令嬢への疑惑
新たな知識を得ることの楽しさ、スポンジのように吸収できる知識、少女に家庭教師は感心した。初回とは余りに違う印象に驚いたが、家庭教師は少女を褒め、祖父母でもある前公爵夫妻にも経過を報告した。
少女が誉められることに娘は激怒した。
しかし、祖父母からの期待は膨らみ続け、娘にはダンス、マナー、ピアノなどの一流の教師達が公爵家に派遣されることになった。
回を重ねる毎に綻びは見えてくる。変化の魔術は万能ではなかったからだ。掛けられた後、少女は魔術酔いを起こし倒れるようになった。
原因は彼の魔術に使う魔力が少女に合わないから。
100%の信頼なくては魔力は馴染まず、魔術は中途半端となり、途中で術が解けるのだ。
少女が倒れた日は娘が代わりに教育を受けるのだが、娘は体調が、調子が悪いと言って直ぐに教育は中断されていた。
違和感に気付かない教師はいない。
報告を受けた前公爵は秘密裏に孫を調べた。孫の今までの言動から、髪の色、瞳の色までおかしな所はなかったのか。抜き打ちで屋敷を訪ねた時の伯爵代理や使用人達の違和感。孫のマナーのなさと教師達の評価とのギャップ。そして、屋敷を覆う魔術の存在。以前の魔術師とは違うのだから違和感は仕方ないが、にしても、屋敷を取り囲む結界の拒絶感は異常だった。上位貴族になると一人か二人お抱えの魔術師がいて、屋敷を覆うような魔術で盗聴や盗撮から守る結界を張らせるのだが、公爵家のそれは明らかに濃度が濃く前公爵は長居が出来ないほどだった。
そんなある日、王命により少女と第三王子との婚約が決まった。結婚後王子は臣下に降り、公爵家当主の配偶者として少女と共に王家に仕えると娘も伯爵代理も理解していた。
娘は自分の結婚相手が美しく聡明な王子と知り舞い上がった。少女が成人を迎えた際には、彼女の生存を知らせる魔石は役目を終えると聞いていた。ならば、ばれはしまい、このまま公爵令嬢として王子と結ばれたらよいのだと家族3人で喜んでいた。
娘は王子との面会を繰り返す度に王子に惹かれ優越感に浸っていた。
「貴女のピアノは素晴らしいと噂です。一度聞かせて頂きたい。」
王子の言葉に娘は悲しそうな顔を見せ、
「実は練習のし過ぎで腕が痛くて……。」
「それはいけない、直ぐ治癒魔術を!」
「いえ、それには及びません!」
などという怪しい会話は数知れずだが、王子はニコニコしているから嫌われている訳ではないと胸を撫で下ろした。
王子とのデートは楽しく自尊心を満たしてくれていた。
「早く成人して、ジオン様の妻になりたいです。」
ある日漏らした本心。
本当は一年前に成人しているのだが、少女に合わせていたため、後2年待たなければならなかった。王子は少女と同い年だ。
場所は王城の中庭の一つ。
娘の本心に王子は笑いだした。
「えっ、いやだわ、ど、どうかなさって?」
戸惑う娘。
「一度聞きたいと思っていたんだけど、」
「はい?」
目の前の王子は娘が見たこともない笑顔を見せていた。急に崩れた言葉にも戸惑った。
「何時から、髪の色も目の色も変わったの?ううん、顔も変えた?」
「えっ?」
「俺さ、先日のデートをキャンセルしたでしょ、」
「は、はい、御加減を悪くしたとお聞きしました。ですから、きょうは、」
娘の言葉を遮るように王子は語る。
「前回の約束の前日ね、見学のために魔術の塔に行ってね、君の魔石を見たんだよ。」
嫌な汗が娘の背中に流れていた。
「私の……魔石ですか?」
「そう、君が成人前に死んだら公爵家の財産を国に返すってやつ。誓約魔石に刻まれてると前公爵から聞いていてね、本の中でしか見たことない魔石を是非この目でみたくてね、あれ?聞いてないの?君の叔母である伯爵が誕生の祝いに与えた誓約魔石。」
娘は金縛りにあったようにかたまっていた。少女が成人前に死ぬと困るのだと娘は聞いていた。だから、少女が逃げ出さぬよう、死なぬよう細心の注意をしながら虐めていた娘。ある日、少女を痛め付け処女を奪えと命じた翌日から少女は逆らったり、非難の目をむけたりしなくなった。
自殺だけはしないよう家の魔術師に頼んでいた。少々やり過ぎたと思ったのは少女が身代わりとして家庭教師達の前に出られなくなったことだった。弱りきった少女に変化の術を施し、家庭教師に面会させ、祖父母には娘が対応し教育はただいま休止中だ。
因みに勉強以外の場では元気な娘に祖父母も家庭教師もいよいよ怪しんでいるのだが、娘も両親も第三王子との婚約で浮き足立ち気付いていない。
「魔石は、国の重要機関、魔術の塔に保管されてるのは知ってるでしょ?その中でも君の誓約魔石は特に重要なものだから、国王でも見ることや、触ることは、おいそれと出来ないんだよ。」
紅茶を一口。
「でも、俺ね、それ知らなくてさ、君の叔母上が君のために用意した魔石が余りにも綺麗で触っちゃったんだよ。」
ニッコリと微笑む王子。
「誓約魔石はさ、触れると対象者の今までの歴史、つまり君が生まれて今までの暮らしぶりが押し寄せる波のように頭に入ってくる仕組みがあってね、君の歴史が濃すぎてぶっ倒れたんだよ。目が覚めたのも一昨日さ。父上にも母上、兄上達にも怒られちゃったんだ、で、おかしいと思ったんだよ。魔石からの情報を父上に告げたらさ、城中、バッタバタ。大変だったよ、で俺は父上からの命でここにいるわけ。頭に入ってきた君は、今、目の前にいる君と全く姿が違うんだよね。」
王子の側に立つ護衛が剣に手を添える。
「君は、誰?」
娘は小さく息を飲むと椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり逃げ出した。
「よろしいのですか?」
「父上も前公爵も動いてる。それより、見た?あの怯えた顔!傑作!……って、笑ってる場合じゃないか。父上に報告を、魔石の内容は真実だったと。」
従者が走っていった。
「公爵家に騎士達を向かわせて。本物のブランカが殺されるかもしれない。」
王子の判断は良かったが、娘を捕らえなかったことは間違いだった。
何せ、ブランカはこの後死ぬのである。
後、一時間後にアップ。