3話 サボテン
「小出?」
どこに行くの? と、水上はそんな顔をしている。
「ちょっと秘密基地にね、行こうかと」
「待って」
水上を引く手に抵抗を感じたので足を止める。部室棟へ行くというのは伝わっているはずだ。そもそも、わたしと水上の接点はそこにしかない。
「嫌なら無理にとは……言わないけど」
歯切れが悪いのは、一体どの口が言うのかと自分に呆れたからだ。色々あったけど、結果的には無理に連れ出しているようなものだし。
軽く自己嫌悪に陥っていると「ちょっと待ってて」と水上が教室に戻っていった。
それから鞄を持って帰ってくると、全く同じ配置に収まる。律儀なやつだった。
流れ的にまた手を取ればいいのかなと狙いを定めていると「自分で歩けるから」わたしから隠すように手を引っ込めてしまった。
昼休みに部活をしている酔狂なやつは居ないので、すんなりと部室に移動することができた。
水上が入り、わたしが続いて内側から扉に鍵をかけることで、限定2名の聖域が完成する。昼休みという短い時間なので、これはこれで貴重な感じだ。
水上はいつもの席――窓がある奥側に座ると、いつもの調子で本を開いた。
なんで今連れ出したのか、とか聞いてこない。わたしたちの間には、一緒に居ても不干渉、みたいな不思議なルールが存在していた。話し合って決めたわけではない。お互いに居心地の良い距離に収まった結果なんだろうと思う。水上は逃げるわけでもないし、わたしも毎日ここに来ている。
だけど、昼休みに(半ば強引に)誘ったのだから、何かリアクションが欲しいなぁと思ってしまうのも事実なわけで。
じっと水上の顔を見つめていると、根負けしたかのように本を閉じて「どういうつもり?」と聞いてきた。水上の声は、陰気な見た目からでは想像もつかないくらいに凛としていて、淀みない発音で真っ直ぐに耳に届けられる。ギャップに慣れてない人は、その不意打ちから言葉に棘を感じるのかもしれない。「答えて。人さらいの宇宙人」まあ、わりと普通に棘を飛ばしてくるんだけど。
氷のような視線を甘んじて正面から受け「昨日はごめん! 今日もごめん!」と土下座をした。
土下座といっても机の上での土下座だ。土下座くらいに勢いのある謝罪と呼んだ方がより正確かもしれない。
「ふーん?」
その為だけにここに呼んだの? 謝るために悪行を重ねてない? あんたバカなの?
……言ってないけど、水上の冷たくて短い反応にはそれくらい含まれていても不思議ではない。
「そっ、そこでですね」
「うん」
わたしだって何の作戦も無しに水上を誘拐したわけではないのだ。奥の手はまだとっておいて、とりあえず購買で買ってきたパンをだばぁっと机にぶちまける。
「じゃーん。わくわくお昼ごはん」
「………………?」
「選んで選んで」
焼きそばパン、カレーパン、たまごパン、あんぱん、ウィンナーのやつ。よりどりみどりだ。ぐいっと水上の方に押しやって「おごりだぞ」と追い打ちをかける。
断られれば水上の水しか飲まない謎に追求して、食べてくれれば、まあ満足。そんな作戦にしよう。今考えた。
全部要らないと言われたら、どうしようか。わたし一人で処理しなきゃいけないので困っちゃうんだけど。
「じゃあこれもらう」
「いいのいいの遠慮しないで──ってあれ?」
両腕を使って焼きそばパンとカレーパンとあんぱんとウィンナーを抱き寄せる水上。がばーっと、しなやかに。まるでラスベガスのスゴウデディーラーが『悪いね』とか言って賭けチップを全部持っていっちゃうような仕草だった。いや実物見たことないけど、水上の迷いのない動きがそんな幻想を引き起こしたというか、5個のうち4個持っていっちゃうのはむしろ強盗めいているというか。
わたしのチップはというと、たまごパンしか無い。さすがに午後の勝負を考えるとカロリー不足だ。「あのぉ……」と水上の顔を覗き込むと、見たこともない表情をしていた。
ルンルンルン♪ おっひるっごはんっだ♪ うっれしいなっ♪
言ってない。言ってないけど、表情が歌っていた。ニッコニコだったのだ。水上の衝撃の一面だ。
そんなものを見せられたら、まぁたまごパンだけでいいかなという気持ちにもなるのだった。
わたしがたまごパンを食べ終わる頃には、水上はカレーと焼きそばを平らげていた。その食べ方がまた豪快で、一口がでっかい。がつがつという擬音がどこからともなく聴こえてくるような食べっぷりだった。それも美味しそうに食べるので、見ているだけで幸せになる。
水上は二つ食べ終えたところで、がめていたパンをこちらに差し出してきた。
「ごめん。お腹すいてたから」
「いいよいいよ、気にしないで。もっと食べていいんだよ?」
申し訳なさそうな水上へ残りのパンを押し戻す。わたしが食べるより、ずっと世の中のためになる。とかよく分からない感想が浮かんでいた。水上はそれくらい美味しそうに食べるのだ。購買の惣菜パン、そんなに気に入ったのかな。
「じゃあもう一個だけ」
そう言うと、水上はあんぱんを鞄に詰め込んだ。あちゃー、その手があったか。
「お腹いっぱいだから、持って帰るね」
「うん……あはは」
水上のこと、知れば知るほど分からなくなってくる。質問攻めにしたい気持ちもあるけど、こういう偶然から生まれる発見の方が面白い。
……というのは建前で。実際のところ、不可抗力で距離が縮まるなら、まあ仕方がないか、と自分に納得がいくからなんだろう。
わたしが残りのパンをもっそもっそと食べている間、水上は本を開くこともないまま、ぼうっと顔を上げていた。というかこちらを見ていた。やっぱり、俯いていないと美人がむき出しになる。
「……なにかな、水上くん」
「うん。いや、食べ終わるまで待ってる」
「わかった」
大口でパンにかじりついて昼食を消化する。よく見ていろ水上、おまえの真似だ。「んぐっ……」喉奥に詰まって、お茶で流し込む。味なんて分からなくなってしまうのであった。
「大丈夫?」
「ふぅ……へいきへいき」
深呼吸して、お茶をもう一口飲んだあと、両手を合わせて「ごちそうさま」をした。
「ごちそうさま。小出、ありがとう」
水上はピンと背筋を伸ばして、真っ直ぐに言った。なんだか照れくさくて「いいよいいよ」と手を振って誤魔化した。
水上はやっぱり、変わっている。気持ちをそのまま伝えてくるから、腹の探り合いのようなものが発生しない。そういう人が居るというだけで、わたしは居心地の良さを感じるのだ。
「小出。もう戻る?」
「あ、待ってね。実はまだ、とっておきがありまして」
席を立つ水上に言うと、不安そうにお腹を撫でていた。違うよ水上。今度は食べ物じゃないよ。
鞄から例のブツを取り出して、水上に見せた。
「…………さぼてん?」
「正解。ミニサボテンちゃんです」
昨日のうちに駅前モールで買ってきた、手のひらサイズでふんわり丸いミニサボテンの……ミニサボテンの……うーん。
「水上、名前つけて」
「えっ…………むぅ」
考えてくれるみたいだ。じーっとサボテンを見つめている。
とくに何を買うか決めずにモールをうろうろしていたわたしは「贈り物といえば花だよな」くらいのぼんやりしたイメージで花屋に入っていった。入って気付いたけど、どうイメージしても鮮やかな花は水上に合わない。相手がチョベリバであれば、なんであれ「ギャハー!」とかいって喜んでくれそうだけど。
狭い花屋を隅々まで歩いて、目立たない場所でひっそり佇んでいるサボテンを見た時に、これだ! と思ったのだった。
「どう? いい名前は思いつきそう?」
「小出星人とか」
「いやいやいや。モデルはむしろ水上なんだけど」
「私?」
おっと口がすべった。宇宙人と呼ばれた意趣返しと思われたらどうしよう。半分正解だけど、これは謝罪の贈り物なのだ。
「いやほら、水しか飲まない設定があったので……」
「そんな設定はない」
うん。さっきの食べっぷりを見てわかった。
「ダイエットとか?」
「そういうのじゃ、ないけど」
視線を外される。
いかんいかん、踏み込みすぎか。適切な距離を保たねば。わたしは心地の良い空間を大切にしたいのだ。
「この場所にもさ、名前をつけたいんだ」
「秘密基地とか言ってたね」
「そうそう。ここは、われわれの秘密基地である」
名前を呼ぶことに意味がある。
それは、相手を大事にするということだから。
「で、この活動は『放課後サボり部』どう?」
「……サボるの?」
「んー。授業終わったあとだけね。いつもと変わらないよ」
「意味わからないけど、いいと思う」
困ったような顔で笑う水上。最近は色んな表情が見えるようになった。わたしの目が肥えてきたのか、それとも。
「もう昼休みが終わるよ。戻らないと」
「本当にサボるわけにはいかないもんねぇ」
こうして、わたしたちは秘密基地を後にする。
窓辺にちょこんと置いたサボテンの名前はこの日の放課後に決めた。
その名もサボテリーヌ二世。水上のセンスやばい。
ちなみに二世というのはわたしが後から付けたんだけど、何故と聞かれることはなかった。
聞かれたところで「きみが一世だよ」だなんて答えたら、また鋭い棘を飛ばしてきそうだけど。