6話 妹訪問
夜眠る時はいつも、掛け布団を顔半分までかける癖があった。寝始めはちゃんとしていても、起きた時には大体顔にかかっている。どんなに暑くてもやってしまうので、真夏の日は起きた時の寝汗がすごい。かといって薄手のブランケットにしたら、なんだか落ち着かなくて眠れなくなる。困った癖だった。
とくに今日は顔半分どころか顔全部が埋もれていたので、むせるような息苦しさで目を覚ました。
今が何時か確認もしないままシャワーを浴びて、漫画を読んで、テレビをつけて、ネットを見て、と居間でごろごろしていると「遊びにきたよ」と妹がやってきた。
「んん……おはよ」
「もう夕方なんだよなぁ」
やれやれ、と両手を水平にして首を振る妹。海外ドラマでしか見たことのない動きだ。恥ずかしくないのかな。
わたしが中二の時はどうだったかな、と思い出そうとして、頭の裏側がずんと痛んだのでやめた。
「で、お姉ちゃん。もうVRやらないの?」
「あー……」
そうだった。妹に感想を聞かれるだろうと予想していたのに、大して遊んでいない。「うー」とか「あー」とかいって時間を稼いでいると、妹はまた、やれやれのポーズをとった。わたしの右頬の筋肉がピクッと反応した。何度もやられるとむかつく。
「当ててやろっかー。あの後、あんまり遊ばないまま終わったんでしょ」
「正解。賞品としてVRゴーグルを差し上げましょう」
「いやいやちょっと待って! もうお姉ちゃんにあげたやつだから、返さなくていいの」
慌てる妹を見て頬の筋肉がゆるむ。そのまま顔をむにむにと揉みほぐして、ゲームの素直な感想を言うことにした。
「キアヌのゲームやったんだけどね。なんか、どう遊んだらいいか分からなかった」
「キアヌ? ああ、MMOか。あたしもそーだったよ」
「そうなの?」
「最初はそーだった。あの時は人間不信みたいになってたし、こんなの逆効果じゃんって」
不登校だった頃の話だ。今からじゃ考えられないほど病んでいて、わたしが学校に行こうとすると袖を引っ張ってきたのをよく覚えている。
「でも今はオタク化してるじゃん」
「照れるぜ」
「はいはい褒めてない」
こういう型にはまったやり取りも、今は他人とやるのがしんどい。妹相手だと何も考えなくていいから楽だった。水上だとどうかな。何か変化球を投げてみて、反応を確かめたいかもしれない。
「じゃあなんでVRにハマったの? ……って聞かないの?」
「はいはい、じゃあなんでVRにハマったのかな〜?」
やれやれのポーズを交えつつ、お望み通りの反応を返してやった。「ふひひ」と気持ち悪く笑う妹。意趣返しは逆効果だったようだ。
「あたしも何すれば良いか分かんなくてさ。ゲーム内で歩き回ってみたけど、いきなり誰かと仲良くなれるわけじゃないし、他人は他人のままなわけじゃん?」
わたしと同じだ。すでに楽しんでいる大勢に紛れても、孤独感を増幅させるだけだった。彼らは現実の延長でゲームを楽しんでいた。
「でもね。そんなあたしに、微笑みかけてくれたエンジェルがいたのさ」
「エンジェル」
「…………比喩、だぜ?」
「それは分かってるよ」
照れ隠しで言ったセリフで照れる妹。運命的な出会いがあった、と言いたいのだろうか。
「天使みたいなVRアイドルが居たんだよ。お姉ちゃんは知ってる? VRアイドル。歌ったり踊ったりするの」
「あー、広場でパフォーマンスしてた子かな? それなら、ちょこっと見かけたかも」
歌ったり踊ったりしてたのは、残念ながら見れなかった。代わりに、見たくない一面を見てしまったけど。
「へー、会えたんだ。昨日のあの時間だとハナちゃんかな?」
「そう、ハナちゃん。よくわかったね。有名人なの?」
「んー……一部界隈で有名?」
「おもしろい言い回しを覚えたねぇ」
要するに、そこまで有名じゃないということだ。
あそこはステージといっても、さほど大きくなかったように思う。観客たちも終わったらさっさと帰ってしまってドライな印象を受けたし。こう言ったらハナちゃんに失礼かもしれないけど、大物アイドルという雰囲気ではなかった。
「VRアイドルっていうのはね、VR世界でアイドルとして活動している人たちの総称なんだよお姉ちゃん。ハナちゃんは出てきたばかりのアイドルで、まだ知名度はあんまり無いけど、これから絶対伸びる。あたしには、わかるんだな」
饒舌になった妹は両手をわきわきさせながら狭い居間の中を行ったり来たりする。そのうち天井まで飛び上がるんじゃないかというくらいのエンジンのかかり方だ。
「流行り廃りがすごくて競争が激しいんだけど、売れてるときは動画投稿とかライブでババーンっと収入が入って、専業にしちゃう人もいるくらい。あ、実はVRアイドルって事務所付でやってる人もいれば個人でやってる人もいるんだけど──」
加速する妹のペースは寝起きのわたしにはつらい。ただでさえ容量の足りない頭なのに、情報を無理やり流し込まないでほしい。不良となった姉の期末テストの点数を見せてやろうかな。
そういえば水上はテストどうだったんだろう。一緒に赤点を取っていれば、今ごろ学校で補習を受けているなんてこともあったのかな。……んー。あいつ頭良さそうだからそれは無いか。本ばっかり読んでるし。この前読んでた台本は結局よくわからないままだったなぁ。
「──というわけなのだよお姉ちゃん」
やべ。全然聞いてなかった。
「なるほど~」
無難な相槌で誤魔化すと、妹は満足したのか「ンフー」とか言いながら鼻から息を漏らして、また元の位置に着地した。おっけー。バレテナイ。
「だからね、お姉ちゃんもやってみれば? アイドル」
「は?」
流れが唐突すぎて、素っ頓狂な声が漏れ出た。聞いてなかったわたしが悪いんだけど、いったい、どういうロジックが働いてそうなった妹よ。
「いやいや! 無理だよ。あんたがやればいいじゃん」
「えっ……ええぇえー! あたしがやるの? そんなの、おこがましいよ~~」
くねくねする妹。まんざらでもなさそうだ。
アイドルに救われたから、自分もそういう存在になって誰かを救いたい、ということなら、それは素晴らしい感情だと思う。どんな形であれ、未来に進む源動力を手にしている妹は羨ましいと思った。
それから妹と二人でババ抜きと腕相撲とトランプタワー大会をやった。この辺の遊びは以前、妹のガス抜きをする目的でやっていたものだ。じゃないと、ずっと部屋にこもりきりだったから。
なんとなく、今は立場が逆転しているように感じる。妹にそのつもりがあるのかどうかは分からない。
でもまあ、正直なところ助かった。わたしは孤独にめっぽう弱いみたいだから。
ご飯とお風呂をすませて自室に戻って、わたしはまたVRゴーグルを装着した。
昨日と同じくらいの時間。昨日とは違う目的をもって。いざリベンジ、と呼ぶにはちょっと仰々しすぎるけど。