復讐と言う名の遊戯
見目麗しい青年の姿がそこにいた。紅茶をのせたワゴンを押し、ちゃんとこの屋敷で働く執事の服装をしていた。
「八瀬かしら?わたくしより、身綺麗にしてるけど、誰の体なの?」
窓辺のミニテーブルにお茶をセッティングしている。
「我等は生き残るため肉体を捨て魂のまま姫様の中におりました。この世でまた姫様のお役に立つには、肉体が必要でしたので出来れば近場で見つけとうございました。そうしたら、この屋敷の地下牢に今にも死にそうな、この男を見つけまして。この家の娘に見た目を気に入られた、他国から連れてこられた奴隷のようですが、逆らったために捕らえられたようです。」
鬼姫は思う。
(そう言えば、何人か奴隷を買ってきていたわね。)
と。この国では廃止されている奴隷をあの男は娘に与え自分に従わせていた。
淹れられた紅茶の良い香りに微笑む少女。
「その話、もういいわ。」
青年は一歩下がった。
『おひいさま、たくさんの人の気配がします。』
小鬼の猫が声を上げた。
少女は立ち上がる。
「あらあら、仕事が早いわね。」
屋敷内の気配が変わった。
エントランスから聞こえてくるのは戸惑いの声。
「ど、どうして屋敷に!」
最初に大声を上げたのは、少女の両親と叔母を殺した男。
「あ、あなたっ!国境を越えたと言ったじゃない!ば、馬車に乗っていたはずなのに、どういうことなの!」
キンキンと響くのは少女を虐げていた女のものだ。その側で呆然と佇んでいるのは少女の偽物。
エントランスの階段から見下ろす私に気付いたのは偽物に付き従っていた侍女。彼女は引きつった悲鳴の後、偽物にしがみついた。しがみつかれた偽物も階段上に立つ少女に気付いた。
「ご機嫌よう、わたくしの偽物さん。」
若干15歳の娘にしては落ち着いた声で微笑まれ一家族と共に国外へ逃げていた使用人達がざわめいた。
「あ、あんた、何で!ジョルジュ!あんた、仕留め損ねたのね!」
偽物が叫ぶ。
叫んだ先にいたのは大柄な男。屋敷で薪割りをしていた元奴隷の下男だ。
「違うわよ?この血に染まった服を見れば私の体が大きな傷を負ったのは一目瞭然でしょう?」
アイボリーの粗末なワンピースは首もとから赤黒く染まっている。
「まぁ、文字通り生まれ変わったの。その男が仕留め損ねたと言うことではないわ。確かにブランカは死んだもの。だから、許さなくてよ?大切な私の体を傷付けた報いを受けなさい。」
下男の顔がスッポリ球体の水に覆われた。もがき苦しむ下男。鬼姫は猫達が運んできた豪奢な一人掛けソファに座った。見覚えのあるソファに女が喚く。下男が倒れたことには触れないらしい。この高価なソファは女のお気に入りで、彼女はいつもこのソファに座り床に這いつくばるブランカを見下ろしていた。
「そのソファは、私のよ!退きなさい!」
少女は指を一本たてると真横にすっと引いた。
「うるさい口は縫ってしまいましょう。」
女の口が文字通り黒い糸で縫われていた。膝を突く女。唇周囲から血が流れている。おののく面々。声に成らない悲鳴を上げているのだろうが聞こえなかった。
「ま、魔術?お前に魔力などなかったはずだ!」
妻の変わり果てた顔を見て男が叫ぶ。
「そうね、私にはなかったけれど、わたくしにはあるのよ、そこにいるお抱え魔術師さんとは比べ物に成らない魔力がね。」
また、ついっと指が動く。
杖を構えていた黒のローブの男が真横にふっ飛び壁に激突する。めり込んだ体の一部はあらぬ方向に折れたまま床に倒れた。数人がその光景に尻餅をついた。恐怖に抱き合う者達もいた。
「……嘘だ。」
呟きは少女には聞こえなかった。
「さて、偽者さん。あなた、後ろにいる男達に私を襲わせたでしょ、」
寄り添うようにしゃがみ込んでいる3組の男女。
「その男達ね、逃げる私を押さえつけて、殴ったり、蹴ったりしたの。まぁ、今となっては、傷なんかキレイさっぱり消したけど、胸元にとっくの昔に廃止された奴隷の焼き印を押したのよ、酷いと思いません?まだ、私は13歳にも満たなかったのに。そんな少女の大切な所を暴いて犯すなんて、人としてどうかと思いますの。」
偽物少女も使用人の男達も真っ青だ。
「でも、安心してください。焼き印の時点で余りの苦痛に気絶した私に変わって急遽目覚めたわたくしがお仕置きをしておきましたから。あの時、植え付けていた、私を犯したと言う偽物の記憶も先程消しておきました。何事もなく今まで通りに暮らしていた偽物の記憶も消えて現実を思い出したでしょう?」
少女の斜め上の空間から3つの何かが飛び出して、男達の前にぐしゃりと音を立てて落ちた。悲鳴が上がる。男達は股間を押さえ真っ青だ。
「いたいけな少女を犯したゲスい男のモノなど、無くてもよいでしょ?もいでおきましたから、煮るなり、焼くなりなさいませ。汚物を返却する機会が出来てよかったわ。もがれたソレを繋ぎ合わせることは、この世界の魔術では、無理だとお思いなさい。でも、これで漸く新たな人として生きられるのです!素晴らしいことです。」
男達に詰め寄っているのは其々の妻達。浮気云々の話ではない。転がっているものがなんなのか、少女を襲った2年前から無かったのかどういうことなのか混乱しているのだ。
「そうそう、あなた達もあなた達の夫が私にどんなことをしていたのか、知らないとは言わせなくてよ?」
男の妻達が少女の言葉が自分に向けられていると悟り視線を向けた。
「自分の仕事を放り出し、私に押し付けていたわよね、出来なければ折檻するんだもの、私ったら益々死にたくなったのよね。でも、あなた達にもお仕置きをしたからちょっとだけ溜飲が下がったわ。無いものをあるかのように錯覚し、抱かれていた気分はどう?」
一人の侍女が膨らんだ腹を押さえている。
「あぁ、その子はちゃんと育ててね、何が生まれるかは分からないけど。」
侍女が悲鳴を上げて倒れた。
恐怖にかられた者達が逃げようとして開かない扉を叩いている。
「逃げられると思って?」
逃げようとした者達が次々と天井から吊るされる。首に掛けられた鉄の輪からは逃れられずギリギリ爪先で立っていた。偽物少女の家族と既に倒れている下男、魔術師、妊婦以外が吊るされている現状だ。
檻の中に閉じ込めれている憐れな子羊達の運命は……。
後、一時間後にアップ。