美しい呪い
2022/2/28加筆訂正。
「教会の提案により、我がミューゼル家はミッターマイヤー子爵家に資金提供を行い、グレンと令嬢との婚姻を結ぶことになったのだが、2人いる娘のどちらなのかが分からなかった。」
何度もミッターマイヤー子爵に尋ねたが梨の礫。
そこで、ミューゼル伯爵はミッターマイヤー子爵家を調べ長女には既に婚約者がいると分かった。では、次女が婚約者なのだと思ったが学園での評判が悪く伯爵家に相応しいとは言えない。
どうすればと考えている矢先、子爵が亡くなり、次女は姉の婚約者と屋敷を出された。
その手腕は長女によるものと判明した。亡くなった子爵夫人の里から来た親戚がこれからの子爵家を支えていくという。
長女は、次女の通っていた学園に優秀な成績で編入したと聞いた伯爵は、約束を果たせと子爵家を訪れたのだと。
全ての話を聞いたレティシアは周囲を呆然とさせる勢いでミューゼル伯爵家に嫁ぐことを了承した。
「誰も解くことのできない呪い、面白いっ!」
自分に与えられた遊戯だとレティシアの中の紅葉は感じた。ロイエンタール辺境伯爵領にて静養中の主の側に侍れない今、このストレスを少しでも解消出来るよう主が与えたもうたもの。
紅葉はそう考え寂しさを誤魔化すことにした。
「薬草の香りがする。橋姫が喜びそうな毒草はあるかしら?」
1人馬車の中で呟く。
準備があるからと、伯爵夫妻には先に旅立って貰った。
約束は違えないと魔術による誓約も施した。
転移なら一瞬、空を駆ける魔獣なら約3日程の距離を馬車で一週間掛けて行く。
途中、止まった町で主宛の手紙を書き、自身の眷族に渡した。直ぐに返事が来て主は他の眷族とダンジョンなる場所で伸び伸びと過ごされているらしい。
「いいなぁ。八瀬や橋姫のどや顔が浮かぶわ……。」
レティシアと言う魂を選んだ以上、この生を全うする。それが主の望みなら、叶えないわけにはいかない。
「初めまして、グレン様。私は、レティシア、レティシア・ミッターマイヤーと申します。」
丁寧な挨拶。
全身の8割を包帯に包まれているグレンに向ける微笑み。
顔など表に出ているのは左目だけだ。長かった髪もほぼ失くなり白い包帯が巻かれているだけ。
呪いにかかる前は、それなりに女生徒にも人気があり、政略ではあったが婚約者もいた。
彼女は、グレンが呪いにかけられたことを知り訪ねてきたが、その姿を見るや否や悲鳴をあげ、グレンを化物と呼んだ。
仕方ないことだと諦めて婚約の解消を自ら望んだ。教会の言う新たな婚約者が気の毒だとも思った。しかし、目の前に立つ令嬢は優しい微笑みを浮かべていた。
「あ、貴方は、私の姿が恐ろしくはないのか?」
質問にも笑顔だった。
「全く………それよりも貴方に施された呪いの何と美しいこと。」
垂涎ものだとレティシアは思った。
ドン引きしている伯爵家の面々など彼女は気にせずニコニコ笑っている。
「貴方には、この呪いが見えていると?」
彼女の笑顔が肯定を示していた。
「呪いと言うものが可視化出来る者が世界には何人かおりますの。わたしが自身の力に気付いたのは、母の死ぬ間際でした。母は助けることが出来ませんでしたが、母の死が解呪について教えて下さいました。呪詛と言うものは、魔女様方や魔術師様方が魔力を練り上げて作り上げるものだけではありません。魔力のある者なら誰もが呪いをかけることが出来ますの。けれど、大体は跳ね返すことが出来るもの。以前の私は、愛する母を亡くし、愚かな父親と愛人、異母妹からの呪詛に抗うことが出来なかった。心が弱かったのです。けれど、呪いと言うものを理解した今、私は、強くなりました。グレン様、貴方に掛けられた呪いは美しく、解き甲斐のあるものです。」
恍惚とした表情で語るレティシアに呆然とする中、グレンは言った。
「レティシア嬢……、貴方に期待してもいいのか?この呪いは魔女の呪い。解呪師には無理だったのに…。」
何人もの魔女や解呪師がグレンの元に訪れた。前金として莫大な金を要求した者もいた。解くことが出来ないならせめて領地が豊かになるように努力してきた。
「勿論、お祖父様やお祖母様を安心させてあげましょう。」