた気がする。


「…………もう今日は遅いから、落ちる」

「あ、そうなんだ。時間を忘れちゃうね。あはは」


 今が何時かよくわかっていないけど、たしかに結構時間が経っている気がした。ゲーム世界の青空も夕焼けになっている。ただ、なんというか……お別れが突然すぎるというか、わたしのせいで落ちるみたいな事になっていないか。

 昨日の自分を思い出した。勝手に盛り上がって、勝手に失望して、ヘソを曲げるようにログアウトした自分だ。

 原因は本当に分からないけど、これで終わりにしてはいけない。


「ハナちゃん!」

「……ん?」


 10、9、8──

 金色の名前の上で数字がカウントされていく。きっとこれが0になればログアウト完了だ。


「また明日ね!」


 4、3、2──

 ハナちゃんは困ったような顔をして、ふふっと笑い声を漏らす。

 それから、


「また、明日」


 1、0。

 夕焼けに照らされて赤くなったハナちゃんの頬は、なんだか少し懐かしい気持ちにさせてくれた。




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