殺戮の鬼姫
王家からの帰還命令は届かなかった。
娘に死んでもらいたい者達が多すぎたのだ。
娘さえ死ねば賠償金を払わなくても良いと考える家もあるのだ。
そうこうしてるうちに大穴から魔物のスタンピードが発生。
娘が慕っていた騎士は娘を庇い瀕死の状態で娘の足元に転がっている。
何となく自分の結界の中に入れて治癒魔法を掛けておいた。
「なるほどのう、腐っておるのう。そなたの義父母と義兄は。」
娘の記憶からの情報しかない鬼姫に王家側の事情は伝わっていない。
「腐った者の言葉を鵜呑みにするこの国の王も王家も一度滅ぼすか?」
鬼姫はイライラしていた。
もう充分神のために働いた。
そろそろ女神の魂も浄化されたのではないか?そもそもこの娘の場合は心が壊れた時点で魂にも傷が付いた。ギリギリ女神の魂の部分は無事だと思うが魂のヒビは修復不可能、鬼姫が抜ければ容易く女神の魂にも傷は付くだろう。
この娘の無念を鬼姫が晴らしてもいずれ彼女が帰ればこの肉体に宿った魂は女神の欠片ごと消滅する。
この結界の青年の命を救っても娘が助かる訳ではない。
今のうちに女神の欠片だけでも昇華してはどうか?と神に尋ねると娘の体から女神の欠片が抜けたのが分かった。
所詮、神も身内が無事ならそれで良いと言うことか。
「神よ、私の時渡りは終わりと考えるが是か?迷惑料として一度暴れさせてもらうぞ。」
鬼姫はニヤリと笑って左手を右から左へと振り払った。その動作と共に現れた一本の薙刀。振り払われた薙刀から放たれた黒い稲妻が半径一キロ程にいた全ての魔物を消し炭にした。
炭の塊から浮かび上がった黒い光の玉が鬼姫の体に吸い込まれていく。
『姫様、お久しゅう。』
頭に聞こえる声。
「来たか、大通蓮、そなたも久しく暴れたかったであろう、」
構えた薙刀が淡く紫色に光る。
『若様があれを使用してくださらぬので、姫様もかとやきもきしておりました。早う喰いたいものですな。』
薙刀は語る。
薙刀は悪食である。醜いもの、こころ、血、とにかく悪と言う悪を好んで喰う。
本人も鬼姫も“喰う”と表現するが正しくは、“浄化”である。
父母足る釈迦により与えられた鬼姫の願いを叶えるために与えられた武器。
『先程の魔物らは、本能により襲いかかっただけですからな、面白味に欠ける。』
もっと醜いものを喰いたいのだと彼は言う。
「だからと言って、楽に殺しては駄目よ。」
悪しき者達が心から己の所業を悔やみ、懺悔しながら死んでいくのを彼は好む。
『分かっております。姫様の治癒の力を信じておりますからな。』
痛快に笑う薙刀。
「この娘が経験した悪夢を体現させてあげようぞ。」
薙刀は問う、足元に倒れた青年をどうするか。
「既に魂は抜けておる。魂の抜けた肉体は滅ぶのを待つのみ、並ばこの娘の肉体が滅びるまで血肉をこの娘に使わせてもらおう。」
さらさらと崩れていく青年の身体が一つの玉になった。
「美しき魂の宿っていた肉体は美しい玉となる。」
玉は豆粒程の大きさになり鬼姫の付けた数珠の一つとなった。
鬼姫と大通漣はスタンピードとして前進を続ける魔物の先頭へと転移した。
「散れ。」
静かに振った薙刀が魔物を消滅させた。
前進するしか能のない魔物が塵となった。
残った魔物達が立ち止まる。
「目隠しをされた魔物か、可哀想に。」
どの次元からやって来た魔物なのかは不明だが、大穴から出てきた魔物に理性はない。
「大人しく逝ね、」
ほんの一振で魔物が消滅した。
鬼姫はふと思い出す。
数十年前に、大穴からの魔物の進行で滅びた国の名前と娘の生まれた国の名前が一致することに。
(歴史が変わる?…まあ、よい。魔物に滅ぼされるのも、妾に滅ぼされるのも同じこと、)
その場から一気に王都へと飛ぼうとした鬼姫に声がかけられた。
「よ、よくやった!さぁ、ここへ、こっちに来い!わ、我々の王都帰還の警備に付け、お、お前が帰還までのた、盾となるのだ。」
這い出るように結界から出てきたのは、今回の討伐のために組まれた小隊の隊長と幹部の男達だ。
娘の国は階級社会で男尊女卑の考えが強い。捨てられるように前線に送られてきた魔法能力の高い女など捨て駒だった。
前線に捨てられた娘は隷属の腕輪を付けられた。貧相な身体をしていたために性奴隷的な役目を担わされなかったのは僥倖であったが、日常的な暴力暴言は当たり前で人生を諦め早く死にたいと考えていた娘は逆らうことなどなかった。
「何故?」
平然と述べた娘に男達が喚く。
「逆らうとは何事だ!」
叫ぶ小隊長の隣で娘に向けて魔法を展開する。娘の左上腕にある腕輪が光る。
「逆らうな!罪人がっ!」
チリチリとした痛みが走るが、鬼姫は腕輪を掴み簡単に取り去った。
「なっ!」
「そんな、バカな……。」