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金の猫は、役に立ちたいだけなのだ

金色に近い赤毛、手足と尾の先が白い猫は、席に着いているロイエンタール辺境伯一家を一人一人眺めていた。

毛色に相応しい青空のような瞳。

なぁーご。

低い声で鳴くとアダルヘルムが席を立って、近寄ると、そっと指先を差し出してみた。

「どうした?」

声を掛けると金熊はくるりと方向を変えて長いふさふさの尾で、アダルヘルムの手を叩いた。

「ありゃ、残念。」

そして、辺境伯夫人の足元に行くと軽い身のこなしで飛び上がった。

「あらっ!」

食事はほぼ終わった膝の上に金熊は乗ると前足を夫人の胸元に伸ばし顎に擦り寄った。

「あらあら可愛い。」

どや顔で孫を見る祖母にアダルヘルムは苦笑した。

「もしかして、今日は一緒に寝てくれるの?」

なぁーご。撫でられた金熊は機嫌良く喉を鳴らしていた。

「金色に輝く猫だから、きっとよい夢に出会えるぞ。」

夫の言葉に祖母は励ますような言葉をかけた。

「ばさま、まだ悪夢見てるの?」

「えぇ、そうなのよ。夢見が悪くて困ったわ、すっかり寝不足、睡眠不足は食欲も奪うからお薬にも手を出したのだけれど……。でも、今日は、きんくまちゃんが来てくれたから大丈夫よねぇ、」

そのまま金熊は膝の上で丸くなった。

細い夫人の膝にバランスよく丸まった大きな猫に夫人はメロメロになってしまった。


金熊は、考える。

姫の大切な人間を守るのは当たり前のことだと。

ロイエンタール領に降り立ち、祖父母と抱き合った後、姫と眷族であるアルフォンスとヨアンナ、そして金熊は暫く生活をする部屋に通された。亡き母親が使っていたと言う部屋には落ち着く柔らかいブルーと小花柄の壁紙が貼られていた。人払いをし、アルフォンスの淹れたお茶で一息ついた。

「よい人間達でしたね、姫様。」

ヨアンナがドレスをクローゼットに入れながら言った。

「そうね、ブランカを気遣う気配は優しいものだったわ……、本当にあの偽物令嬢一家は、多くの人間を悲しませたのね……。」

膝の上の金熊を撫でる。

「それと、気付いていて?悪夢がお祖母様を蝕み始めているわ。」

アルフォンスが新しくお茶を淹れかえスッと差し出した。

「悪夢ですか?」

「えぇ。呪いの一種とでも言うのかしら、我々鬼とも違う魑魅魍魎が闊歩する世界があって、あの穴からやって来るのだそうよ、人間の悪意や嫉妬などが具現化したもので、人間の夢にとり憑くの。お祖母様の夢に入り込んだ悪夢……、わたくしは、その憂いを取りたいと願うの、ねぇ、金熊、可愛いお前がお祖母様を助けて差し上げて?」

なぁーご。


祖母の膝上で思い出す金熊。

『ひめさまが、守りたいもの、ボクも守る。』

前世で生まれ変わり、姫の眷族として過ごせる日々は充実していた。けれど、やはり愛玩動物なままではいられない、姫の役に立ちたいのだ。

『ひめさまは、ボクになら出来ると思ってるから、任されたんだ!』

喉を撫でられゴロゴロ言わせながら金熊は嬉しくて仕方なかった。


暖かいベッドの中で眠る夫人。夫はまだ仕事のようだ。引退発言を巡り息子との話が終わっていないようだ。

金熊は夫人の腕から逃れ枕元に立つとじっと彼女を見ていた。眉間にシワを寄せ、汗を掻いている。

金熊は横を向いた夫人の眉間に口をつけると霧のように姿を消した。


灰色の世界。

立ちすくむ夫人の目の前には檻に囚われた灰色の髪を持つ娘。

「リオニー!待って!今行くわ!」

棘のついた蔦に行く手を塞がれ、傷付きながら進もうとしている夫人。

娘の檻の周りには黒い何人もの人影があり、槍のようなもので檻の中の人を何度も刺している。

「お母様!」

苦痛に歪む声に駆けつけたいのに棘が邪魔をする。

「ハインリヒ!ハインリヒ!私達の娘が!やめて!」

伸ばした手の先で息絶えた娘の体は炎に包まれ、同時に夫人の体は自由となるが、再び目の前に現れた人物に金熊は鼻にシワを寄せる。

『お祖母様、どうして、助けてくださらなかったの?』

現れたのは幼いブランカ。

身体中が傷だらけで、一番酷い状態だった頃のオリビアの姿。

「ああっ!ブランカ、ごめんさない、ごめんなさい、私は騙されていたの!」

歪んだ微笑みを浮かべるオリビア。

『私の扱いは、下女以下、家畜同然だったわ。親はいない、わたしを捨てたと教えられたわ。』

「ちがうわ、リオニーは優しい、貴女の誕生を心から喜んでいたわ!手紙が来たの!」

少し成長したブランカが言う。

『公爵令嬢でありながら、捨てられた私は、ブランカではなくオリビアとして育ったわ。歪んだ声であの一家が私に語ったのは、私の父親は公爵家を継ぐ能力が欠如していた、だから母親は公爵家の重圧から逃れるために家を私を捨てたって、公爵家は国の宝。絶やすことは許されない。だから、自分達が公爵となるのだと。』

「違う、違うわ!リオニーも貴女のお父様であるフェアナンド様も素晴らしい方だわ、逃げたのではない、殺されたの!貴方は間一髪助かったのよ!」

祖母の訴えに高笑いをするブランカ。

『私は、あなたを恨むわ!憎むわ!あなた達、ロイエンタール辺境領の者を!』

ひらりと、夫人とブランカの間に舞い降りた影。

「『えっ?』」

ふわりと優雅な毛並みを持つ大きな猫。

「き、き、きんくまちゃん?」

夫人は泣いていた顔を上げる。

なぁーご。

一鳴きして、ブランカの元へと進む。

「な、何故ここにお前のような獣がいる!」

ブランカとは違う太い声を放つ娘。

なぁーご。

金熊はジャンプした。それは見事な放物線を描き、ブランカの首に噛みついた。

断末魔の叫びが空間に響いた。夫人は耳を塞ぎながら凝視した。

吹き出る黒い血と共に、娘の姿がホロホロと崩れていく。

現れたのは夫人の知る顔。

「あなたは………。」

崩れていく体を無視するように金熊は着地し夫人の元へと駆け寄る。

なぁーご。

あれほどの血飛沫にも関わらず金熊の毛色も毛並みも問題はなさそうだった。

「きんくまちゃん、助けてくれたの?」

大きな猫を抱き上げて、抱き締めた。

なぁーご。


遠くで夫の声がした。意識が戻った目の前には、夫がいた。泣き出しそうな顔だなと夫人は思った。

「…ハインリヒ?」

夫の大息に体を起こす。

「大丈夫なのか?恐ろしい声が響いたので、駆け付けたのだ。」

よく見ると部屋には息子家族も自身の騎獣のドラゴン一家も心配そうに覗き込んでいた。ふと触れる柔らかいものに視線を落とすとスヤスヤと眠る金熊がいた。



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