座右の銘
曾祖父さんの口癖は
「やらずに後悔するなら、やって後悔しろ」
であった。
ぶっちゃけそんなに珍しい言葉でもないが、
戦争を経験し、激動の時代を生き抜いた人の言葉と思うと、それなりに心にくるものであった。
曾祖父さんが好きだった俺にとっては、
それはもう人格形成に多大な影響を及ぼした。
そんな俺は今、
絶賛袋叩かれ中であります、ひい爺ちゃん。
俺が奢らされるのはまだいい。
だがそのちょっと怖い先輩達の矛先が友人に向いた時、俺は無心でその先輩に突っかかっていた。
まあもちろん運動音痴に定評のある俺だ。
そらもう一瞬で袋ですよ。
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気が付くとそこは見慣れた保健室のベッドだった。
暖かくも冷たくもない2学期の風が窓から吹き込み、頬をなでる。そこでようやく殴られたズキズキとした感触をじわじわと実感し始める。
「あら、起きた?」
聞きなれた声がカーテン越しにかかる。
声の正体は保険医の佐口先生だ。俺はその運動能力もあってか、なにかとケガをすることが多く、そのたびにお世話になっている。そんなこんなで今ではもう軽い顔なじみになっていた。
保険医と顔なじみってどうなんだろう。
「すいません毎度毎度」
「そう思うのならもっと自愛することね」
「ははは…」
ごもっともである。でもこればっかりは俺の性だ、仕方がない。
佐口先生はカーテンを開くと、俺の体を上から下まで確認する。
「身体大丈夫?まあそれだけ派手にやられたら大丈夫も何もないと思うけど。」
「いえ、多分先生が思ってるよりは大丈夫ですよ。」
「あらそう?」
先生は言葉の割にはそこまで心配している感じではなかった。個人的には変に詳しく聞かれるよりはそっちの方がありがたかった。
「まあ大丈夫なら、連れてきてくれた友達に一言連絡してあげなさい。彼、かなり心配していたから」
「承知しましたー」
俺は適当に返事をして体を持ち上げる。うん、身体は思ったより大丈夫だ。
携帯を確認すると、例の彼と他数名から大丈夫かー的なメッセージを受信していた。受信したのが数十分前なので、どうやらそこまで長く寝ていたわけではないらしい。時計機能も倒れた時と同じ昼休みの時刻を指している。まあ飯を食べる時間は失われたようだが…
とりあえず休み時間中なので教室へ向かう。向かう途中で数名のメッセージに大丈夫だよー的なスタンプを打って返す。
程なくして教室についた。教室に入ると、経緯を知った数人の生徒が集まってくる。
中には面白がってるだけの奴もいるようだが、なんだかんだ皆心配してくれていたようだ。
こうしてみると、俺はなんだかんだ友人が居る方だと思う。
でも初めから友達作りが上手かったわけじゃない。むしろ下手だったと言える。
比較的引っ込み思案な俺は、中学2年ぐらいまでは友達と呼べる友達が居なかった。初めてできた友達は、たまたまその時俺が読んでいた本と同じものを読んでいた奴だった。読んでいた本のタイトルがふと目に入った瞬間、いてもたってもいられなくなって勢いで話しかけたのだ。
我ながらあの時の俺はキョドり散らかしててさぞかし気持ち悪かっただろう。
運が良かったのは、向こうが気さくな良い奴だったことだ。話下手な俺の話を真摯に聞いてくれ、たまに小粋な冗談も挟みつつその本の話で盛り上がってくれた。
俺はその時初めて、誰かと話す楽しさを知った。
その頃からだろう。
曾祖父さんの言葉の意味を、なんとなく理解し始めたのは。
何かを自分からやるには勇気がいる。
でも、やってみなきゃわからない世界がある。
動かなきゃ、出会えなかった人達がいる。
全ての行動が良い方向に行った訳ではない。
でも、
それまでより少しだけ、心が軽くなったような気がした。