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紅葉の企み

子爵家の当主が亡くなった知らせは昼前に王城へと知らされた。あくまでも事故死、突然死だとされたが、昼過ぎには役所の役人がくることになるだろう。これからのこと、次代の当主は誰なのか改めて確認するために。

周囲の音を拾うと、家の者が寄り親にも声を掛けに行ったことも知れた。

用意もされないお茶を1人用意する。

(八瀬が紅茶に興味を持ったって言ってたわね、教えてもらおうかしら。)

などと思いながら、子爵の遺体が発見されてから既に9時間経っている。人の体が感じる空腹と言う感覚を楽しく感じていたレティシア。

(そうよね、もう昼過ぎだもの、本当にこの屋敷の者達は、私を放置よね……祖父母の進言がなければ教育も受けられなかったでしょうね。)

子爵家の親戚達はレティシアを守ろうとしてくれていた。

(本当…知的欲求の強かったレティシアには感謝だわ。)

部屋の扉がノックされた。

返事をする前に開かれた扉。入ってきたのは、普段レティシアに見下す目線を寄越す愛人の娘付きの侍女だった。

侍女は座って優雅にお茶を飲んでいるレティシアの様子に眉をひそめ、つかつかと歩み寄り、レティシアを見下ろしてきた。

「奥様が、お呼びよ。」

来いと指でジェスチャーをする。“なってない”と思いながら、レティシアは我関せずでお茶を飲んだ。

「ちょっと!聞いてるの!」

手を伸ばしてきた侍女の手を弾く。

いつもとは違う態度のレティシアに侍女は目を見開く。

「奥様って、誰のこと?」

立ち上がるレティシアは、侍女よりも背が高く、彼女の青い瞳は侍女を見下ろしている。

「私の記憶では、お父様の愛人は居ても、この子爵家の奥様は亡くなったお母様だけよ?戸籍上も愛人は、まだ子爵家に籍に入っていないはずよ、まぁ、あの愛人が生んだ娘は、お父様の血を引いているって言われてるから、子爵家の娘ではあるけれど。」

愛人は、なかなか子爵夫人になれないことに日々苛立っていた。母方の親戚が愛人のことを認めないからだ。しかし、寄り親からの圧力にも限界があったことはレティシアの記憶に残っている。レティシアの婚約変更とともに役所に届ける予定だったが、まだ、成されてはいないし、寄り親の屋敷では見当たらない書類に使用人達が大慌てしている頃だろう。

「な、なっ!お情けで屋敷に置いてもらってる身分で!」

青筋を浮かべる侍女に益々“なってない”とレティシアはため息を吐く。

「何を言っているの?私は正式なミッターマイヤー子爵家の後継よ?そろそろ現実を知りなさい。あなたの態度、とっくに許容範囲を越えてるの。」

レティシアに視線を向けられて侍女は足元から寒気が這い上がってくるのを感じた。

一歩侍女が下がると少しばかり荒々しいノックがされた。

「レティシア様、よろしいでしょうか。」

執事の声がした。

こちらは、レティシアにも普段から常識的な態度をとっていた。味方にも敵にもならなかったけれど、レティシアに派遣された家庭教師達を追い出すことはなかった。

「どうぞ。」

扉を開けた執事は侍女の姿を確認し眉を顰めた。

「サシャ、何をしている?レティシア様をお連れしろと申しただろう?」

怒りの表情を見せている侍女に尋ねるが彼女は返事もせず執事を押し退けるように部屋から出ていった。

「……?し、失礼しました。レティシア様にあのような態度をとるなど、侍女長に」

慌てて頭を下げる執事にレティシアは食い気味に言った。

「今更よ、」

室内に沈黙が降りた。

「で、どうかしたの?あの子、何にも教えてくれなかったのよ、侍女失格ね、」

普段とは違う凛とした姿のレティシアに執事は我に返った。

「……王城から、後継のことで役人が来ております。寄り親のボンゴ伯爵も先程到着されました。レティシア様にも同席をとのことです。」

「分かりました、参りましょう。」

レティシアの堂々とした態度、

「あ、あのレティシア様、」

「なぁに?」

「その…装いでよろしいのですか?」

レティシアの来ている部屋着は、汚れてはいないものの、先程いた侍女の着ていた者より質素で、深緑色ではあるが、喪服よりも地味に見えた。

「構わないわ、知らないの?私には何も与えられていないのよ。これは、お母様が着ていたものに手を加えたもの。フリルとかレースとか付いていると愛人さんも、アイシャも煩いから、コレでいいのよ。あ、ちゃんと洗濯はしていてよ、この家の者に任せると破かれちゃうから、手持ちのものが減るのは困るしね、何年も前から自分で洗ってるから臭くないはずよ。あなた、執事でしょう?実家にどんな報告をしていたのかしら?ま、想像は出来るわね。レティシア嬢は勉学を頑張っておられますが、アイシャ様ほど社交的ではありません、部屋に引きこもっておられます、ぐらいかな?あなたは子爵家のことより、自分の評価、特にボンゴ伯爵からの評価が大切だものね。」

一方的に喋るレティシアに執事は驚いた。

子爵家ではなく寄り親の指示こそが優先としていたのは今回亡くなった子爵だった。レティシアの母親が亡くなってからこの家の執事となった彼はレティシアについての正確な情報を探る必要を感じてなかった。ただ、子爵家縁の者が訪ねてきた時はレティシアの留守を告げるよう子爵から命じられていた。正当な後継はレティシアであるが、レティシアは他家に嫁ぐことが決まっているのだとも聞かされていた。

だから、レティシアの屋敷での立ち位置は理解しているつもりだった。分かっていることと言えば、部屋にこもり食事の時も出てこず、勉強ばかりしていること。異母妹がレティシアの婚約者とよくお茶をしているのは知っていたが、ほぼ全てのことを自分でしているとは思ってもいなかった。

「つかぬことをお聞きしますが、お食事はどうなさって……今日の昼は……。」

レティシアのことは、侍女長の責任で世話するので執事は構わなくてよいと就任時子爵、愛人から命じられていた。

本日は、当主の死と言う、しかも誉められる死に方ではなかったこと、国にどう報告するのか、葬儀の手配などやることが山盛りで、侍女長は愛人とアイシャの世話で手が一杯のようだった。だから、いつもなら、レティシアへの伝言は侍女長に頼んでいたのだが、彼女が見事に無視してきたので、侍女長の信頼が篤いサシャに頼んだのだが、あまりに遅いため、役人や伯爵を待たせてはならないと彼自身がやってきたのだった。


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