下手な芝居は欠伸が出る
「アイシャ!」
大きく開かれた扉から入ってきた青年。レティシアは結界を緩めておいて良かったと思った。あの子と違い彼女は、人の焼ける臭いは好きではない。まるで空気を読んでいない濃い金髪に垂れ目気味な青い瞳の青年が、腰を抜かしたアイシャに駆け寄り彼女を抱き止めた。
(出たわね、裏切り者。)
内心レティシアは思った。
「レオ様!」
ひしっと抱き合う2人。
彼は、レティシアを睨んだ。
「また、君はアイシャを苛めているのか!父上が亡くなった途端、本性を現すとはな!役人が来たそうだが、子爵の指示通りさっさと出ていきたまえ!」
ビシッと指差す青年。
レティシアはニッコリと笑った。
「苛めている……へぇ……アイシャ、あなた、私に苛められてたの?」
今のアイシャにとってレティシアは恐怖でしかない。先程まで見せられていたレティシアの力。学園で習っていた魔術の域を越えていた。
「ち、違う、ちがっ、」
本気で怯えるアイシャにゲイツ伯爵子息の元婚約者が何やらレティシアのことを言っているようだ。
「いいんだ、アイシャ。我が父には話している、寄り親のボンゴ伯爵にも話しに行ってくれてるはずだ。」
レティシアの冷めた目に震えているのはアイシャだが、彼は、気付いていない。
「言っておきますけど。」
「なんだ、あぁ、アイシャこんなに怯えて……。」
「ボンゴ伯爵は、既に寄り親ではなく、今頃大変なことになっていると思いましてよ。多分、多くの寄り子が離れて、寄り親の権利も剥奪されていることでしょう。」
レティシアの言葉にレオパードは呆然としている。
「この子爵家の後継となったのは私レティシア・ミッターマイヤーよ。で、お父様に用意していただいた某伯爵も今頃逮捕されていることでしょうね。今まで娶った妻殺しの罪で。某伯爵は、私との婚姻が失くなったと知るやアイシャを寄越せと言って来たのよ。因みに某伯爵との婚約が解消されたのは、お父様が死ぬ前日。某伯爵の罪を知って余罪で巻き込まれるのを防ぐため、保身ってこと。」
アイシャは、父親よりも年上の伯爵に嫁ぐ可能性があったことを考え、レオパードの手を握る力を強めた。
「アイシャは、俺の婚約者だ!」
レオパードが噛み付く。
「そうね、だから、断ったみたいね、お父様は。それに関しては私も賛成よ。」
力を抜くアイシャ。
「だって、犯罪者を身内に置くのはイヤだし。それに万が一アイシャが伯爵夫人にでもなってしまったら、我がミッターマイヤー子爵家には害にしかならないでしょ?ならば、あなたを平民に落とす方が我が家のためになると思って。」
平民に落とすと言う言葉にレオパードが噛み付いた。
「当たり前のことを言わないで。ミッターマイヤー子爵家の血筋は亡くなった母にあるの。アイシャにはミッターマイヤー子爵家の血なんて一滴も入っていないもの。お父様ったら、親戚筋からは縁を切られてるし、アイシャが継ぐべき爵位はないわ。それにあなたも……ゲイツ伯爵家に余った爵位はないでしょ?だから、2人は平民になるのです、間違っていないわ。」
もう一度考えを纏めたかのようにレティシアは言った。
「ア、アイシャは、貴族令嬢として育ったんだ!市井に降りて生きられるはずがない!」
レオパードが叫ぶ。
「いや、だから、あなたが稼げばよろしいのよ。平民でも力さえあれば爵位を貰える可能性はあるわ。」
レオパードが、大した能力を有していないのは知っている。レティシアが通いたかった学園での成績は中の下だと情報を得ている。魔術のセンスは皆無。剣術もパッとしない成績で、王立の騎士団などは無理だろうし、よくて王都の警備隊だろう。
その事実はレオパード自身がよく分かっていることだ。だからこそ、彼にはレティシアの爵位が必要だった。それを自ら手離したのだ。
「さぁ、出て行きなさい。邪魔過ぎる。」
レティシアが扇を一振り。
目の前の3人は崩れ落ちる。
「お前達、コレ、運んでおいて。荷物はもう送ってるわよね?」
レティシアの足元から出てきた影が人型をとり、3人を飲み込んでいく。
「食べちゃだめよ、ちゃんと届けてね。」
居間には、貴族はレティシアしか居ない状態となった。
「さて、明日はおじ様達がくるわね。お腹も空いたし、」
扉を開けると困惑したゴードン達の姿があった。
「どうかして?」
戸惑いを見せる面々。
「愛人と、アイシャと婚約者の誰だったかしら、飛び込んで来た方は、別宅へ行きました。裏口からね、荷物は話し合いが始まった時点で専門の業者に頼んで移動してもらったわ。」
信じられないことを当たり前のように話すレティシア。
こんなに楽しそうな彼女の笑顔は初めてだった。
「明日の午前中にランディス様が、午後にはトラヴィス様がいらっしゃるとの知らせが……。」
「そう、お父様の葬儀は、死因が恥だから極々質素にするとして、……おじ様達が、特にランディス叔父様は遠方からのはずなのに、明日って早くないかしら?」
「4日前に出発なさったようで隣街に居らるようで。」
ゴードンによると叔父であるランディスは、ミッターマイヤー家から私についての報告が段々と減っていることを怪しく思い何度も此方に連絡を送っていた。忙しい兄にも連絡を取っていたが、彼は、出張が多く、また、レティシアの名を使い子爵が“自分は元気にしている、勉強を頑張ってる、いちいち訪ねてこないで、”と便りを送っていたことで直接会う機会がなかった。
最後にレティシアと会ったのは某伯爵との婚約の話が出る前のことで、その頃のレティシアは、まだ父親に希望を持っていた。
「日々作物の品種改良に余念のない叔父様ですもの。特産の小麦の収穫後は特に忙しいから、本当に心配してくれているのね。」
母の存命中はオフシーズンの度に領に戻っていた。
屋敷に残っていた父は果たして愛人と何をしていたのか。
「ケイタ、何か簡単なものでいいわ、作れて?皆には話があるから一緒に食べましょう。」
もう一人で過ごすのはイヤだとレティシアが言うのだ。
(はやく、私も姫様の側に侍りたい。)
ミッターマイヤー子爵家の夜は更けていった。