呪いの女神
学園内での魔法の行使は禁止されている。
しかし、それは、この世界での魔術のことであり、世界の理から外れているレティシアの魔法は禁止されていない。そんな屁理屈を思考しながらも目立つことは是としないレティシアは副会長に生徒会に入ることを固辞し席をはなれた。
学園内のトイレに入ると視界に入ってきたものに舌打ちをした。
1人の女生徒が数人の貴族階級の女生徒に絡まれていたのだ。
普通なら目撃されたことで散るはずだが、レティシアが子爵家と言うことに安堵された。
「何かご用かしら?」
声を掛けてきたのは集団の中で一番高位の伯爵令嬢。
「トイレに、用を足す以外の用事がありますか?」
少し苛立っていたレティシアは素で返してしまう。
「なっ!あ、あなた、そ、それに、舌打ちをしましたよね!失礼でしてよ!」
「さすが、あのアバズレの姉ですわ!」
レティシアはイラっとした。
眷族の連絡がもし主のことなら対応が遅れる訳にはいかない。
「寝とけ。」
その一言で令嬢達は倒れる。
ギョッとしているのは、平民の娘。
「安心おし、記憶は消しておく。あんたのもね。」
伸びてきた指先が娘の額に触れる。
鬱陶しい貴族令嬢達とは違いレティシアはその体を受け止めると娘の体を転移させた。
『さて、どうした?姫様に何か?』
『いえ、あの、ただいま屋敷にミューゼル伯爵なる者が来ていまして、娘を出せと。』
ミッターマイヤー家の娘と言えば一般に知られているのは異母妹のアイシャだ。
『前子爵が伯爵に借金をしていたそうで、前子爵は娘を差し出す予定だったとか。前子爵と伯爵、貴族院役所のサインがされた書類をお持ちで、前子爵が亡くなったと聞いてやって来たようで……。トラヴィス様が相手になり、アイシャは既に子爵家を勘当されている身ですので、借金を返すことを条件に婚約のことを白紙にしてほしいとの提案をされたのですが……。では、金ではなくもう一人の娘を寄越せと言い出しまして、』
ため息を吐いた。
あのクソ親父、アレの婚約者をダブらせてんじゃねーよ!聞いてないし。
アイシャは知らないことだったのだろう。記憶にはない人物だった。
『とにかく、屋敷に戻るわ。』
ミューゼル伯爵領は領地はそれほど広くないもののロイエンタール辺境伯領に接する山脈を背にする薬草の一大産地であり、良質な薬草は王立薬学研究所にも卸されている。
現当主は、レティシアの目の前にいる痩せてはいるが意志の強そうな学者風の老人。
その隣には夫を宥めている老婦人。
「魔女の呪いに巻き込まれた次期当主殿は、呪いのために人としての生活が出来ない状態で薬草により何とか命を繋ぎ止めている。」
叔父からの説明を反芻する。
「病に侵されながら領地、領民のため日夜研究に勤しんでいる次期当主殿の呪いを解くには、ミッターマイヤー家の血筋にあたる娘を次期当主の妻として娶る以外ないと教会、聖女からの神託があった。……ちょっと待って下さい。聖女って、サキュラ・ロイヤーですか?」
聖女と言う言葉が出て尋ねたレティシアに伯爵が苦々しい顔をした。
「さよう……孫や周囲の友人の話によると、あの娘はとある魔女を怒らせた。内容は知らぬが、あの娘は孫に付きまとっておったそうだ。」
伯爵の孫、次期当主は眉目秀麗の将来の王族側近候補だったらしい。頭もよく、同級生である第4王子の側近候補でもあったが、学園の学びより薬学研究所に通うことを優先し、生徒会に入るつもりはなく過ごしていた。それを強引に生徒会メンバーにしようとしていたのがサキュラなのだが、ある日の付きまといに次期当主と薬学仲間の友人がサキュラに苦情を突き付けていた時に魔女が現れて、サキュラに罵詈雑言を浴びせた。
そして、次期当主をサキュラの恋人と勘違いしたそうだ。その気になっているサキュラと否定する次期当主と仲間達。魔女は聖女に向けて呪いを発動。
「あの娘は、孫を盾にしたのだ、聖女たる娘のために用意された呪いは強靭で魔女は自身のために恋人が呪われた苦悩を味わえと言って去りました。あの娘は倒れた孫を見捨てて逃げ出したと聞いた。本人は呪いなら教会が何か知恵をくれるだろうと思ったから急いでその場を離れたといっておるがな。安易に触れることも出来ない孫に仲間達は必死に声をかけ、また学園在中の魔女殿と医者を呼んだ。」
魔女と呼ばれる存在は別に迫害などの対象ではなく、大概にして知恵者が多く、人から慕われているが、闇の神を信仰しているため教会は彼女達を表立っては認めていない。
「学園の魔女は、魔女の呪いは魔女にしか解けないものだと、孫は聖女の恋人などではなく巻き込まれた完全な被害者であると言ってくださり、呪いをかけた魔女へ話をつけることにも協力してくれたのだが、孫の呪いを診察した時に、」
「……見たことのない呪いだと言われたのですね?」
教会の庇護下にある聖女を傷付けようとしたこと、国に仕える貴族の令息が傷付いたことで、魔女は裁判にかけられることになったが、サキュラが自身への逆恨みを止めるなら不問とするとしたが、魔女はサキュラの罪を明らかにするためならと譲らなかった。巻き込まれたミューゼル伯爵の孫には心からの謝罪をしたが、呪いの解除方法は分からないとした。古い文献から拾ったもので、聖女に解呪されるのが嫌で文献は燃やしてしまったとのことだった。
「巻き込まれた孫の為にも聖女の罪を明らかにしたいと我らは思っていたのだが、教会から、ミッターマイヤー子爵家の令嬢と縁を繋げば解呪への道が開けると、神託が降りた、ミッターマイヤー子爵家には多額の借金があり、それを肩代わりすれば令嬢は有無を言わずに嫁いで来るだろうと言われたのじゃ。孫には時間がない。そう思っていた矢先、子爵が亡くなり、アイシャ殿は別の男と結婚するのだと聞いて、話が違うとおもったのじゃ。」
悲痛な顔をする伯爵。
「わかりました。」
レティシアの言葉に皆が頭を上げた。
「嫁ぐ、嫁がないは置いといて、ミューゼル伯爵子息に何が出来るのか会ってみましょう!」
レティシアの頭の中には未知の呪いに対する好奇心しかなかったのである。