側妃の独白②
ラインハルト皇太子とラウラ様の婚約披露の舞踏会に父のエスコートで現れた私。
主役のラウラ様よりも派手な装い。自分の表情筋、言葉すら父の望む令嬢となった私。事情を知らない者からすれば『悪役令嬢』そのものだ。
あの時、回復薬として飲まされた薬の中に何を入れたのか。思考を止めることは禁じられていないようだった。
座らされた椅子。
目の前で見下ろす父。
「どうだ?」
「……そうですね、上手くいったと思いますよ。にしても、良かったのですか?」
魔術師特有の黒いローブに薬草を煎じたような臭い。
少し楽しそうに父に尋ねた男は、我が家の専属魔術師だ。
「勿論だ。早く最終処置を行え。既成事実さえ作ればこちらのものだ。」
いやだ、止めて!
「アリアナ様、これを飲みましょうね。」
魔術師は、それを魔術の種だと言った。
複雑な魔術を遺伝子レベルで組み込んだ種子。使えない、もしくは、相性の悪い魔術を種に仕込むと、その種を飲み込んだ者は仕込まれた魔術を使うことが出来るようになる。画期的な魔術具だと魔術師は語る。
「まだ、開発中のため、種1つに対し、1魔術、対象も一人ですがね。先程アリアナ様が飲んだ回復薬は、回復と傀儡の魔術を仕込んだ種から発芽した葉を煎じて混ぜたのです。効果は、種その物よりも強いことは実証済みですからね、ご安心を。煎じた方が種の威力よりも効果時間も長い。しかし、一度に三つの種を人に与えるのは初めてでしてね、どうなるか分かりません、私は反対したのですよ?」
余計なことを言うなと父が怒鳴る声がした。
父にとって、私は本当に道具に過ぎないのだと思い知った瞬間だった。
「対象は、皇太子殿下。種の効能については、内緒です。種が上手く体内で発芽し、馴染めば、そのままアリアナ様の魔術、いえ、魔術陣なしで発動する魔法として使えるようになりますから、めでたいことです。」
「馴染まなければどうなる。」
「煎じ薬の効果は、半年ですが、対象が一定の距離に居なくては一ヶ月くらいですね、種は、発芽しなければ、排便状況で変わります。体内に止まっていれる期間ってことになります。」
二人の会話を聞きながら、血の気が引くのを感じた。未来の国王を対象とした魔術など許されるわけがない!
しかし、私は薬の影響か言葉も行動も父の支配下となってしまった。涙すら流れない。
頭に浮かぶのはウルベルト様とリオニー様の姿だった。
私はただ父のエスコートで立っている。口角を上げて。視界に入ったウルベルト様とリオニー様が私のことを見ている。気付いて!助けて!心の中で叫ぶ。
国王陛下夫妻に挨拶をし、ラインハルト殿下と婚約者のラウラ様にも挨拶をする。
父の心にもない祝いの言葉に腹が立つ。
えっ?何?
ラインハルト殿下と目があった。その瞬間、胃の辺りが焼けるように熱くなった。
ラインハルト殿下も自身の不調に気付いたのだろう。おかしな顔色になっている。
ラウラ様や周囲の者が殿下を取り囲み、私と父は弾かれる。父が少し離れ使用人に何かを告げている。私はメイドに促されて奥へと下がっていく。父との距離が出来る。
私への束縛の魔術は、胸に飾られたブローチの魔石に込められている。父の命令は、体の不調を訴え続けること。王城内にある医務室に居座ることだった。
私に仕込まれた種は見事にラインハルト様を引き寄せた。
抵抗なく引き入れてしまう自分を嫌悪したし、目の光が消えた殿下に抱かれている現状が心にヒビを入れた。私の操を散らさざる負えなかったラインハルト様を周囲は責めた。
ラウラ様やご家族の心情、そして、ウルベルト様………。
私の心はついに壊れてしまった。
屋敷で監禁されている私に魔術師はそう言った。
「けれど、我々にとっては好都合。種の副作用ですかね、魔術で別人格をお嬢様に植え付けましょう。旦那様の描いた未来を歩く令嬢に。」
愚かな側妃。
それが私。
ラインハルト様を魅了し続けた種の魔法。
それでも、魔法の威力は彼が側に居なければ意味がなかった。
父の野心は有名で、ラインハルト様はラウラ様と無事に婚姻され、直ぐに第一王子ジオルド様が生まれた。
ラインハルト様に傷物にされたと訴えた父の言葉により、私は、側妃として王城に上がることになっていたが、今までの慣例に基付き正妃が選んだ令嬢が第一側妃として選ばれた。