運命の人は、姫だけです
「母上、心配をお掛けしました。」
未だに寝込む母上はわたしの手を握り静かに泣いておられた。
「あなたと言う存在が生きてここにいる幸せを母は嬉しく思います。」
少しばかりの罪悪感が心を過る。
「母上の祈りは神に届きました。体も毒が抜けてこれからは、元気になります。」
そう、ジオン少年は幼い頃から毒に晒されていた。極少量を日々毎日。
毒味役が気付かない量でも子供の体なら効果はある。ジオンを亡き者にしようとした敵はなかなか死なないジオンに誘拐と言う手段に出たのだろう。
ジオンが、生きていたことで敵は焦っているだろう。皇帝は犯人割り出しを本気で行う予定だ。
例の側妃は、ジオンが救出されたと同時に離宮に静養のため籠っているらしい。
毒から繋がる悪意と言う名の糸をたどるのは得意だ。
じわじわとあなた方がジオンにしたことを味わわせてあげよう。
んー、長年人ならざる者として生きてきたからか、どんなことも躊躇なくやれそうだ。
どこか遠くでそんなことを考えていた私の耳に、父上の声が聞こえてきた。
「そうだ、ジオン。お前の婚約者が決まったぞ。」
★★★★★★
「何をしてるんだい?」
剣の稽古から自室に戻ると弟のジオンが大変だとばあやから連絡を受けた。
慌てていくとジオンが自室のソファのクッションの中に頭を突っ込んで唸っていた。
「兄上、父上から婚約者が決まったと言われました。」
あー、何か、聞いたな。
「わたしには、運命の人がいるのに…兄上は知っているでしょう?」
いや、まぁ……。
「姫に何て侘びればいいんでしょう。前世でもわたしには人間の妻がいて、姫を悲しませたことがあるのです。またもや姫を……。」
ぐずるような声。
マジで泣いてるのか?
「う、運命の人なんだろ?ロイヒシュタイン公爵令嬢が、ジオンの……そうかも知れないじゃないか、」
なんて言葉をかけると弟はクッションから頭を引き出した。柔らかい髪はボサボサだったが、表情は笑っていた。
「そうですね!さすが兄上!そうか、その可能性が。」
その様子は、誘拐される前のジオンと何ら変わらぬ無邪気さで、魂が違うと言われても違和感はない。
だから、
「万が一違ったら、姫と出会った時に令嬢の魂を壊して、姫の魂を宿せばいいんだ!」
弟よ……。
兄上の前でそんな物騒なことを言わないでくれ。
★★★★★★★
兄上は、幼いながら、良くできた人だ。人としての意見を教えてくれるなぁ。
「よっ、元気になったか?」
図書館で婚約者の家のことなど調べようと思ったら声をかけられた。
「クロノス兄上!」
異母兄のクロノス兄上だ。11歳である兄上は2つしか違わないのにジオルド兄上よりも体が大きい。公明正大な考えを持つ、やや脳筋な兄とジオンからの記憶で知った。
今日も稽古帰りなのだろう汗を手拭いで拭っている。
「兄上も稽古でしたか、」
「あぁ、そうだ!今日は師匠と肉薄したぞ!明日は勝つ!」
わー、この感じ、姫の眷族にいたなぁ………。
「お前はいつ稽古を再開するんだ?」
「いつでしょう、まだ医師と母上の許可が下りなくて。早く稽古がしたいです。」
でないと、魂に刻まれた剣の彼是が鈍りそうだ。
「じゃあ、稽古が許可されたら手合わせしような!」
「はい、ありがとうございます。」
兄上と言うより、兄者って感じだなぁ。
「で、何処に行くんだ?」
「図書室です。婚約者が決まったようなので、婚約者殿の家について調べてみようかと思いまして。」
「婚約者か、そう言えば父上が言っていたな。ま、色々ある家だが前当主はよい方だった。」
「兄者は、面識があるのですか?」
「あぁ、前当主は王立騎士団の副団長だったからな、お前も会ったことあるだろう?」
「そうですか?あまり記憶になくて……。」
ジオンの記憶の中にロイヒシュタイン公爵当主の記憶はほんのりしかない。
「令嬢は、美しく、聡明だと聞いたぞ!よかったな!」
兄者にわしゃわしゃと頭を撫でられた。兄弟っていうのもいいもんだなぁ。
兄者が語った前公爵と言われるウルベルト・ロイヒシュタインは、久々の休暇に生まれたばかりの娘の披露のため領地へと向かっていた。その道中に賊に教われ夫婦共々亡くなり、唯一助かったブランカ嬢も大怪我を負い、公爵の妹君が育てることになった。
しかし、その数日後、その妹君も原因不明の病に倒れ死去。残された令嬢もまだ傷が癒えぬことから妹君の夫君が令嬢を育て医療大国である隣国へと送った。
公爵家の経営を再び行うことになったのは隠居した令嬢にとって祖父にあたる前公爵だったが、この時点で公爵は孫に会えないままであることを夫君に抗議したが、容態を考え最善を尽くしたとの返答に謝意を示し、以後ブランカ嬢の教育を彼に任せることにした。現在ブランカ嬢は、美しく聡明に育ち、社交界デビューが期待されている。
魔法により半年毎に更新される貴族名鑑。
ロイヒシュタイン公爵家を継ぐのはブランカ嬢で、妹君の夫は、あくまで伯爵代理。妹君の持っていた爵位はいずれ公爵家の血筋の者に。
夫君は、ブランカが成人となれば父上から一代限り男爵位を賜ることになっているらしい。ふむ。ブランカ嬢が姫であれば当たり前の評価だなとわたしは思った。
とりあえず会ってみた。回復しない母上の名代として第一側妃ナディア様が付き添ってくれた。
確かに金髪碧眼の見目のよい令嬢だった。
だが、緊張のためかマナーが残念だった。
会話の内容にも聡明さを感じられなかった。
「……残念ね、緊張してたのかしら。」
令嬢が帰った後のナディア様の言葉。大きく同意した。
わたしは、彼女が姫だとは思えずガッカリした。
会う回数を重ねる度に失望した。なんてつまらない娘なのだろう。いずれ公爵領を継ぐための教育も始まっていると言うのに自分の領の特産すら頭に入ってない。8歳の時に各地で起きた干魃被害にたいして、幼いながら家庭教師に質問や意見を述べたと聞いたが、どうにかして話題を変えようとはぐらかし、わたしの質問に答えてはくれなかった。彼女が楽しそうに話すのは、ドレスや宝石、他家令嬢の話だ。それも少々僻みや見下しを織り交ぜて話すのだから、呆れてしまう。彼女の家庭教師は国内屈指とも言われる方達で構成されており、わたしの歴史学担当の先生もブランカ嬢の優秀さを称賛していた。
この評価と実際の彼女との差はなんだ?
一度城で共に勉強をしませんかと誘ったことがあったが彼女は恐れ多いと断ってきた。それよりも街で流行りのカフェにお忍びで出掛けたいといってきた。
一度誘拐されたことのあるわたしは、城から出ることを許されず、ロイヒシュタイン家を訪れる機会さえ許しが出ないことを知らないのか?彼女は自分のことばかりだなと本当にいつ魂を砕こうかと考えるようになった。
そんな面会を繰り返しているある日、彼女は驚くことを言った。
今日のアップは、ここまで。