レティシアの大胆
鬼姫の中にあるレティシアの記憶、彼女は愛情に飢えていた。
記憶には寄り親ボンゴ伯爵の不正も含まれていた。
その不正を暴いたのはレティシア自身だった。
家庭教師から寄り親制度の仕組みを聞いたレティシアは、ボンゴ伯爵家に潜入した。
何故そのようなことをしたのか。それはフィヨルドから毎月、収支報告に苦慮していること、子爵と伯爵から言われた予算に差があり、他家と比べてもどちらが正しいのか分からないと聞いたから。
どちらかと言えば普段から粗末な服しか着てなかったレティシアは、部屋に誰も来ないことを知っていたので屋敷を抜け出し、伯爵家が下女の募集をしていることを知り、伯爵家の面接を受け潜入した。
(大胆なのよね、この子。)
2、3日レティシアが留守にしても誰も気付かないことが分かっていたので大胆にも住み込みの下女となった。念のため侍女のアサヒにだけは、抜け出すことを知らせていた。彼女には危険だと止められていたが強行した。
(何が、引きこもりよ、)
実際のレティシアは、正義と好奇心の塊でもあった。寄り親に与えられる補助金の使い途を知りたい、家庭教師から教わったように、寄り親は寄り子のために補助金を使っているのが真実かどうか知りたかった。
レティシアが知りたかったのは、ミッターマイヤー子爵家にどれだけの補助金が使われているのかと言うことだった。領地から上がってくる資金が足りないと嘆いていた父親、フィヨルドに見せて貰った帳簿。愛人とアイシャの装飾品、遊興費に消えていく金。母が生きている間はもっと資金は子爵家に上がっていたが、死後は、宰相府に勤める伯父と領を実質管理している叔父のチェックが厳しくなった。そこで子爵は、レティシアの母の身の回り品を売り、レティシアへの予算をアイシャ達に与えることにした。補助金は、王都に住む者に渡す仕組みになっているため、父親はその補助金の1/3を王都の屋敷の運営にあてていたようだ。
ミッターマイヤー子爵家は農業が主たる産業だから、天気にも左右される。ここ10年の子爵家への補助金の流れを調べてみたかった。国からの援助を寄り親を通じてでしか貰えないのが少し納得出来なかったからだ。
寄り親のボンゴ伯爵は、其々の寄り子に与える補助金を渡す段階で少なくし手元に置いていることが分かり、その減額された補助金が満額だと父親は信じていた。まだ子供だと言っていい彼女は意を決して父親に伯爵のことを告げた。将来自分が引き継ぐ子爵家のことを思ったからだ。
父親は当時、愛人と伯爵の仲を疑っていたこともあり、レティシアの寄り親変更の申請書に意趣返しとばかりにサインをした。死んだ時点で彼が覚えていたかは分からない。少々酒を飲んでいた父親は初めて、レティシアの頭を撫でてほめた。
初めて父親に認められたとレティシアの中に希望が生まれた瞬間だった。
それまで虐げられ孤独だった少女はいつか父親に愛されると夢を見てしまった。こんな最低の男に。だから、後継ではなく嫁がされると聞いて絶望し、父親を呪った。
「お父様の愛情があなたにまだあった頃にあなたが買ったモノはそのままお持ちになって、私の趣味じゃないし。」
そもそも母親が亡くなった段階で愛人を捨てるか、子爵家を出ていくか親戚に詰め寄られていたのを寄り親が何だかんだと退けていたのだ。愛人は震える声で言う。
「ア、アイシャは子爵の子よ?私はアイシャの母親だわ!ここに住む権利が、」
「そのアイシャも、家を出るのに?」
小首を傾げて愛人を見ていた。流れる沈黙。
「まあ、家を出た暁には当家との縁を切るつもりですけどね。あなたみたいな、金喰い虫、ミッターマイヤー子爵家には不要よ。」
アイシャは、酷いとレティシアをなじった。
「あなた、夜会の度にドレスを新調したわよね、はっきり言って、我が家の家格では出ることの出来ない夜会にもゲイツ伯爵家やボンゴ伯爵家に頼んで出ていた。本当はゲイツ伯爵家以上の貴族子息に見初められたかったからでしょう?あなたの婚約者、ドレスのセンスは皆無だからあなたが仕立てさせていたみたいだけど、その金額が高過ぎて、あなたの婚約者では支払いが出来なかった。で、ドレスの金額はまんま我が家に。で、お父様に泣きついてみたけどお金がないのはどうしようもないから、実家が、私に当てた予算をまんま奪うことにしたのよね。夜会に出ないあんたには不要だって、そこの愛人さんと争っていたじゃない。フィヨルドが呆れていたわ。彼は、真面目だから、私への予算があなた達に流れないよう実家に掛け合ってくれたわ。減っていたでしょ?3年くらい前から。」
不作が続いて、予算を削ったと報告されているはずだ。下手に減らすとレティシアへの物理的被害が起きては困ると離れて暮らす叔父は考えてくれたのだ。
「なので、結婚した後は、子爵家とは、全く関係ない人間になります。頼るなら、あなたと真実の愛で結ばれた婚約者のゲイツ家になさいね。」
アイシャを見てニッコリ笑うと、その言葉にアイシャが叫ぶ。
「そ、そんな!お姉様!」
悲劇のヒロインそのものだった。
「お姉様なんて、呼ばないで不愉快だわ。あなただって、私が嫁いだ暁には、縁を切ると言っていたでしょ?その希望を叶えてさしあげようと言う、姉として最後の情けよ。」
レティシアは項垂れる2人に向けて言い放った。