浄化の雨
3000文字こえの長さになってしまった。
キラキラと光る雨が王都に降り注ぐ。
『あるじぃ、この雨、なぁに?』
「兄上の神獣セフィロスの浄化の雨だね、カオスドラゴンの吐息は厄災と腐敗を撒き散らすからね、それを浄化してくれてるんですよ。」
カオスドラゴンは、わたしの国綱が一刀両断してくれた。
けれど、国綱の炎に浄化能力があるのは確かだが焼いてしまいますからねぇ。
兄上の神獣セフィロスは結構深い眠りについており、一悶着あったそうだ。
けれど、何とか起こして来てみればカオスドラゴンは、わたしに倒されていて兄上もセフィロスも目が点になっていた。
「お前がやったのか?」
『……なんだ、その獣は……。』
簡単に説明して、カオスドラゴンのもたらした厄をセフィロスに任せることにした。
わたしもセフィロスの雨に濡れながら城へ戻る。
千代丸は、キラキラした雨に浮かれていたくせに、本当は濡れるのが嫌いだから尋常じゃないスピードで城に戻りだした。
『あーん、濡れるぅ!』
バルコニーに着くなり姿を子猫程度に変化させわたしの懐に潜り込む。冷たい……。
「ただいま戻りました。」
あまりの瞬殺に司令本部の面々が呆気にとられていた。
「お、お前は……一体、何者になってしまったんだ?」
叔父上の言葉。
「ジオンです、叔父上。」
苦笑で返す。そんなわたしに叔父上が言った。
「クロノスが見つかった。」
兄者がいたのは、なんとロイヒシュタイン公爵家だった。
「はぁ?また、何で?」
叔父上のため息。
「目覚めた瞬間、ゴブリンの群れとゴブリンキングが屋敷の敷地内で暴れているのを察知し、転移したそうだ。」
頭に疑問しか浮かばない。
「ロイヒシュタイン公爵の王都内の屋敷ですか?それとも領地の方ですか?」
「王都内の方だ。あそこの土地は王都の西にあり、広く森を有している。ゴブリンが巣食っていてもおかしくはないが、今まで出現したとは聞いたことがない。」
「低位魔物であるゴブリンが転移するなど初耳です。それで、ロイヒシュタイン公爵家はどうなったのですか?」
叔父上の眉間のシワが濃くなる。話の続きは宰相の執務室で行われた。
大人しく付いていった部屋には宰相と副宰相がいた。
父上は、疲労がたまり、休まれたとのことだった。
「殿下、お見事でした。」
「うん、ありがとう。兄上に浄化を任せてきました。」
宰相は、にこりと笑う。
「それがよろしいかと。セフィロス殿は少々肥えて居られたので、これで少しは痩せられるでしょう。」
神獣と言えどもタダ飯食らいにはさせないらしい。
うん、うちの千代丸は適度に働かそう。
副宰相が兄者の隊の副長から説明を聞く。
あれ?兄者は?……ま、いいか。いつも報告は副長に丸投げだもんね。
副長によると、ゴブリンに殺されたのは、ロイヒシュタイン家専属の魔法使いと使用人の2人だけだった。
「死者が2人?」
ゴブリンキングが存在するゴブリンの群れは一戸小隊にも準ずる個体数になると習ったけど、少なすぎる。
「死者が、2名って、少なすぎない?」
副長は、生き残りから聴取した内容を語ってくれた。
そもそもベヒモス戦の直前にブランカ・ロイヒシュタイン公爵令嬢が偽物である情報は叔父上に話していた。しかし、ベヒモスのことがあり、直ぐには公爵家に向かえなかったため、老公に連絡し、公爵家の私設軍を向かわせる予定となったが、王都からは距離があったのとベヒモスが放った光線が領地の端の村に直撃したためその対応に追われてしまった。
で、結局一番先にロイヒシュタイン公爵家に到着したのが兄者で、彼はゴブリンキングを一刀両断し、その足で屋敷の裏の森に転移してきたゴブリンの集落を炎で殲滅。ゴブリンを転移させた張本人である魔術師は兄者が捕らえてゴブリン殲滅戦に参加させた。その結果、魔術師は命を落としたが、兄者は伯爵代理の命を救った代わりに全てのことを吐き出させた。聞き取りの中で伯爵代理とその愛人が、自分達の娘をブランカとして育て公爵家の乗っ取りを企てていたと知った。しかし、ジオンとの面会でブランカが偽物だとばれたことを知り、国外逃亡を企んだ。
まず、邪魔なブランカを殺し、本邸から来た公の信頼篤い使用人夫婦を殺し、不要な使用人達を狭い部屋に閉じ込めた。王城からの追っ手が来る前に国境沿いに転移し、公爵家近くの森にゴブリンの群れを転移させ、残された使用人や令嬢の遺体を始末させようとしたが、転移に失敗したそうだ。
「伯爵代理に雇われてる魔術師は、そんな集団を転移させるほど優秀なのかな?」
わたしの質問に副宰相が答える。
「魔術省からの報告では、ランクBとのことですが、」
偽令嬢は、ゴブリンキングに襲われて未だに意識を取り戻さないらしい。
「やられちゃったの?」
わたしの発言に副宰相がため息を吐く。
「いえ、」
「でも、唾は付けられたのでしょう?今後、彼女はゴブリンに狙われ続けるねぇ、修道院に入れたとしても、シスター達に迷惑だろうし、神殿に封印するか、殺すしかないでしょう?」
また、室内に沈黙が降りる。
あれ?おかしなことは言っていないんですけど。
「ロ、ロイヒシュタイン公爵家には、クロノス隊長の部下が入り事後処理に当たっているはずなんですが……。」
にしては……。
「ロイヒシュタイン公爵家に特殊な結界が張ってありまして、中の様子が分かりかねます。」
副宰相は、自身の魔力で感じたことだと言った。
「上位貴族の邸宅には、お抱え魔術師が結界を張るものでしょう、って?あれ?魔術師はゴブリンに殺されたんですよね、誰が結界を張っている……あれ?」
「死んだ魔術師が張ったものが暫く続くことはありますが、殿下?」
わたしは、またもや、あの高揚感に包まれた。
副宰相が察知したロイヒシュタイン家に張られた新な結界。その結界の気配を辿って感じたのは、“姫”の力!
「ロイヒシュタイン公爵家に行ってくる!」
踏み出した一歩。
しかし、首根っこを掴まれて引き倒された。
「ぐえっ!」
叔父上だった。
「お前は、報告書作成だ。ベヒモスに続いて、カオスドラゴンだ。何か気付いたこと、各魔物への対処方法など纏めるんだ。」
面倒くさいことになった。
一刻も早く姫の気配に近付きたいのに。
ロイヒシュタイン公爵家に姫がいる、いや、姫の魂を持った者がいる。
今まで感じられなかったのは、その人物がまだ魂を昇華させてなかったから。自分とジオンのように魂の波長が合ったのだろう、そして、何らかの衝撃的なことが起こって、魂が死を選び、姫に体を譲ったんだ。
「んっ?」
ざわりとした。
まさか、ロイヒシュタイン公爵家の本物の令嬢が姫じゃないだろうな……。
マリアナ妃にも話を聞くか。
彼女が綿密に立てたとされるデイビスとロイヒシュタイン公爵家との婚約。
あの妃にそんな能力はあるのか?今まで、母上やナディア妃に張り合うことしか考えてないような女が?
ロイヒシュタイン公爵家との繋がりを強くすれば、確かに下火のケルン侯爵家としてもデイビスの力にはなるだろう。けれど、老公があまりケルン侯爵と仲が良くないことは周知の事実だ。
あぁ、だから、保険として色々な制約を婚約に重ねたのか。…………まじに、ロイヒシュタイン公爵令嬢が姫だったらどうしよう………。
デイビスを殺るしかないか。
物騒な思いを抱いたまま夜は更けていき、兄者はティガー侯爵家には帰ったらしいが王城には来なかった。