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死んだ令嬢の中の者

「さて、」

少女は立ち上がった。

身体中の傷がなかったことのように消えていく。

鼻に付く煙の臭い。何処までゲスなのか、少女は嘆息する。

『おひいさま、復活おめでとうございまする。』

少女の中に響く声。

「挨拶はよいわ、とりあえず火を消して頂戴。せっかく手にしたわたくしの体の住む場所が焼け落ちては意味がないもの。それから、私に優しくしてくれた者達に眠りの慈悲を。ことが終わるまで寝かせといて頂戴。特に私を庇ったせいで偽者さんに毒を盛られたヨアンナは大事にね。もしかしたら、もう絶命しているかも知れないけれど……。」

咄嗟にヨアンナの毒を解毒したが、人に知られぬように行うには中途半端だった。今も彼女は毒の後遺症に悩まされながら生きているはずだ。

余り関われずにいたために最新の彼女の状況が分からないのだ。

少女となった者は思い出す。

まだ、少女の人格が表にあった頃のことを。

(偽物令嬢の所業を知った私は勇気を出してヨアンナのために解毒剤を求めたけれど、逆らったと酷い折檻をうけたのよね。酷い火傷を負わされた。わたくしが中に居なければ死んでいたわ。あの段階じゃあ、わたくしが死ぬとわたくしの大切な者達も死んでしまっていたわ。本当、人間とは罪深い。)

数種の気配が消える。

『おひいさま、我らは……おのが体を探す傍ら、きゃつらを捕らえて参りまする。』

少女は、優雅な動作で椅子に座る。

『では、(われ)が茶でも淹れて参りましょう。』

1足元から影が出ていく。

「わたくしの中にいた間に学んだのね、抜け目ないこと……。」

気配が消えて部屋に一人となる。

「ブランカ…、安らかにお眠りなさい。このわたくしが貴女の命を預かりましょう。」

少女ブランカは死んだ。

彼女は、その歴史と思いを自らの死を看取った意識に託した。今頃は、優しい両親の元で心からの笑顔を見せていることだろう。


託された意識の持ち主は、時空を越えた遥か彼方で生きた鬼の姫だった。

愛する者と共に罠に掛けられ命を落とし、付き従う者と共に時空の狭間を放浪していた。このまま時空の塵となり次の世で再び愛しい者達と会えればよいとただ静かに漂っていた。しかし、声が聞こえた。悲しい、辛い、孤独な少女の声が。

不思議と少女の声に惹かれた。倒れていた少女は、年の頃10歳ほどのガリガリに痩せた貧相な姿だった。少女を見つけると鬼姫の魂は彼女に変化した。

驚く従者達を宥める。

生きることを諦め、世を恨み亡くなろうとしている少女に声をかける。

体の傷など些末なこと。

有り余る力でそれとなく少女の怪我を治す。少女の記憶を天から授かった運命を辿り、生い立ちを知った。少女の不幸、そんな不幸な少女の中で目覚めてしまったことに対して眷族達が神への呪詛を吐く。しかし、教育を受けている時の少女の心は喜びに満ちており、酷い虐待の記憶も癒しているほどだった。少女が幸せだと鬼姫も幸せで彼女の中で生きるのも悪くないと思うこともあった。

鬼姫は考える。

確かに少女を取り巻く環境は酷かったが、ヨアンナのように少女を守ろうとする者もいた。人としてのささやかな幸せを少女は鬼姫に教え与えてくれた。鬼姫は礼とばかりにブランカの肉体の傷を周囲に分からぬよう癒してやった。

前向きな少女の中で暮らすうち、鬼姫は、“再び肉体を持ち人の世で過ごしたい。”とは思うようになっていた。このブランカと友達になり、彼女を守ってやりたいと。

しかし、少女が13歳の時、彼女の心は壊れた。修復が不可能となるほどに。言われなき暴力を受けるブランカを助けたかったが、鬼姫は無力だった。体に受けた傷は治せたが、心は治せなかった。せめて心は壊れても彼女の持つ高潔な魂だけでも守りましょうと鬼姫の中の誰かが言った。無力を呪っていた鬼姫は、彼女が今度こそ恵まれた世に生まれ変われるよう魂を保護した。

ブランカの魂が完全に守られたこの時、初めて鬼姫はブランカの体を自由に扱えた。それと同時にブランカの心を壊した直接原因の者達に男としての証を奪ってやった。

記憶を操作し、いつか奈落の底に落としてやると誓った。少し溜飲が下がったせいか再びブランカの体を扱えなくなった。

心をなくしたブランカはただ毎日をこなすだけの人形となった。ヨアンナや数人の者達に助けられて日々生きていた。けれど、偽物令嬢の代わりに教育を受けることが出来なくなり、娘からの暴力は益々酷くなった。

鬼姫の中に眠る眷族達が今にも飛び出しそうになるのを鬼姫は必死に押さえた。ブランカの体が自分のものでない限り眷族達は飛び出した後に消えてしまう可能性があったからだ。いつか、ブランカを救おうとする者が現れるとの確信はあった。なのに、あの者達は、ブランカの体に致命傷を与えた。

ブランカの魂は今度こそ死なせてほしいと見つめる鬼姫に言った。天国にいる両親の元に行きたいのだと。

流れ出る血液と共に大切に保管していたブランカの魂は解き放され天へと消えていった。魂の抜けた体は鬼姫の支配下に入った。鬼姫は消えていく少女に成り代わり生きることを選んだ。流れ行く血液は止まり、体の中で鬼姫に相応しい血液が形成された。

鬼姫の復活に喜んだのは鬼姫の中で見守ることしか出来なかった眷族達だ。

再び現世にて生きることを姫が選んだのだ、自分達も鬼姫のために動くことができる。

「わたくしの、それこそ些末な願い、ブランカの幸せは叶いませんでした。ならば、わたくしがわたくしと私の幸せを掴みとりましょう。この世に神はいない。だが、わたくしは居る。」

まず鬼姫の中から飛び出したのは、つぶらな瞳が特徴の小鬼達。彼らは飛び出すや否や鬼姫の命じた通り動きあっという間に帰ってきた。

『おひいさま、火は消しましたぁ!』

『小火程度に致しましてござりますぅ!』

小鬼達が褒めて褒めてと纏わりつく。

「ありがとう、可愛い小鬼達。そうね、あなた達、猫におなりなさい。力不足で肉体ごとわたくしの魂の中に保存していたから、変化は可能でしょう?人型になるには力が足りないから、今は猫になりなさい。猫になるなら、名を授けてあげるわ。」

小鬼は顔を見合わせてポンポンと景気よく猫の姿に変化した。

「ふふっ、可愛い。」

ノックと共に若い男が入ってきた。

「おひいさま、遅くなりました。」



後、一時間後にアップ。

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