ストレス蓄積
ヒリヒリと焼ける肌。
いや、前腕の骨が見えているからこれは焼けているのではく溶けていると言うのだろう。
とてつもない痛みが鬼姫の体を襲う。
痛覚無効の魔法を身に宿していたはずの体が何故!ほんの刹那混乱した思考は直ぐ神の気紛れで時渡りをしたのだと理解した。この私の体に傷を負わせるなどと思ったが死を覚悟し鬼姫の魂を宿してしまった脆弱な娘の体だったと理解し苛立った。
ふと視線を上げると周囲を醜悪な魔物に取り囲まれていた。
小さく舌打ちをする。
視界が可笑しいのは溶けた左腕と同じように顔が溶けているからだ。
右目で見た左腕に自身の魔力が流れることを確認し一瞬で治癒した。
「大穴の近くか?」
魔物達の雰囲気から推察する。
「本来の時空軸からはずれている。」
とりあえず現状の理解のため結界を張り考える。
襲いかかってきた魔物を容易に弾き飛ばす結界。
鬼姫にとっての雑魚など捨て置ける。
「さて、ほら、楽に死のうとするな、小娘よ。」
死を選び旅立とうとした体の持ち主の魂を掴みとる。
『死なせて、もう、疲れたの……。』
「あぁ?」
鬼姫の睨みに娘の魂が本能で震える。
「そなたには生きてもらわねばならぬ。」
魂は語る。
妾の子として生まれた娘は一般より強い魔力を持っていたために母と引き離され貴族の父親に引き取られた。
エルセルム王国の王宮魔術師として就職したが、同僚の貴族連中には、庶民の出と言うことで雑用を頼まれては仕事をこなす日々だった。
王宮魔術師として平民出身者が就職するのは史上初めてのことだった。
尊い方々のために身を粉にして働くのは庶民ながらに高い魔力を持って生まれた者の使命とばかりに休みなく働いた。
給金は雀の涙ほどで屋敷に住むことは許されず王宮に勤める者のための寮で暮らしていたのだが、伯爵家の娘として引き取られたにも関わらず娘の寮は王宮に勤める最下層の下男下女が使用するものだった。
高給取りの伯爵令嬢が寮住まいであることも珍しければ、娘のせいで寮に住めない者もいると苦情が寄せられ、一つランクを上げざる負えなかったが給金の殆どを伯爵家に入れていた娘は伯爵に寮のランクを上げるように上司から言われていることを伝えた。伯爵は自分で娘の給金を巻き上げているくせに伯爵家の娘が最下層の使用人の使う寮に住んでいる事実を王宮魔術師の上司に揶揄られて憤怒の形相で恥をかかされたと娘を叱責した。
「傷は治癒魔術で直しておけ。」
捨て台詞を残して伯爵は去っていった。
一応、寮のランクは一つ上げてくれたようだった。娘は引き取られた時に伯爵家の者達に対して反抗してはならないと言う誓約魔術をかけられていた。
その事実を知った義兄は鼻で笑ったと言う。恥じなく伯爵家の娘に収まっているのが腹立つことだったらしい。
娘は娘らしい体付きになると義兄の性奴隷となった。
反抗できない魔術を掛けられているのだ、泣くことも叫ぶことも出来ず義兄の友人を含めた男達の道具にもなった。
義兄は言う『我々の関係を誰にも言うな、死ぬな、お前の死時は俺が決める。』
何度死のうと思ってもダメだった。
そんなある日、義兄の婚約者に関係がばれた。実家よりも高位の貴族令嬢に対して義兄は娘の誘惑がそうさせたのだと弁明をした。14歳の娘に欲情した25歳である。
王宮魔術師に合格した者の生殺与奪は王家が握っている。
義兄の婚約者は王家の血も流れている公爵家の令嬢だった。
親戚に弱い国王は令嬢の願いを聞き娘に魔物討伐の最前線へ行けと命じた。その時点で王家は娘に伯爵家からの余計な誓約魔術が掛けられていることに気付き、伯爵令息の発言の信憑性を疑ったが王の言葉は覆せない。だから、宰相は娘が最前線に旅立った後に国王に真実を告げた。
国王はその時初めて娘が成人前の子供であることを知った。
慌てて事実確認を行い伯爵家の非道を暴いた。親戚の令嬢にも婚約者の正体を告げ、令息と共に娘を慰み者にしていた貴族令息達も洗い出した。
令息達は娘が子供だとは知らなかったと弁明をしたが、娘に売春のような真似をさせていた令息の罪は明らかで訴えは退けられた。この事実は公表され数人の令息の処分は各々の家に任された。もちろん、結婚していた者が殆どで、各家からは娘が生きて帰ってきた時には莫大な賠償金が支払われることになった。
ただの平民の娘ではなく、養女とは言え伯爵令嬢への虐待である。養女の義両親も息子の罪に気付かなかったこと、引き取ってからの娘への虐待が明るみにされ、一気に社交界から敬遠され細々とした領地へと引っ込んだ。
王宮で働いていた令息は首にはならなかったが針の筵の上での生活に耐えかねて王宮を去っていった。
国王は娘を即座に呼び戻す手配をしたが娘の消息は掴めなかった。
娘は伯爵家からの呪縛がなくなり、今度は王家からの呪縛により来日も来日も戦っていた。死地を共に戦う騎士達は死に急ぐように動く少女に同情し助けていた。
人の暖かさなど知らぬ娘は前線で戦う騎士達から愛情を教えてもらった。
その生活の中で一人の青年に恋をした。けれど自分にはその資格がないと娘は思いを封印していた。
(私は汚れている。)
王家は娘に罰を与える際に娘が死んでもいいからと当時開発途中の転移魔術で娘を前線に送った。前線に落とされた娘は片足を失っていた。
突然現れた少女と言っていい娘に驚きながらも騎士隊の衛生兵は懸命に彼女を癒した。簡易であるが義足も作ってくれたため浮遊魔術を使えば不自由なく前線で戦えた。王家からの文から娘が罪を犯して前線で働くことを義務付けられた魔術師であることを騎士達は知ったが違和感だらけだった。
(こんな子供が?)
魔術師の中には年齢不詳の者もいる。見た目が子供のような魔術師も。しかし、彼女は成人の証してある指輪をしていなかった。転移の魔術などは貴重すぎるので騎士達はいずれ送られてくるであろう命令書が届くまで後方支援を娘に頼んだが王家からの呪縛により娘は前線で戦うことを強いられていた。