襲来
「何故?ブランカの苦しみ、絶望を知らないと言うの?」
「わ、わしは、知らん!こ、こいつらが勝手にやったことだ!わ、わしは止めた!」
男の口の聞き方が気に入らなかったのだろう、猫4匹と鬼っ娘が殺気を滾らせた。
「ひっ!」
鬼姫は思案する。ブランカと言う少女の魂は既になく、鬼姫の魂は体に馴染んでいる。
でも、この世界で生きるのならば、やはり、ブランカなのだろう。
「誰?………そう言われるとそうね……、ブランカ・ロイシュタイン公爵令嬢かしら。あなた方が私から取り上げた名前ね、そして、あなた方が私に付けたのはオリビアだった?名前と言えば、あなた方が偽物とした娘こそ、誰?本当の名前を呼ばれることなく生かされて、そのせいで今彼女は、ゴブリンキングの花嫁になってしまった。でも、まぁその娘の希望でしたから……ねぇ、この縁談をまとめて差し上げたわたくしに、お礼は?」
男はガチガチと震えながら床に手を突き、頭を垂れた。
「ぐっ!………がっ、が、」
無理矢理させられている様子に鬼姫ブランカは嘆息する。
「……シュテン、土下座と言うものは、自らの思いで行わないと誠意が伝わらないのよ?」
バンっと勢いよく開いた扉から現れたのは、体格のいい騎士の鎧を纏った男だ。
「おひいさんの前で汚い面をいつまでも晒してるのが悪い。」
有名人なのか、男を見て息を飲む者がいた。
若く整った容貌で、動作が何処と無く洗練されていた。
「だからって、圧力で潰れたカエルになりそうだから、やめてちょうだい。…で?その体は誰なの?」
シュテンと呼ばれた男が指を鳴らすと土下座していた男が倒れた。
「あー、なんか、亀と牛?んー、獅子が合体したような化け物から仲間を庇って死にかけてた男のだ。心意気が気に入ったから死ぬ直前に貰ってやった。」
ニカッと気持ちのいい笑顔を見せる。男の額には四本の角が見えた。
「亀と牛?牛鬼みたいなもの?……まぁいいわ。でもそうね、あなたの魂を受け入れるなんて、其だけでたいしたものだわ。でも、その仲間達がいる前で此方に飛んできたわけはないわよね?」
鬼姫の問いに視線を逸らす。
「どう辻褄を合わせるか自分で考えなさい。」
鬼姫は偽物令嬢の服を剥ぎ取り片足を広げているゴブリンキングの元へと体を向けた。
「やだわ、節操のない。」
開いていた扇が閉じるとゴブリンキングの両腕が落ちた。
響き渡るゴブリンキングの雄叫び。ゴブリンキングは鬼姫を敵と見なし、襲いかかろうとする。
「「汚ないなりで、おひいまさに近付くな!」」
ボロを纏った幼い子供が飛び出してきてゴブリンキングを吹き飛ばした。
「「おひいさま!ただいま、かえりました!」」
嬉しそうに駆け寄る子供に待ったを掛ける声。
「待ちなさい!あんたたち!臭い、汚い、みすぼらしい!姫様に無礼よ!身綺麗にしてからにして。」
美しく着飾った娘が現れた。
「「えぇー!!」」
子供二人はブーブーいいながら、屋敷の風呂を目指し消えた。
「参上が遅くなりました。」
「紅葉……凄く貴方らしい体を見つけたのね。」
スラッと背の高い一見冷たそうな雰囲気を持つ美少女だ。
「はい、望まぬ婚姻から逃げるため身を投げて死にかけていた娘の体を頂きました。境遇は姫様のお体と近いかと思われます。」
鬼姫は理解する。
「ここに来たと言うことは、色々片付けてきた後なのね?」
鬼騎士をチラリと見る。彼は鬼姫に視線を向けられてニパっと笑った。尻尾を振る大型犬のようだ。
「もちろんですとも。誰かとは違います。この紅葉に抜かりは御座いません。」
鬼姫ブランカは、改めてゴブリンキングに体を向けた。
「さて、残念だけど、あなたはここでお仕舞いよ。せっかく花嫁を得たところだけど、あなたの嫁はともかく、あなたが生きているとこの世界の善良な娘さん達が困るのよ。だから、死んでね。」
瞬間、ゴブリンキングは真っ二つに切られ絶命した。
切ったのはシュテンだが、一歩出遅れたイバラキが獲物を横取りされたと非難の声を上げている。
倒れたゴブリンキングの腕が体とは離れた位置にころがった。
ゴブリンキングの大きな掌には、腰を捕まれたまま裸にされた偽物令嬢が倒れていた。
「で、まだ体を得てない子達はいるのかしら。」
鬼姫の質問に答えたのは紅葉と呼ばれた令嬢。
「橋姫が、まだ得てないようですわ。でも、直に望む体を手に入れるでしょう。姫様のお側に居たいと屋敷から出ませんでしたから。」
橋姫の気配を探る。確かに屋敷内にいるようだ。
「紅葉、貴女もそろそろ屋敷に戻りなさい。」
「えっ!」
「何を驚いているの?ブランカに貴族令嬢の友人などいなかったのよ?偽者さんは知らないけど。ここにいるのは、おかしいわ。」
鬼姫の指摘に唖然とする紅葉。
「それに、その体の令嬢の名前は何?皆の前以外では紅葉なんて、呼べないし。」
およよよっと倒れる紅葉。
「バッカだなぁ!紅葉。」
追い討ちを掛けるのは鬼っ娘と鬼騎士だ。
「私は、エイミー・シュタインだよ!」
「俺は……えーと、ク、クロノス・ティガーだぜ!この国の国防を担う将軍様だ!」
ぼそりと紅葉が“バカ丸出し”と囁き言い争いが続く。
「わたくし、騒がしいのはきらいよ?」
賑やかなのと騒がしいのは違うのである。
後、一時間後にアップ。