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鬼姫の休息

目の前にずらっと並んでいる面々は、男性は大柄で殆どの者が灰色の髪をしている。

緊張した表情をしている中で不敵な笑みでブランカを見た男の元に駆けていくのはファティマだ。

先程までブランカに向けていた笑みとは全く違う笑顔にブランカは呆れた。

「ブランカ…か?」

ゆっくり近付いていく一人の娘。旅装のドレスを身に纏い大きな猫が彼女を先導しているように見えた。

恐らく、声を掛けてきたのが祖父だと鬼姫は悟る。

幼い頃、たった一度だけ姿を見せた偽物令嬢とは違う地味な容貌。成長し、学園に入る年齢の割にひょろりとした見るからに貧相な体をしている灰色の髪の少女。

「はじめまして、お祖父様、お祖母様。」

丁寧なカーテシーをブランカは見せた。

大きく一歩を踏み出した老婦人が大粒の涙を流しながら抱き締めてきた。

「あぁ、なんて、リオニーに似ているの!ご、ごめんなさい、お祖母様を、お祖父様を許して!」

伝わってくる温かいものがブランカの中に流れ込んできた。


(これだから、人はいい。)


鬼として、生きていた頃、黄泉の国へと落ちた彼女を迎えにきた男の心、思いに触れた。

鬼として生き、死んだ彼女を男は命懸けで助けにきた。その意味が誰かを愛すると言う行為が鬼姫の心に刺さり、それまで人のために何かをしようなどと思いもせず、利益さえ得られれば、敵対している人間にも膝を折ることさえ辞さない性質。暮らすには邪魔な鬼の大将を葬るために、組んだ人間の男の真っ直ぐな思いに絆され、彼を庇い死んだ彼女は、多くの人間を殺めたことから、黄泉の国に落とされ、再度、徳を積むよう釈迦に言われた。その場に彼は来た、共に生き、共に学ぼう、君はまだ死んではいけない。生きて君を慕う仲間を放っておくのかと。

その手を取った時、彼が人であることを捨てたことを知った。

彼女は、彼から多くのことを学んだ。人は弱くて強い生き物で、限りある命だからこそ尊く、美しい生き物なのだと。

『悠久の時の流れを生きることを選んだ自分には、か弱き、美しき人を守る義務がある。君と知り合い、君のように話の分かる鬼も存在するのだと知れた。わたしは、人でなくなったことで、彼等を君と共に導く役を得たのだと思っている。』

彼の言葉を思い出した。

鬼姫は思考する。滅びるはずのなかった体を失い、新しく生まれ変わったが、果たして溢れる魔力に見合うよう体も変化するのだろうかと。

でも、今度こそ、愛する彼と、仲間達とのんびり暮らすのだ。そして、自分に体を託したブランカの思いに応えるべく、彼女を愛しく思う人達を守ろう。祖父母に対面し、鬼姫ブランカはそう決意した。


「この方がわたくしのお母様?」

公爵家には、亡くなった夫妻の肖像画などはなかった。

偽物一家が焼き捨てていたのだ。ブランカの記憶の中に、優しげな寄り添う男女の絵画を燃やしているものがある。恐らく実の親の記憶のないブランカにさせていた行為を偽物一家は影で嗤っていたのだろう。ブランカを虐げていた者達から読み取った記憶のお蔭で現在のブランカは公爵令嬢としての記憶を封じられていたと言う設定を打ち立てられた。本物のオリビアは、自分が公爵令嬢であるなど思いもしなかっただろう。

「幼い頃、わたくしに、両親の存在を教えてくれたのは偽物一家でした。けれど、彼等の言葉を信じることは出来ませんでした。わたくしは、明らかに下女として生きてきましたし……。けれど、あの日、死にかけた私が見たモノは優しい両親が、わたくしの誕生を心から望んでいる姿でした。お母様とお父様の思いがわたくしの記憶の奥底にあったのです。出来るなら、お父様やお母様に会いたかった。」

鬼姫に母親は存在しなかった。けれど、愛しい夫の母親は、人ではなくなった夫をどんな姿になろうとも愛しく思うと言ってのけた。ブランカには、既に父母はいない。それが鬼姫にとっても悲しいことだった。

(親と言う者との縁は、わたくしにはないと言うことなのね。でも、)

祖父母が、叔父叔母、従兄弟など、眷族とは違う繋がりのある者達との縁は結んだ。

(ブランカが得るはずだった縁を守って見せるわ。)

新しいブランカ・ロイヒシュタインの生活が始まった。

(旦那様との生活は暫くお預けね。)


「お祖父様のドラゴンは、カッコいいです。」

ブランカは、ロイエンタール領が誇る魔獣の厩舎を訪れ、祖父や伯父達の魔獣を見せてもらった。祖父の操るドラゴンは小型の白い鱗が煌めいて見えた。

「伯父様のお馬様も素敵です!」

興奮気味に声を上げるブランカを見て、侍女のヨアンナは涙を流していた。

「ひひひめ様が、可愛らしすぎぎぎてて辛いっ!」

呆れた顔を必死で我慢しているのはロイエンタール領の護衛騎士達だ。ヨアンナは、黙って立っていればかなりの美人で近寄りがたい貴族令嬢と言っても過言ではない。

ロイヒシュタイン老公や夫人から目をかけられた存在でなければ偽物伯爵代理に手込めにされていただろう。

彼女がブランカ(オリビア)を庇えた理由の一つでもある。

「姫様は、生まれながらの鬼姫だからな、人の娯楽や感情とは無縁で育たれた方だ。旦那と出逢い、変わりかけていたところに、今回の…だ。あれがもしかしたら、姫様の素なのかもな。」

アルフォンスがヨアンナに向けて言う。

「いいいっておきますが!姫様のことを一番に思っているのは、わわわらわじゃ!」

「はいはい、ヨアンナ、地が出てる。姫様に怒られるぞ。」

ヨアンナは、美人の微笑みを浮かべた。


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