ロイエンタール領へ
案内に従い、シートベルトなる物を腰に巻く。ベルトは柔らかい虹色のほわほわのソファと一体化され離陸時の衝撃から体を守ってくれるものらしい。
「飛行が安定したら、ベルトは外していいですよ、また、着陸の時には着席の上、ベルトを着けてください。」
そうアナウンスするのは、ファティマ・ロイエンタール。わたくしの伯父の娘。
従姉妹と言う存在。
あの森の王の宝。
対面した時、彼女は緊張していたようだった。わたくしが、偽物一家にどのような扱いを受けていたのか聞いたからだろう。
偽物令嬢は、それはもう、異常なほどロイエンタール領に近寄らなかったと聞いた。
魔獣達は嘘に敏感だから、動物が苦手と言い張ったのだろう。愚かな子。それも疑われる一因だと気付かなかったのかしら。
いくらかブランカの体は年頃の娘らしくなったが、まだまだ痩せている。体力もないと言うことになっている。そんな病み上がりのようなわたくしを気遣う優しい令嬢。
森の王には、必要以上に近付かないと言ったが、向こうからくる場合は、仕方ないわよね。内心ニコニコなわたくし。
「猫ちゃん、大きくて可愛いですね、」
わたくしの膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしている巨大猫。膝から手足、尻尾は完全にはみ出している。何とか全身を膝に乗せたかったみたいだけど、諦めたのよね。
「えぇ、でも、この子は魔力持ちの魔獣ですのよ。名前は金熊、日の光加減で金色に輝きますの。」
なぁーご。と低く鳴いた金熊はファティマ様に挨拶をした。
本当は別の子を連れてくるつもりでしたけど、あの子達の中でケジメなる戦いの結果金熊がついてくることになりました。
もふもふなら、誰でも良いと思います。
「我が家には、あと3匹魔獣猫がおりますが、今回は留守番をしております。」
もふもふが好きなわたくしの話をファティマ様はニコニコとした顔で聞いている。2人でもふもふを愛でる会を設立したいって話まで出来ました。素晴らしい!!
「ブランカ様、もう少し砕けた話し方で構いませんよ?私達、従姉妹ですもの!」
ふふっ、可愛らしい方。
「ありがとうございます。けれど、わたくし、下女として暮らしておりましたおり、偽物令嬢の代わりにマナーや言葉遣いの教育を受けておりました。偽物一家にはわたくしに令嬢として恥ずかしくない言葉遣いを強要されましたの。この言葉以外の普通の会話はしてはならぬ、ロイヒシュタインの恥となると言われ、酷い折檻を受けて育ちました。ですから、これが標準装備なのです。染み付いておりますの、ですから、ファティマ様、ファティマ様は普通にして下さりませ、」
ニッコリと微笑む。
「ごめんね、お祖父様やお父様達は、ブランカ様を助けることを途中から諦めてたんだ、あの子は存在しないんだって、酷いよね、まんまと騙されて!」
ファティマ様は隣の席から手を伸ばしわたくしの手を包みました。心からわたくしを気遣って下さってます。
「……いいえ、恐らく偽物一家は、魔獣の真実を見抜く瞳を恐れたのでしょう。この子達は、普通の猫だったようですけど、長い時を経て魔獣となり、ロイヒシュタイン家を守ってくれていたのですわ。」
少々強引な考えですけど、仕方ありません。
辻褄を合わせるのも大変だわ。
「それにしても、ファティマ様が森の王の愛しい方であるとは、喜ばしいことですわね。」
ファティマ様の頬が染まる。何て初々しいのかしら、あぁ、わたくしも旦那様に会いたくなりました。
「ありがとうございます。私、とても嬉しくて……。」
今までの経緯を話して下さったわ。
「元婚約者の方とお相手は、どうなりましたの?」
ファティマ様は首を傾げた。
「さぁ、私が気にしても仕方ないので。」
「まぁ、そうですわね。にしても、お母様のご家族にお会い出来るのが楽しみです。」
「見た目、厳ついので、其れだけはご了承下さい。」
ふふっと眉尻を下げるファティマ様。可愛らしいわ。
「その辺は免疫があるので、大丈夫ですわ。」
前世でのシュテンとか、馬頭、牛頭を思い浮かべる。
(あれは、厳ついと言うレベルではないですけど。)
何て思いながらわたくしは、微笑んだ。
そう言えば、旦那様は、前世と変わらず千代丸に騎乗されていると聞きました!
「わたくしも、乗れる魔獣が欲しいですわ。」
魔獣を騎乗するには、それなりの力量が必要となるのは学びました。
ファティマ様は今度は困った顔をした。
「…そうですね、んー、ブランカ様は魔力が多いから大丈夫だと思うけど、貴族令嬢では、騎士の資格があるか、テイマーの才能がなければ難しいかもしれません。」
なるほど。
でも、出来たら誰にも気兼ねなく空を駆けたいですわね。
空を自力で飛べない訳ではないけれど、この世界では希なこと。目立つのは不本意ですもの。
ロイエンタール辺境伯領まで数時間らしい。
「陸路より断然早いんです。空を飛ぶ魔物も空くじらには手出しできませんから、邪魔するものはないので。」
離陸から暫くは天候が悪く揺れが強かった。ファティマ様曰く、空くじらが地上近くに降りると天の神が不機嫌になり、ある程度空に昇らないと天候が安定しないらしい。人型をとっていれば何故か大丈夫らしいが、それだと人を乗せられないのだと。つくづく空くじらとは、分からぬ生き物だこと。
とにかく、あの屋敷以外でのびのび出来るのは、良いことだわ。
ねぇ、金熊?
なぁーご。