側妃の独白⑤
大穴から、伝説級の魔獣が現れた一報は王城を震わせた。
王族となった以上、私も覚悟した。第二側妃として、ラウラ様やナディア様と共に結界魔石に魔力を注ぐのだ。しかし、注ぐ時間は思ったよりも短かった。
クロノス様とジオン殿下、そして、ジオルド殿下の活躍で魔獣は、最低限の被害で去ったと聞き、少々気が抜けた。同時に、何の活躍も出来ないままだったデイビスは大丈夫だろうかと思った。
大穴の事件後、ジオン殿下と実は偽物だったと言うブランカ嬢との婚約が白紙となった。
公爵代理が仕出かした公爵令嬢入れ替え事件は、世間を賑わせた。
本物のブランカ嬢は、記憶と魔術を封じられ、虐げられていた。けれど、記憶を取り戻したブランカ嬢は下女として暮らしていたにも関わらず、貴族令嬢としての矜持を持っているらしい。
偽物令嬢のせいで、交流の持てなかったリオニー様の御実家ロイエンタール辺境伯爵家の方々も喜んでおられると聞いた。
「ミリアナを返して!」
平和な束の間の日を壊された。
離宮の私とミリアナの空間に現れた仮面の男。
やつは、ミリアナを水晶玉に閉じ込めていた。
声は聞こえないけれど泣きわめいているのが分かる。
「あなたのさぁ、魔力に取り付けられた魅了の魔術……眠ってるよね?」
口元しか分からないが声で年齢はデイビス程だと知れた。
私の中に植え付けられた種は芽吹いていたけど陛下やラウラ様のお陰で休眠状態に戻された。
本当は取り除きたかったけれど、長い時間をかけて芽吹いたため、神獣様でも眠らせるのがやっとだった。
「その力をさ?もう一度使えるようにしたげるからさ……。僕のお願い聞いてくれるよね?何、ちょっとした嫌がらせだよ。」
約束が叶ったのだろう、離宮に戻るとミリアナが眠っていた。
駆け寄り、抱き締める。
眠っていたミリアナが泣き始めた。
体の中の種は再び眠りに付いたが、恐ろしい程の魔力消費で私は、昏倒した。
侍女に発見され、医師の診察を終えた私は、時が3日ほど経っていると教えられた。
私が昏倒していたことは、陛下とラウラ様、ナディア様に直ぐ伝えられた。目覚めて気になったのはミリアナのこと。娘はラウラ様の庇護下に置かれ、無事のようだった。
私は、陛下達に謝り、種の発芽と力を使い、言うがまま魅了の力を使い、デイビスとブランカ嬢の婚姻を成立させてしまったことをわびたのだった。
あの男はミリアナを解放してくれたけれどミリアナの腹部には見たこともないような紋様が刻まれており呪いの一種だと判明した。
「気を失っていた離宮の壁に、二人の婚約を破棄すれば幼き姫は死ぬだろうと書かれていた。一体何があった?」
息が止まるかもと思った。
私は震えながらも男との会話も包み隠さず話した。
あの時、デイビスとブランカ嬢の婚約について私は、
「なんの益もない、婚約など、そんなこと出来ない。それに、ロイヒシュタイン公爵家と我が侯爵家は敵対関係にあります、公爵がお許しになるわけないわ!ロイエンタール辺境伯家とて同じことよ!」
ハッキリと返事をするとミリアナの水晶が一回り小さくなった。
「このままだと、このガキ、殺すよ?ちょーおっと、国王陛下とそうだ!特別に異性全員、魅了出来るようにして上げるから、僕のお願いを聞いておくれよ。王命の御印を押させたらいいだけじゃん?」
軽々しく吐き出された望みは、意味が分からなかった。
「何故?それは、あの男への嫌がらせだよ。何もかも持ってるくせにさ、贅沢なんだぁ、夕方までにはちゃあーんと、言うこと聞かないと本当に殺すからね?僕のことは、約束が叶うまで喋れないようにしといてあげるね、おばさん。」
ミリアナと共に消えた男。
その後の私の行動でデイビスの婚約者にブランカ・ロイヒシュタイン公爵令嬢が決定した。
状況を報告した私に陛下も宰相閣下も敵の真の狙いが何であるか判明するまで、デイビスとブランカ嬢の婚約は続行されることになった。
もちろん、色々な解消、白紙、破棄条件を盛り込んで貰った。
そして、ミリアナの解呪に全力で当たると約束してくれた。
今までにない術で神獣様が眠らせた種を無理矢理発芽させられたこと、大規模な魅了魔術を展開したことで私の魔力は枯渇し倒れたと説明された。私の魔力保有量では種の発芽は出来ても陛下以外も魅了することは不可能だったが、補うため、私の生命力が使われた可能性が高いことを医師が苦悶表情で教えてくれた。
その事実に打ちのめされたが、せめて、ミリアナが成人するまでは生きていたい。
いつ、命が果てるのかは不明だが恐ろしい相手が潜んでいる事実に国を上げて取り組んでいくことになった。
それにしても、あの男が言う嫌がらせとは誰に向けてのことなのだろう……。我が子の将来に、国の未来に暗雲などいらないと心から願った。