始まり
俺は中学2年まで、あらゆることから逃げてきた。
小学校の時に、ワールドカップの影響でサッカーにハマった。
でも小学校のサッカーチームには入らなかった。
だって運動神経が悪いから。
だってチームに迷惑が掛かるから。
中学校の時、見ていたドラマの影響でみんなを引っ張るリーダーというものに憧れた。
でも立候補も居ないのに、学級委員長にはならなかった。
だって要領が悪いから。
だって周りに分不相応だと思われるから。
これはほんの一例だ。
やりたかったあらゆることを、
あれやこれやと理由をつけて、
逃げてきた。
自分が、他人が、親が、先生が、
あらゆる人間を言い訳にして、
逃げてきた。
その結果、、、
何も得られなかった。
なんと勿体無いことをしてきたのだろう。
もう少し手を伸ばせば届いたかもしれない。
もし届かなくても、
どれだけ届かなかったのか、どうして届かなかったのかを考えられる経験というのが、どれだけ大切なのか。
それを今の俺は知っている。
それを踏まえた上で問う。
チート能力のない俺
死んでも衝動で動く哀れな俺
ここで逃げて、どうなるって言うんだ?
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気づけば、少女が助けに現れた茂みの前まで来ていた。
背後では未だに激しい戦闘音が鳴り響いている。
その時、足元に不自然に光るものが見えた。
俺はおそるおそるそれを拾い上げる。
それは、サバイバルナイフのような、綺麗な短剣だった。
おおよそ、少女が落としたのだろう。
持ち手には、彼女の名前と思しき刻印がある。
俺に何ができるのかわからない
未だ能力とやらも皆目検討がつかない。
でも、
ここで逃げる選択肢だけは、どうしても選びたくなかった。
短剣を強く握り、振り返る。
敵は強大。それがどうした。
あらゆる邪念を捨て去るように
今度は俺が、己の敵に向かって走り出す。
頭が回り始める。
先程とは打って変わって、冷静に物事が見え始める。
少女は押され気味だった。
彼女の手から迸る閃光は何度も獣を捕らえるが、獣は弱っている素振りがない。
おそらく魔法(?)耐性が高いのであろう。
思えば、モンスターを狩るゲームにもそんなタイプのやつがいた気がする。
こういうやつは基本、外部装甲を剥ぐことが最優先である。この獣であれば、あの固そうな毛皮がそれに当たるのだろう。あれを剥いでしまえば、きっとその部分には少女の魔法攻撃も刺さる筈だ。
しかし、おそらくあれは物理攻撃でしか剥がせない。
つまり、それが俺の役目だ。
少女は、魔法攻撃の合間に飛び出してきた獣の前足による引っ掻きを躱すように、後ろに下がる。
それはちょうど俺の手の届く程の距離だった。
俺は驚かせないように、ゆっくりとした口調で話しかける。
「俺に考えがある。協力してくれ」
彼女は少しビクッとしたが、特にそれ以上はなく俺の存在に気づく。
そして何かを感じ取ったように俺の手を取った。
『何言ってるのかわからないけど、逃げなさいと言ったはずよ』
うん、何も伝わってなかったね。
というか本当に脳に直接声が響いているようだ
『自然系統の応用魔法よ。それより、貴方のその短剣...』
少女の視線が俺の右手に移る。
なんか聞き捨てならないセリフが聞こえたがまあいい。どうやらこちらの思っていることも伝わるようなので丁度良い。
『スマンがちょっと貸してくれ。俺に考えがあるんだ』
『別に構わないけど...。その短剣じゃヤツに致命傷どころか、傷の一つもつけられないわよ?』
『まあいいからいいから。俺が合図出すから、そのタイミングでデカいのをお見舞いしてくれ』
とそれだけ伝えると俺は前に出る。
ゲーム、特に敵と戦うゲームにおいて重要なことはなにか。
...こんな状況でまでゲームで考える俺のゲーム脳にはガッカリだが、他にリソースもないのでゲーム基準で考える。
まあとにかくゲームで重要なこと、それは相手の行動を予測することである。
相手の行動を全て予測できれば、後は適切なタイミングで攻撃するだけだ。
だが全てを予測しきるのは、どう考えても不可能である。
俺はもう一歩踏み出し、体を晒す。
そこに、獣は先程の頭突きを繰り出してくる。
ではゲームが上手い人が、まるでこちらの行動を全て読んでいるかのように動けるのはなぜなのか。
答えは、敵の行動を誘導しているからだ。
例えば狩りのゲームであれば、特定の位置取りをすることでモンスターの特定の技を誘発したり
格闘ゲームであれば、ガードし続けることで、ガード削りの技を誘発したり
そんなふうに
敵の行動を自分の予測に無理やり当てはめさせるのだ。
俺は頭突きを左に躱す。
そしてそれを追うように繰り出された噛みつきも、後ろにステップして躱す。
結局相手が人であれプログラムであれ、人間が関与している時点でそれは対人戦だ。相手の考えを推察し、誘導して、攻撃する。
その一連の中に、無数の駆け引きが詰まっている。
長年のゲーム人生で培った駆け引きの力は、今、この場でも活かせると、そう確信した。
(よし、いける!)
そしてもうひとつ
これは大雅にとって嬉しい誤算だったのだが。
今まで味わったことのない感覚がある。
なんだろう、この感覚は。
俺の体が、
俺の言うことを聞いている。