鬼姫は騎獣を所望する
「お祖母さま、金熊は役に立ちまして?」
孫娘の朝食の席での言葉に祖母を始めとしたロイエンタール家の面々は動かしていた手を止めた。
「お祖母さまが悪夢に囚われていたようなので、金熊に払うよう申し付けていました。」
ニッコリと笑うブランカ。
「ブランカ、君は邪悪なるものが分かるのかい?」
ブランカは首を傾げた。
「邪悪なるものですか?アダルヘルム兄様、」
ブランカに“兄様”と言われアダルヘルムの動きが止まる。
「いいな、ブランカ、俺もベナート兄様と呼んでくれ!」
横から言う次男のお陰で我に返るアダルヘルム。
「えーと、ブランカ?どうなんです?」
ブランカは、即座にこの世界で言う邪悪なるものが、悪夢など人の思念により産み出した悪意の総称なのだと理解した。
「よく分かりませんが、この力はわたくしが、伯爵代理の魔術師に意識を封じられていた間に磨かれたのではないかと思います。そして、わたくしの周りに集まってきた金熊を始めとした力のある子達が守ってくれるようになりました。わたくしが守りたい方達は、この子達にとっても守るべき存在です。」
この娘はいったい何者だ?と男達はブランカを見たが、女性陣はブランカに希望のような光を感じた。
「お祖父様、わたくし、騎獣が欲しいです。」
「出来たら、金熊のようにもふもふがいいです。」
「お空も飛びたいです。」
ある日の午後、ブランカは立て続けに祖父に言った。
「お、おう?」
いつになくキラキラの瞳で見上げてくる孫娘に祖父は押されぎみである。
ブランカは、行われていた虐待のせいで普通の娘よりも体力も筋力もない。
今の状態で騎獣を選ぶなど無理な話だった。
「ブランカ?貴女の筋力や、体力を考えると無理よ。」
祖母の言葉にブランカは硬直した後、がっくりと肩を落とす。
(鬼の力を使わなかった弊害が……。)
あまりにしょんぼりしている姿に無駄にキュンキュンして泣いているヨアンナ。自分以上にアホになっているヨアンナを小突いているアルフォンス。2人とも姫の色々な表情が見られることが嬉しくて堪らないようだった。
前世での生活の中、姫であった彼女が制限の中で過ごしていたのは分かっていた。
個性豊かな鬼共を纏める苦労を担い、時に人とも戦い暮らしてきた鬼姫が初めて得た安らぎが人間の若者だと知った時の衝撃。若者の人となり、姫への思いを知らなければ仲間一同で殺していた。
鬼としてしか生きて来なかった姫が人らしくなっていくことは複雑だったが、元々人として生き、鬼となってしまった眷族達には、姫の変化が眩しかった。鬼姫は眷族にとって親であり、友であり、兄弟なのだ。ヨアンナには、女神と言う言葉が追加されるが。
「ぼ、牧場に魔獣を見に行こう!秋に生まれた子供が可愛い見頃だ。」
祖父の言葉にブランカは顔を上げた。
「魔獣への関心はリオニー譲りだな。」
アインハードの言葉に皆が亡きリオニーのことを思い出していた。
「まぁ、なんて可愛いの!」
大きな洞窟の中にブランカはいた。牧場と言っても色々な場所があり、草原のような場所もあれば、岩場や、火口など魔獣の特性に合わせ、出来るだけ自然に近い状態で魔獣を育てている。
この洞窟の主は、ヒドラの番でロイエンタール辺境伯の弟が雄のヒドラとテイマーの契約を結んでいる。
「ヒドラは、2つ以上の頭を持つ地竜のドラゴンの一種でね、番を得て、子を成すためにこの洞窟を貸しているんだ。子育てが終われば番は、弟が管理している東地区へと帰っていく。」
アダルヘルムによると、ロイエンタール家の牧場は南の森と接しており、魔獣にとって安心して子育てが出来る環境らしく、一年中何らかの魔獣が子育てのために領にやって来るのだ。
「生まれてどれくらいですの?」
6頭生まれたヒドラの子供はブランカが両手で抱えられそうな大きさだった。
双頭のが2頭、三首が3頭、五つ首が1頭、そして、八首が1頭だ。
「生まれたのは、四日前だな、」
「四日で!大きくなりますのね、」
「卵でブランカの頭より大きいからな。」
「この子達は、親離れの後どうなりますの?」
興味深く話を振るブランカは、キラキラとした目をしていた。
「ブランカがテイマーの才能を開かせたなら、ヒドラをテイムするかい?」
伯父の言葉にブランカは唸る。
「ヒドラは、可愛いですけど、わたくしは、やっぱりもふもふがいいです。」
その選択もリオニーに似ていた。
「お母様の騎獣は、元気ですか?」
ロイヒシュタイン老公から、両親、特に母親であるリオニーにはテイマーの才能があり、騎獣はグリフォンだったと聞いた。父親も獣騎士団に一時所属していたため、テイマーの才能は開花していたが、いずれは宰相府に入ることが決まっていたため、専用の騎獣は居なかったらしい。
「マチルダは、リオニー亡き後、森に帰ったよ、数年前に生まれた子供を連れて見せに来てくれたかな、クロノス隊長の騎獣は、その子だよ、」
偶然か必然か。
テイマーと騎獣の運命と言うものも面白い、ブランカはそう思った。
穴から出てきた魔獣は、人を世界を襲うと言われているが、この世界の魔獣は余程のことがない限り人を餌としない。ゴブリンなどの低位の魔獣、魔物は穴からの影響を受けやすく人を襲うのだとブランカは教えてもらった。
「お祖父様、ケットシーは居ますか?」
先頃のベヒモス、カオスドラゴンとの戦いで第二王子の騎獣として姿を現したと言うケットシー。全能神に捧げる絹を織り上げる神が育てる蚕を守る魔獣。一説では神獣とさえ言われている。
「森の何処かにはいるかも知れんが、会える確率は低いぞ。ブランカは、本当に猫が好きだなぁ。」
「はい、もふもふは、正義ですから!」
可愛い孫娘の頭を撫でる。
「かといって勝手に森に入ってはいけないよ?」
辺境伯は語る。王都北の森に空いた穴は稀に、規模を小さくした穴を各地に飛ばす。
穴はダンジョンと呼ばれ、中には、ダンジョン内だけで生きることの出来る魔獣、魔物が闊歩している。大穴のように出てくることは出来ないが深い穴を潜っていく程に強力な魔物に出会うと言われている。魔獣、魔物達は時に体内に良質の魔石を孕んでいる場合があり、各地の冒険者の中にはダンジョンに潜ることを生業にしている者もいる。
「解明されているダンジョンは、南の森の中に2つあるが、最下層まで辿り着いた者はいないし、急にダンジョンに引き込まれることもあるそうだ。だから、駄目だぞ?」
念押しされているように感じるのは何故だろうとブランカは思った。