グレン・ミューゼル①
グレン・ミューゼル伯爵令息は今までの人生を振り返った。
幼い頃に誘拐された過去。
珍しいレッドプラチナの髪と緑色の瞳が誘拐された原因とされた。魔力の暴走がなければ犯人の捕縛は出来なかっただろうが、今度はその大きな魔力が付加価値となってしまうことを恐れた両親に魔力封印の儀を施された。魔力を封印したことで目立つ色合いの髪はただの赤髪に変化した。まだ8歳にも満たない頃のことである。10歳の時に両親が王都から領地に戻る最中に盗賊に襲われ亡くなった。当主夫妻の警護をしていた男が主犯では防ぎ切れないのは当然だと誰もがいったが、グレンの祖父は改めて内政に尽力した。
グレンにとって両親はどうでもいいと思える存在だった。誘拐され戻ってきたグレンを抱き締めてくれたのは祖父母であり、魔力の暴走を起こしたグレンに父親の伯爵は情けないと言い、母親は怯えた表情を見せるばかりだった。両親が魔力の封印を言ってきた時も祖父母は封印ではなく魔力操作の訓練を推したが子の権利は親にあると論じグレンの魔力は封印された。
実際のところ、誘拐の多さに思うことがあったらしく、強大な魔力保有量がバレると次に誘拐された時に要求されるだろう身代金を考えてしまったのが原因だった。
彼らは先代とは違い、領地の利益を領民に還元することに積極的ではなかった。質素な生活を好み、堅実な先代当主のカリスマ性への嫉妬を拗らせ儚げでありながら、実は贅沢を好む妻のために裏金を作ることに勤しんでいたのだ。
グレンには2つ年下の弟がいる。彼は、両親に甘やかされて育った。グレンのように誘拐されたことなどなく、両親がなくなるまでの間には、伯爵家の次男としての教育もされず、両親が亡くなった後は母を溺愛していた2つ隣の伯爵家に跡継ぎがいないからと奪われるように引き取られていった。なので、それ以降疎遠であり、グレンの中では既にミューゼル伯爵家の人間ではなかった。
グレンは14歳になるまで領地から出たことはなく、ただ真面目に薬草のことを勉強した。
漏れ出た魔力が草木に影響を与えていると理解したのは12の時。そろそろ王都の学園に行く準備を整えている頃だった。実の親に魔力を封じられた憐れな子供。親戚からの評価は知っていたが、両親が亡くなった後では魔力の封印解除は困難であることは自明の理であった。
一般的に貴族と言う階級に所属する者は平民に比べて魔力が強く、魔力が強いと使用できる魔術の属性を増やすことが出来る。グレンの魔力保有量が実際どれくらいなのかは知らないが魔力に関しては諦めていた。
せめて領地、領民に尽くそう、それしか自分には出来ないとグレンは薬草だけでなく、領地経営のことについて祖父や家庭教師から懸命に貪欲に学んだ。
真摯な態度はグレンに対するイメージを払拭した。
学園に入学して暫くは魔力の低さに揶揄されることもあったが、筆記試験は学年トップで同学年の第4王子よりも上だった。魔力保有量が表面上少ないグレンは、王子の側近候補から外されたが、気にもしていなかった。
やたらと“可哀想”を連発するサキュラと言う『聖女』が現れるまでは。
「御両親に、魔力を封じられるなんて、可哀想。」
「家族の愛情を知らないなんて可哀想。」
「貴族令息なのに、お友達が平民ばかりで可哀想。」
「よほど、貧しいのね、制服が破れてるわ、可哀想。」
「優秀な弟さんがいて可哀想。」
その他、諸々。
最後の一言については、全く意に介さないものだったが。
最初から相手にはしていなかったが、サキュラと一緒になって生徒会メンバーの一部、第4王子の側近候補達までもが訳の分からないことを言い出した。
「生徒会に入れ、デイビス殿下の庇護下に入れ。」
「お前は、あまり社交をしていない。殿下の側近は無理だが伯爵家を守れるぞ。」
「僅かな金でいいのだ、聖女や殿下の為に使うんだ。」
呆れるばかりで、相手にはしていない。
聖女は、自身も平民でありながら教会とデイビス殿下の庇護下にあり、勘違い発言が多い。デイビス殿下はサシで話すと其れほど愚かではなく、側近候補と聖女の言動を諌めてくれることもあった。
しかし、聖女の増長は明らかに殿下の影響であることは間違いなく、さっさと飛び級して薬学研究所に就職してしまおうと思っていた矢先、魔女が学園に侵入し、聖女を攻撃し始めた。
騒がしいと思っていると逃げ惑うサキュラと目が合ってしまった。
「グレンくん!助けて!」
嫌だと瞬間思った。
サキュラの後ろにいる魔女が禍々しい術の詠唱を始めていたからだ。
「来るなっ!」
手を振り払うが、
「私を愛してるって、言ったじゃん!好きだって!」
「言ってねー!!」
サキュラはグレンの後ろに回り込む。
刹那、グレンは崩れ落ちる。
黒と紫の靄がグレンを包み込む。
グレンの体に痛みが走る。
叫びを上げて彼は意識を失った。
気が付くと領地にある屋敷だった。
全身に包帯が巻かれている。
幸いにも声は出た。
かなりしゃがれているが。
包帯越しに握っていた手が祖母のものだと分かり声をかける。覚醒したグレンに気付き顔を上げた祖母の顔は窶れており、歪み涙をこぼした。
自身の名を呼ぶ家族。
屋敷は次期当主の覚醒に賑わった。