悲劇の王子?
花と鬼に上げていた話です。鬼姫の旦那様のお話。
目を覚ますと見たこともないような石畳の部屋だった。
体の節々が痛い。
体の中にある力を貯蔵する瓶がほぼ空っぽだ。腹も減った。動けないことはないが、どういう状況だろうか。
………姫は無事だろうか。
頭が痛くて額を押さえてみた。あれ?顔に触れた自分の手が小さいし柔らかい。疑問に思いマジマジと掌を見てみると以前出来ていた豆やタコがなかった。いや、出来立ての豆はあったが。暗闇でもよく見える手は汚れているのにやけに白いと感じた。
掌はともかく腕そのものはとても痩せていて貧相だ。
「何だ?これは……。」
自分の声ではなかった。枯れてはいるが年若い人のものだ。ふと頭を上げて周囲を見渡す。
カビ臭い室内は岩牢のようだが、自身の体からもすえた臭いがする。以前着ていた着物とはまるで違う形の着物は薄汚れてはいるが肌触りは悪くなく上質だと分かった。
触れる髪もねっとりとはしているが、柔らかく自分のモノではないみたいだ。
察するに、あの時受けた攻撃的で違う世界に飛ばされたのだろうか。
自分の肉体ではないと言うことは、次元を放浪う内に肉体は壊れたと……姫が好きと言ってくれてた見た目ではなくなってしまったのか。
次に会った時に姫はわたしだと気付いてくれるだろうか。
……そう言えば、愛刀は何処にいったのだろう。
肌身離さず持っていたものだ。失くなったとなれば悲しい。体の中に意識を集中させて愛刀の行方を探る。
あぁ、何だ。体の中で眠っていたのか。ホッとした時、何やら賑やかな気配がした。
複数の人の気配が忙しなく近付いてくる。
「殿下!御無事ですか!」
“でんか……。”
その言葉を聞いた途端、この体の記憶が流れ込んできた。
頭が割れるように痛いが、耐えられない程ではない。
少年の名は、ジオン・オーヴェルシュタイン、10歳。このオーヴェル国の第三王子。
頭の中で悲しそうに笑い、消えていった少年。彼の身に起こった出来事は彼を絶望させ生きることを拒否した。
若く将来有望な若者を絶望させた罪は重い。
フラりと倒れそうになる体を支えてくれたのは、この体を主と仰ぐ若者。
「ら、らいなす……。」
枯渇した口腔から出せたのは同じように枯れた声。
情けなかった。
正確に言えば、3度目に気付いたのは風呂の中だった。
まだ、体が子供で良かったと心から思った。侍女とは言え女性に介助されながら風呂に入ったなんて姫に知られたら泣かせてしまう。
ただ、本当に臭かったので、風呂は助かったが、子供の肉体にかかった負担を考えると風呂はまだ無理がある行為でライナスは御殿医に叱られていた。
「よい、私が望んだのだ。」
岩牢から出た途端、その眩しさに倒れたわたし。ライナスは魔力封じの足枷に気付き壊してくれた。そのお陰で2度目に意識を取り戻せた時、わたしはライナスに体を清めたいと言った。この少年の体には、悪意が纏わりついている。嫉妬、欲望、嫌悪…この体をいたぶり、楽しんでいた男の感情が気持ち悪かったんだ。足枷を外すと共に体内に流れ込んできたのは“魔力”とも言う力、姫がわたしに与えてくれたものに近い。
ライナスが用意したのは薬湯で邪気も払える聖水だった。有難いと正直思った。この水は浸かっていると力の回復が早いようだから。
水を得たことで体も意識もハッキリした。
私の中に元々あった力と彼が持っていた力が上手く混じりあっているのも分かった。
わたしは前世で愛する人と過ごす内に人ならざる者に体を変化させてきた。姫と共に生きるには人の体は脆すぎたからだ。わたしが老いても姫は変わらず愛情を注いでくれただろうが、幾度となく体に傷を負い、その度に姫を泣かせてしまっていた。人の体は脆い、だから慣れてくれと言うと姫は悲しそうに笑っていた。黙っていなかったのは、姫の眷族達だ。姫を悲しませることを是としない彼等は、わたしの傷を治すたびに彼等の言う魔力を体に入れて、いつの日か傷を負っても直ぐに治癒する体に変化していた。
“貴様が人として死にたいと願っていたのは知っているが、姫様を悲しませることは許せない。なので、貴様にも姫様にも内緒で、貴様の傷を治しながら、我等の魔力を注ぎ、人でなくした。言っておくが、謝らんぞ!我等は姫様の憂いを絶つのが使命だからな!”
姫の第一眷族に言われた。勝手な行いに憤ったが、
”我等とて、ソナタと別れるのは辛いぞ?”
別の眷族に言われ、泣きながら謝る姫に憤りも消えた。結局は、わたしも姫と共に生きたかったのだ。命ある人ではなくなったと告げた時、母親には泣かれてしまったが、愛する姫と共に生きられるのなら本望だった。俗世から離れ、山の奥でのんびりと暮らしていた我等を罠にかけ、あの世界から次元の渦に落としたのは他でもない朝廷だったことには失望したが、姫や彼女の眷族達までも亡き者にしようとしたことは許せない。しかも、わたしは、姫と繋いだ手を離してしまった。
姫は泣いて……は、いないか。逞しい彼女のことだ、泣く暇があったら探してそうだ。
姫はかつて敵であった者達を味方に変えてしまう“たらし”と言う性質を持っている。時の帝ですら姫に懸想していた。姫は一切気付いてないが。
「殿下、大丈夫ですか?」
おっと、物思いに耽っていたらしい。
「あぁ。で、私を拐ったのは誰か?側妃派の者か?」
尋ねるとライナスは視線を外した。
「ったく、其ほどに自分の息子を上位に着かせたいか。父上も、いつまであの女を自由にしておくつもりなのだろうな。」
この体の少年には同腹の優秀な兄がいる。隣国の王女でもあった正妃から生まれた由緒正しい血筋の母親と皇帝である父親は少々拗らせている。
一夜の過ちのような関係を側妃であるあの女と持ってしまったことが夫婦関係を更に拗らせた。
側妃の実家は、殿下からの情報では魔術師の家系であり、結構な権力を有しているらしい。魔術と言うのは、神通力に近いものらしい。魔術師は人々の暮らしを豊かにする道具を作り出したりするそうだが、側妃の家は代々その魔術師とやらの育成機関に影響力を持つらしく、王家としても無視出来ない。
いつの世も権力者は大変だなぁと思う。今世では王子と言う立場だが、王位継承権は第二位、この少年の兄上は優秀らしいから安泰だろう。もう一人優秀な兄もおられるとのこと、わたしは、愛しの姫を探すことにした。