テイマーと馬丁:壱
ロイエンタール伯爵家は、優秀なテイマーを代々排出しており、普通の馬から、軍馬、果ては魔獣まで使役、調教していると言う。現当主の愛馬はドラゴンだし、嫡男の愛馬は、スレイプニルと言う8本の足を持つ魔馬である。
現当主、ハインリヒ・ロイエンタールが、先代陛下やロイヒシュタイン公と同期であるにも関わらず、元気すぎて隠居させてもらえていない現実はさておき、若かりし頃のトラウマで都会嫌いだ。余程のことがなければ都会には出てこない偏屈で、その辺りは同期の先代陛下やロイヒシュタイン公も半分諦めているほど有名だ。
そんな、伯爵家に激震が走ったことが2回ある。
一つ目は、たまたま魔獣調教見学会に来ていた若かりしロイヒシュタイン公爵が娘を見初め、娘も公爵に一目惚れしてしまったことだ。二人の絆の強さに伯爵は、娘を泣く泣く都会に、イヤ、娘とは大喧嘩の末に嫁がせた経緯があった。
そして、一年も経たない内にロイエンタール伯爵家に第2の激震が走る。
娘夫婦の死亡事故である。ロイエンタール伯爵は、娘の愛馬であるグリフォンのメンテナンス(グリフォンは公爵夫人を番だと思っていて結婚に意気消沈臥せっていたため静養のため辺境領に戻っていた)を行っていたが、グリフォンが暴れ始め何かを察することになった。グリフォンの導きに従い駆け付けた時には遅かった。夫人を庇うように折り重なり息絶えていた娘夫婦の亡骸に対面することになった。偏屈が故に娘に会いに行くことをしなかった(夫人や兄弟達は月一回くらい会っていた。しかし、妻は仕方ないとしても息子達が娘に会いに行ったと知ると大いに拗ねるらしいので手に負えない)ことをかなり悔やみ、生まれた孫娘には何としても会いたいと意を決して事故現場から救い出された孫娘に会うために都会にでてみれば、事故後、治療のため他国に出国しており会えず。漸く元気になったと思ったら、療養に田舎の空気はよいぞと勧めてみても、動物嫌いで田舎も嫌いだと言って寄り付こうともせず。なんとかロイヒシュタイン公の計らいで孫は辺境領に来たがその日の内に帰ってしまい、ならばと再度意を決して、ロイエンタール伯爵夫妻で公爵家訪問も行ってみたが、頭と顔半分に包帯を巻いたブランカに“おじいちゃま、くちゃい!”と言われてしまって以降、季節の挨拶の手紙くらいしか交流はなかった。
おじいちゃん、憐れである。
旧友である陛下とロイヒシュタイン公は、憐れなロイエンタール辺境伯のことを思い胸を痛めた。特に公は自分だけブランカに会っている負い目を感じていたりする。
さて、そんな諸々のことがあり陛下から宰相に声がかかった。
「馬丁は、何人いる?」
直ちに、宰相府の豪華な執務室に本日勤務中である10人の馬丁が集められた。彼等は皆辺境領の学園を卒業したメンバーだ。中には平民もおり、ド緊張な面持ちだった。
王直轄の厩舎には大なり小なりの動物達がいて、基本魔力のない動物は馬丁長の指示の下、見習いと下っ端の騎士が世話をしている。
馬丁のモンクロは、勤続15年目、テイマーとして登録されて20年になる。王太子の第二の騎乗、ロック鳥を担当して5年目で、今日は、水浴びさせていた。突然の呼び出しに驚いたが、ロック鳥はモンクロの背中を優しく押した。
「王太子殿下の様子を見てこいって?どうかなぁ、クロノス隊長のアヴィリルは共に出たからなぁ、防衛の魔石に魔力を注がれてるんじゃないのかなぁ、分かったよ、聞いてくるって!」
彼は、幼い頃から動物が大好きで特に鳥類が大好きだった。元々テイマーの素質があったのだろう、動物に好かれる質だった。テイマーの素質がある者は動物の言葉が理解できると言う。
モンクロは、普通に近所を飛ぶような野鳥から、猛禽類まで手懐けることが出来た。特にイヌワシのファルーは卵から育てた唯一の存在だった。しかし、一般的にテイマーと呼ばれる者達よりも自分は優秀だと思い込んでいたモンクロは、フェニックスやロック鳥、コカトリスだって、大きく区分けしたら鳥類だ。一般には飼い慣らせない鳥だが、自分なら従えることが出来るのではと考えた。
結果、モンクロは大怪我をした。助けてくれたのは、ロイエンタール辺境伯家の子息だった。
命が助かったのは奇跡だと言える怪我は彼からテイマーの能力を奪った。モンクロがテイムしようとしたのは、フェニックスだった。
「フェニックスは、霊獣だ。神や精霊に近い。故にプライドが物凄く高いんだ。だから、歴史的にもフェニックスをテイム出来た記録はないんだよ。気紛れに力を貸してくれる時はあってもな。」
病床でモンクロに教えてくれたのは、ロイエンタール辺境伯の次男でありモンクロを助けてくれた男だった。
モンクロは思い出す、自分と共にいてくれたファルーが、“やめろ、引き返せ!”と言ってくれていたのを。モンクロは物事を軽く見すぎたのだ。
「お前の鷹は、もう暫くしたら、魔力を宿す鳥へ進化する予定にあった。その進化を捨てて君の命乞いをフェニックスにした。」
言葉もなかった。
モンクロの鷹は、小さな雛に退行していた。
「君がテイマーとしての才能を奪われたのは、フェニックスからの試練だ。君が一からやり直して、その子を魔鳥に進化させることが出来たら、テイマーの力は戻るそうだよ。ま、色々気紛れだからどうなるかはわからないけど。」
掌に収まるほどの小さな雛がすり寄ってきた。以前のように声は聞こえない。
「その子は、君が大好きで、君のために魔鳥への進化を得ようと努力してたみたいだ。いいかい?一度、縁を結んだ子達との絆は簡単には崩れない。君が、今度はその子を守り育てるんだ。何年かかるかは分からないし、君の寿命が先に尽きる可能性だってある。」
モンクロは、手の中の雛に誓ったのだ。テイマーになり、ファルーを再び育てると。
モンクロが知識を求めて門を叩いたのがロイエンタール辺境伯が経営する学園だった。ロイエンタール辺境伯の次男はモンクロの目に宿る光を感じてチャッカリ宣伝していたのだ。
彼の熱意は他の追随を許さず2年でテイマーの資格を取り戻した。フェニックスの呪いもそれほど辛いものではなかったらしい。ファルーはまだ魔鳥への進化は遂げてないが焦らずに行こうと思っていた。
後、一時間後に、次話をアップ。