解決したので戻ります。
「申し訳ない、遅れた。」
部屋の中に入り軽く頭を下げた男は立っている少女を見た。
「何を立っている?」
「旦那様!」
尋ねた相手ではない義母が男にすがりつく。
「マリアンヌ?どうした、」
突撃された男はぎょっとする。
義母は、彼女に言われた言葉を繰り返し酷いことを言う娘を罰せよと言っているようだった。
「我が国では、女性でも後継人となる資格がある。それにレティシアは、公爵家の血を引く唯一、当たり前だろう。君を公爵家に迎えたのはレティシアには、母親がまだ必要な年齢だと判断したからだ。君にも言っていたはずだ、仕事でほぼ屋敷に戻れない私の代わりにレティシアを愛し育ててくれと。君はよくやってくれている。だから、多少の贅沢も許可したが、久しぶりに見たが、その装飾品は品がないぞ。」
ギラギラと輝く宝飾品に宰相か苦言を呈する。
「で、去年入学したレティシア抜きで何の話し合いかね、」
その言葉に彼女も学園長も教師も首を傾げた。そんな折、男が彼女に目をやる。
「ところで、このお嬢さんは誰だい?レティシアに良く似ておられるが。」
もちろんお嬢さんとは彼女、いや少女のことだ。
宰相の言葉に眼をこれでもかと広げているのは学園長や教師だ。
義母マリアンヌがギクッと肩を竦める。
「公爵閣下、この女生徒が、あなた様のお子、レティシア様です。」
学園長の言葉に今度は宰相が固まった。
「えっ?」
彼女は腕を組み背の高い宰相を睨む。
「それでも父親か、実の子かどうかなど魔力の質を探れば簡単に判明するだろうが!情けない。」
告げられた言葉に大人達が彼女を見る。
「それは、まだ開発段階の魔術…。」
彼女は眉をしかめて嘆息すると、テーブルの上の紙に魔法陣を描いた。
「魔法を魔術に変換するのに用いられる魔法陣を描いてやったぞ、それを大量生産すれば親子鑑定など簡単だ。子は親の魔力の質を受け継ぐのだから。」
魔法陣が描かれた紙を手に取り震える学園長。
「大量生産とは、どうすれば、」
「めんどい、そちらで考えよ。して、この呆けている宰相閣下、あー父親よ正気に戻れ。」
パチンと指を鳴らされ我に返る男。
「わ、私がレティシアだと信じ接していた娘は……。」
「義母の連れ子だ、偶然にも色合いが似ていたことや、貴殿が家庭に興味がないことで思い付いたのだろう、義母の連れ子の何と言ったか、娘も本当は私よりも二つ下のはず、だが、私として公爵家で暮らしていたのなら、学園に通うことなど出来まい。教育を受ける権利をバカな母親に奪われ可哀想なことよ。」
淡々と語るレティシアこと彼女。
「あー、1つ安心材料を与えてやろう。本物のレティシアの根性も魔力の才能もこの世界での最高峰に叩き直しておる。私が去った後も賢く生きるだろうよ。」
そろそろ自由にしてもらおうかと考える彼女。と同時に地響きが学園を揺るがす。
「来たな。」
窓際に進んだ彼女の眼下には校庭に現れた巨大な扉。
何だ!あの扉はとざわめく学園。
学園の警備をしている者が駆け出してきたのも見えた。
ぎぃっと重い音を立てて扉が開く。
「姫様ぁ!どこですかぁ!」
扉から現れたのはふわふわの金髪ツインテールを揺らす娘。
体に似合わない大きな斧を肩に背負っている。いつもの金棒ではないのに彼女は首を傾げた。
「あ、見つけた、」
彼女を指差すと娘は空中を駆けてきた。
あっという間に学園長室の窓の前で彼女と向き合っている。
「今回は、その娘ですか?」
ニパッと笑う娘。
「そうよ、でも解決したから、そろそろ帰れるわ。」
口調が柔らかいものになっていた。
「じゃ、帰りましょ!」
パッと腕を伸ばす娘に彼女も腕を伸ばす。
すると、娘の手を取った彼女の姿が豪奢な衣装を纏った黒髪の女性に代わり、先ほどまでレティシアだった彼女の体が崩れ落ちた。
「安心されよ、気を失っておるだけじゃ。」
振り返った美しくも畏怖の念を抱かせる女性。白い肌に赤い瞳が人々の動きを止める。
「その男の罪を明らかにし、レティシアの復権に努められよ、それと、そこな女と息子、娘、女の使用人達の罪も明らかにさねば、父親としても宰相としても情けなさすぎるぞ。」
「姫様ぁ!早く帰りましょうよぅ、皆、宴の準備万端だよ!」
娘が口笛を吹くと扉から見たこともないような金色の魔物が飛び出してきた。
「…派手ね。」
「えっ?そう?取り敢えず、はい座ってよ。」
彼女は優雅に金の魔物に横乗りする。
「では、の。」
魔物の咆哮が学園に轟く。瞬間動き出した魔物は門に吸い込まれるように消えて行った。
全てが飲み込まれ門が閉じる。
そしてあれ程の存在感を示していた扉は忽然と消えた。
残された人々が呆然としている中、一番に目が覚めた(正気に戻った)のはレティシアだった。
「お父様、」
娘に声をかけられ我に返る宰相。
「レティシアは、生まれ変わりました。あのような女に虐げられるだけの人生など真っ平ごめんです。」
震え上がる義母。
「な、なにがあったのだ、ほ、本当に、レティシアなのか?としたら、わ、私は……。」
頭を抱える宰相。
「しっかりしてくださいませ。お父様は、家族としては、最低ですが、あの女や子供達よりはマシなんですから。あなたの関心を引きたくてアレの言葉に騙され我慢してきた弱い私は死にました。」
娘の差し出した手を取り立ち上がる宰相。
「お前の中に居たのは何者だ?」
質問に少し顔を歪めるレティシア。
「あの方は、神の使わした悪魔、いえ、魔物、いえ、えっーと、」
レティシアの体の中で繰り返し行われたスパルタ教育。
義母や連れ子からの苛めがバカバカしく思える程の修行。
『人に馬鹿にされず、虐げられずに居たいなら強くおなり。私が中に入るほどだもの、素質はあるのだ、人の子よ。私が使う体として恥ずかしくないほどの力を身に付けよ、根を上げるなど許さぬよ。本当の死を望みたくなるほどの努力とやらを見せてみよ。』
鬼姫の言葉を思い出すと足が震えるレティシア。
「レティシア?本当にすまない……。許してくれとは言わない、しかし、改めて家族としてやり直したい、と、思っている。」
父親の言葉にレティシアは考える。
「そうですねぇ…お父様のこれからの態度によりますかね、」
宰相が娘と認識したレティシアは思った以上に頼りになる存在に成長したのだった。