グレン・ミューゼル②
グレンは、何とか体を起こし祖父母から眠っていた間のことを聞く。
学園に突然現れた魔女の襲撃にグレンが聖女を庇い、その身に『呪い』を受けた。
呪いはグレンの全身を焼いた。側にいた友人が咄嗟に治癒魔術と薬草から抽出した薬を振りかけてくれた。
駆けつけた治療班が庇護結界でグレンの体を包み治療院まで運んでくれた。
治療師は、生徒からグレンの状態が魔女によるものだと知り直ちに解呪師の手配をし、同時に伯爵家に使者を送った。
件の魔女は、ありったけの魔力を呪いに注ぎ込んだためその場で気を失っており、直ぐ様捕縛された。学園在中の魔女には原因も理由も分からなかったが、事態を重く見た国王は動き出した。
学園の中での事件だが、王家の庇護下にある魔女の森で研究に明け暮れている魔女がわざわざ学園に出張ってくるほどの怒りとは何なのか、呪いを掛けた魔女の上司が王城に召集された。
事件を知った上司は学園を騒がせたことをまず陳謝した。
その場にいたのは、国王代理である第一王子と彼の側近2名、学園長と生徒会長であるデイビス王子、そしてミューゼル伯爵だった。
面子を見て上司は、冷たい笑みを浮かべた。
「魔女殿、如何した?」
「あの名ばかり聖女は、どうしました?」
魔女の言葉にデイビスが反応した。
「名ばかりだと?」
立ち上がり掛けた弟を第一王子が諌めた。
「お前は、あの娘に傾倒し過ぎだ、口を開くな。」
圧倒的なオーラを放つ兄にデイビスは大人しくソファーに座った。
「皆様、御存知かと思いますが、魔女は将来を誓う相手に巡り会うと女神の力を得て幸せになれる種族です。件の魔女ソフィリアも唯一と思える男と出会い幸せに暮らしておりました。男の住む町と魔女の森を往き来しながら、日々研究に勤しんでおりました。そんなある日、男が殺されたと連絡がありました。」
とある少女との痴情の縺れで刺されて亡くなったと。
ソフィリアは、その時、魔女の森の濃い結界の中で魔力を練り上げている途中で夫に掛けていた加護が破られたことに気付いていなかった。
夫を刺したのは、町長の次男。教会が使わした聖女なる娘と懇意になり、教会への布施との名目で聖女に貢いだ。貢いだ金額が多く、町の運営資金にまで手を出していたことが町長にバレた。
町長は布施とした資金の中に町の運営資金が含まれていたとその分だけでもと返金を教会に訴えた。
しかし、教会の記録には次男からの布施の記載はなく、聖女は金の切れ目は縁の切れ目とばかりに次男を避けるようになっていた。聖女は避ける理由を付きまといによる恐怖と述べ、次男からの布施は、今までの迷惑料であると主張し、返還の義務はないと告げた。しかし、聖女が楽しそうに町を闊歩していたこと、次男にしなを作って、町の商店で高価なものを買わせていたことが多くの町民に目撃されている事実を教会に訴え、聖女は司祭からの注意を受け、町の運営資金だけでも返還することになった。
金の殆どを使っていた聖女には返還する元手がなく困り果てたが、教会側が陳謝の意味も込めて支払うことで折り合いをつけた。聖女の持つ魔力は其れほどに貴重なものなのだと誰もが思い知った。
誰もが聖女を避けるようになった。厚顔無恥を地でいく聖女もさすがの雰囲気に教会を町を離れることを願った。
教会側は、聖女には教育が必要だと改めて思ったようで王立の学園に入学させようと考えた。都会に行けることを喜んだ聖女だが、勘当された次男は、聖女との心中を考えた。その言わば痴情の縺れに巻き込まれて魔女の最愛は亡くなったのだ。
魔女が駆け付けた時、次男は取り押さえられていたが、聖女は姿を消し、教会は聖女をその日の内に町から出していた。
「あの子が聖女なる悪女を血眼になって探しているのは知ってました。教会からは、巻き込まれた見舞金が送られてきただけ、聖女は、この事件の重大性を鑑み、追放したと言ってきました。けれど、我が魔女の力をもって探ったところ聖女は生かされ、名を変え王都に旅立ったことが分かりました。まさか、まだ年端もいかぬ娘が男を誑かしていたとはね、」
魔女の上司は聖女の行方を彼女には教えなかった。
「恨みに心を染めていくあの子をこれ以上見ていたくなかった。けれど、ソフィリアは聖女が教会に守られ生きていることを知ってしまいました。ありったけの魔力を込めた魔女の呪いです。解くのは困難を極めるでしょうね、ソフィリアの命が尽きただけでは解けないでしょう。ねぇ、学園長?あの子の呪いを受けた聖女は、どうなりまして?」
グレンは、ため息を吐いた後、祖父母と面会を求めてきた学園長に言った。
「私は、サキュラ・ロイヤー嬢とは無関係です。付きまとわれていたと言っていい。友人達に聞いて貰えれば分かります。巻き込まれただけです。」
愛する聖女を庇ったなんて心外だとグレンは掛けられた布団を握りしめた。
ミューゼル伯爵は直ぐに動いた。教会への抗議とグレンへの賠償と解呪への協力を訴えた。
教会側は、聖女が、過去に犯した事件は違う聖女が起こしたものであり、現聖女は別人であること、同じ聖女の性質の光属性魔法を身に宿していたため、魔女が同一人物と誤解したとの報告書を出し、賠償の義務はないと言ってきた。
グレンの祖父の教会への怒りは凄まじく、古くから政府の重鎮であったことから国王も教会側へ解呪に向けて協力をするべきと圧力をかけた。
このことを重く見た教皇は、魔女の呪いを解くために必要なこととして、神に祈り、『ミッターマイヤー子爵家との繋がり』が鍵であるとの神託を伯爵家に伝えた。
グレンも祖父もあまり評判のよくない子爵家と縁を繋ぐことに半信半疑ではあったが、国からも子爵家に働きかけをしてもらい、子爵家への資金提供の代わりに娘のどちらかをグレンの元に嫁がせるとの契約を結んだ。