1.見習い魔女は使い魔(?)を手に入れる
今宵の月は、黑の月。
夜空に浮かぶは姿を見せぬ、輪郭だけの、影の月。
一年でもっとも夜長き日、人里は門戸を鎖して静まりかえる。跋扈する魔物の群れから逃れるために。
そして日がのぼり朝を迎えれば、魔の夜を耐えぬいたことを寿ぐため、人々は精霊たちに感謝し、日をまたいでの盛大な祭りを催すのだ。
それが通称〝聖夜祭〟。一年でもっとも国の賑わう三日間。
しかし魔女にとってみれば、本番は冬至の今夜ッ!!
「やるわよ、ドジャ。今日こそわたしは自分の使い魔を入手するの!」
人気のない森の中。
烏木の杖を握りしめ、同じく漆黒の空にむかってシャルは大きく拳を突きあげた。
冬至の夜空にはいまにも降りだしそうなはれぼったい雲がたれこめている。月光どころか星あかりすらない。ありとあらゆる光から遮断された夜――使い魔、それも大物をさがすにはこれ以上ないほどの好条件である。
「やる気があるのはいいけどね、シャルの実力じゃ、あんまりでかい相手は説得できないと思うよ」
呼びかけに暗闇から声が返った。蒼と朱の両眼がぱちぱちと瞬きをする。
ぬるりと沼の底をかきまわしたようななめらかな動きで、茂みの中から黒猫が姿を現した。黒猫――ドジャは、人間と同様に口と舌を動かして言葉を放つ。
「シャルはまだ見習いでしょ。向こうだって魔女の力を計ってるんだから」
「それはわかってるけど。そこはこう……ハッタリと話術よ。師匠の杖も借りてきたし」
黒くずっしりとした杖はシャルの手にはやや大きい。手に余るというやつだ。しかし師匠である本物の魔女の魔力が染みこんでいるため、下位の妖精や魔物なら匂いを嗅いだだけで縮みあがる、という代物である。黒衣の外套に黒のとんがり帽子を合わせた、超魔女印のファッションだってキマっている。
あとはシャルの髪が赤毛でなくて烏の濡羽色をしていれば完璧だったのに。
遠足気分のシャルの様子に、ドジャはため息をついて首をふった。
まぁやってみればいい。うまくいかなくて相手が逆上しても、自分がなんとかしてやれる。
「幸運を祈るわ。教えたとおりにやってみて」
「じゃ、いくわよ……茨の冠、駒鳥の羽、我と彼との縁を結べ――」
詠唱とともに、シャルの手のひらに光の輪が現れる。金環は徐々に円周をひろげ、やがてシャルの身体をすり抜けた。ぼんやりとした煌めきが鬱蒼とした樹々の絡みあった根を照らす。
「応うるものあらば叫べ、主の名はシャルディリア――」
ぽう、とシャルの周囲から光の粒が立ちのぼった。契約に応える可能性のあるものたちが名乗りをあげているのだ。
それぞれの光は小麦の種ほどから、両手でもあふれてしまいそうな大きさまで様々。彼らの魔力大きさによって呼びかけは変わる。
「うーん、どの子と話をしてみようかしら……」
シャルが思案げにあたりを見まわした、そのとき。
樹々を揺らし、一陣の風が吹き抜ける。
ざあざあと鳴る葉ずれの音に、シャルのまわりに浮かんでいた光球たちは驚いたように震えるとすっと姿を消した。
ふたたび森は暗闇につつまれる。
手をのばそうとしていた相手に逃げられて、シャルは唇を尖らせた。
「ちょっと、なによ……!」
「シャル、あれ!」
声をあげたシャルの足をドジャが尻尾で叩いた。顔を向けると、細い枝々の混みいった向こう側に巨大な光の輪が浮かんでいる。
はっきりとした輪郭は魔力が豊富な証。そして内側が空白で輪の形になってるのは、その豊富な魔力を持ち主が完璧に制御している証。
先ほどの使い魔候補たちは、これに驚いて逃げたのだ。
気づいた途端、シャルの頬に朱が差した。自分の幸運にガッツポーズをする。
この大きさ、形状ならば神話級の魔獣かもしれない!
「シャル! 危険よ!」
「大丈夫大丈夫。〝棘の森の魔女〟リッサは、女面鳥を一日リンゴ百キロの約束で契約したらしいから!」
ピヨピヨ囀るだけの精霊より、上級魔獣のほうが人語を操れるぶん意思の疎通だってしやすいのだ。
ドジャの忠告を意に介さずシャルは草藪をかきわけた。こんもりとした葉を魔法で退かせると目を輝かせて光の輪をのぞきこむ。
しかし満面の笑みは、一瞬にして困惑の表情へと変わった。
「――え?」
シャルの背を駆けのぼったドジャが、肩ごしに茂みを見下ろし、同じく困惑の声をあげた。
そこに横たわっていたのは、黒髪を乱した長身の男。
仕立てのよいジャケットに宝飾の散りばめられた剣を握ったまま、男は目を閉じてじっとしていた。周囲の土には馬の蹄跡が残されていたが、馬もいなければ男は馬具も身につけていない。
どう見ても意識を失っている。
「……使い魔かな、これ……」
シャルの呟きに答えはなく、ドジャがいっぱいにひらいたヒゲがチクチクと頬を刺した。




