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紅葉と言う鬼姫

(さて、この現状、どうしたものか。)

豚のような巨体を晒した裸の男が同じく裸の女を組敷き息絶えていた。

「だ、旦那様!」

遺体に駆け寄るのはこの家の執事と家政長。

後ろに続く若い侍女達が悲鳴を上げる。

(腹上死ってやつか。)

紅葉は頬に手を当てて考える。

(この豚が私の父親……、泣けてくるわね。結婚が嫌で逃げ出して投身自殺した彼女の体を手に入れて戻ってみたらコレか。この女はどう見ても母親ではないわね、愛人?圧死ね、)

ロイヒシュタイン公爵家を泣く泣く出て、紅葉は、自身の体の家に帰ってきた。

戻ってきたのはいいが、主である姫には嘘を吐いた。

その嘘がバレる前に公爵令嬢となった姫に相応しい地位を得なくてはならないと紅葉は考えていた。

一度屋敷に戻った後、改めて新しいこの体の持ち主の背景を知ろうとした。自分の影を使い、子爵家の実情、この家に住む者達は愚か者ばかりだが、亡くなった母の里は治める領地はそれほど広くないものの、肥沃な土地を有し農業や品種改良に力を入れており、比較的裕福な貴族と言ってよかった。農地のこと、収穫した作物の使い道などを考え行っているのは母の弟だ。母は、子爵家当主として、国の農業省の要職につき国に尽くしていた。出世のためには結婚が必要で、同じ寄り親を持つ男爵家の次男を婿に迎えた。全くの政略で寄り親が、あまりにも煩いから結婚したのだと言っていたと記憶にあった。結婚にあたり、抜け目のない母は、職場の上司の手も借り、様々な取り決めについて誓約書を書かせたらしい。子爵家の領土の運営、納税方法、作物の研究など。もし母が生きていれば爵位は上がっていたはずだった。

父は、若い頃こそ見た目は普通な凡庸な男だった。母との結婚に対しても子供が出来、5歳までは誠実であることを約束していたが、年子の異母妹が存在しているところを見ると誠実とは程遠い男だったのだろう。そんな男を押し付けてきた寄り親を母も親族も良く思っていなかった。

寄り親変更申請が出されたのは、10年前だと聞いている。

母の死は、娘が7歳の時。事故死だと聞いたが、父と愛人の関与が疑わしい。誓約に則り、娘が成人するまでは名目上の子爵となるが、実権は叔父が握っているにも関わらず寄り親と手を組み私腹を肥やしていた。

そんな実情を解決せずに、姫の元に馳せ参じた紅葉は、シュテンのことを悪くなど言えないのだった。

姫がこの世に顕在したのが昼過ぎ、何やら街は巨大な魔物が現れたとかで混乱中だった。

国の危機にも目をくれず自殺をする場所を探し求めていた娘。顔も体もぐちゃぐちゃだったが、魂はまだ死んでおらず、記憶と肉体を手に入れることができた。紅葉の魂が入ることで肉体は瞬時に元の通りの令嬢に戻った。

すぐに主の元に駆けつけたが、この令嬢の概要は記憶を探り知ることは出来ても色々足りてない。次に姫に会うまでに自分の地位を高めなくてはと屋敷に帰ってきた令嬢を見て、使用人は驚いていたけれど、其れどころではないと騒がしい。

亡くなった男の体から離れる魂に赤い紅葉の印が浮かんでいた。巻き込まれた女の魂も赤い刻印が見てとれた。

(呪いは、男を殺したか。女は巻き込まれたのか、あぁ、この娘を虐げていた侍女か。なら、いいか。)

その魂を手に掴み、飲み込む。端から見たら空中に浮かんだ何かを掴み飲み込んだように見えただろう。

(まずっ。)

子爵令嬢レティシア・ミッターマイヤーは、忌の際で紅葉に願った。“殺したいヤツがいる”と。

だから願いを叶えてやった。餞別だった。

紅葉は、忠誠を誓った鬼姫・鈴鹿御前とその夫、そして仲間にしか思考を、優しさを向けたこともない。命じられたならば従うし、自分や姫の益となるならどんな手を使っても動くし、叶えようとする。

今回、レティシアの願いを叶えたのは、この世界で姫と共に生きる体を貰った礼儀である。前世でも“悪”と位置付けられた人間の魂は呪った後に捕らえて喰っても良いと姫には言われている。本当は無垢な魂ほど好物だが、姫に従うと決めた時から贅沢は言わなくなった。

(この娘、いいえ、私が姫と生きるために、ミッターマイヤー家の改革は必要ね。)

レティシアの記憶を読み解き、彼女の境遇を知る。

あの豚は、ミッターマイヤー子爵家の令嬢であった母と婚姻を交わし子爵を名乗ることが出来たにも関わらず、夫人亡き後、愛人とその子供を引き入れた。

子供には母親が必要だと親戚に言いくるめて。そこに寄り親も関与している。

正式な跡取りはレティシアしかいないが、豚は愛人との間に生まれたアイシャを跡取りにしようとしていた。社交界にもアイシャを伴い、売り込み子爵家の跡取りだと周知しようとしていた。

当然母方の親戚一同は苦情を申し立てたが、子爵家の寄り親に多額の資金を与え、親戚を黙らせた。しかし、母の兄(忠誠を宰相に誓い、宰相の娘の元に婿入りしている。)が王城で宰相府に勤め確かな地位を手に入れたため、現在は裁判に持ち込もうとしている最中だった。

伯父の話では寄り親制度の見直しも囁かれているらしい。

挙げ句、レティシアのために母方の祖父母が結んだゲイツ伯爵家三男との婚約を破棄させて相手をアイシャとした。

レティシア的には自分よりも明らかにアイシャを気に入っている婚約者など端から相手にしていなかったが、ここぞとばかりに愛人もアイシャもレティシアを蔑んでくるのでますます引きこもった。

婚約者も婚約者でたまにレティシアの部屋に来てはアイシャの素晴らしさと将来のことは我々に任せて子爵位を早く渡せと言ってきていた。

アイシャは、見た目こそ庇護欲をそそられるが、性悪だ。ゲイツ家の三男坊を容易く味方に引き入れてレティシアを蔑ろにした。

その上で、愛人とアイシャはレティシアを年老いた良くない噂のある伯爵の後妻にしようとしていたようだ。

レティシアの味方となるべき祖父母が先日相次いで亡くなり、祖父母の息のかかった使用人は王都の屋敷から追い出し、もしくは、クビにされた。レティシアは、何もかも面倒くさくなったのだ、どれだけ勉強を頑張っても奪われるだけの人生すらも。

紅葉は、部屋を後にする。

すれ違った愛人に微笑みを見せる。

何かを言いたそうだが軽く頭を下げ無視をする。

自身の部屋に入る。

机とほぼ空っぽのクローゼットとベッド。

「さて、」

紅葉の影から2匹の犬が現れた。

「寄り親の家に行って、ミッターマイヤー子爵家に関わる書類を隠してきてちょうだい。見つけられてしまったらお前の負けよ、それと、お前は王城に忍び込んで寄り親変更申請を明日には通すよう役人に精神的な圧迫をかけてきて、私の関与を疑われたらお前の負け。」

愛人は、寄り親を頼るだろう。子爵家の家督を自身の娘に譲るためレティシアが後継と示す公文書の変更願い。本書は王都の役所にあるが、上位貴族連名の署名があれば会議の結果、変更は可能。

(あの子達は、宝探しが好きだから適役ね。)

寄り親変更申請が中々通らなかったのは宰相府の次官の一人が寄り親の親戚だからだ。結構悪どい噂をながして、ボンゴ伯爵しかミッターマイヤー子爵家の寄り親はできないと言ったからだと情報は掴んでいる。

レティシアは、次期当主となるためあらゆる知識を吸収し奪われぬよう生きていた。

(この世界で生きる術を記憶してくれててありがとう。)

恩には恩を、仇には仇を。

崇拝する姫の言葉だと心の中で反芻する。

屋敷が慌ただしい。多くの人間の気配がした。



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