祖父母との対面
長い。3000文字ほどです。
何度もため息を飲み込む。
目の前のソファには、何処か戸惑いを隠せないでいる老夫婦、そう……わたくし、ブランカの祖父母がいた。
昨日、一通りの罰を与えた後にしかるべき場所で裁かれるために連れていかれた偽物令嬢一家と使用人達。昨日は、色々有りすぎて、また新しい体にもっと慣れるために休養が必要だったわたくしの意を汲んで祖父は屋敷を訪ねても顔を見ただけで帰っていった。祖母は、屋鋪内の騒動と偽物令嬢がゴブリンに襲われたと聞き倒れたそうだ。王家は老公夫妻を王城に泊まらせ、リチャードとサンディに、屋敷で何があったのか概要を伝える役目を与えた。余り眠れなかったのだろう、今目の前にいる夫妻の顔色はすこぶる悪かった。
偽物は、自分のために金を出してくれる祖父母と言う存在にかなり甘えていた。
人のモノを奪うのも得意だったが、おねだりも上手だった。
わたくしが復活した日、オーヴェル国は危機に見舞われていた。
ベヒモスと言う化物が襲来したと聞いた。
この世界には魔力を持つ獣が存在する。前世では、わたくしも含めて、化物と言われていた物達だ。四つ足を魔獣、二足歩行を魔物と言うらしいが、魔物との呼称で問題はない。定義的には、魔力の源である魔素を糧に人類とは違う組成の力を行使し、大体が普通の動物とは違う異形の姿をしている。我が公爵家に現れたゴブリンやゴブリンキングなども人以外の魔力を行使するので、魔物である。しかし、極稀に巨大な魔物が現れる。旦那様や、ブランカの記憶によると、その巨大な力を有する魔物はオーヴェル国の北に広がる森の中央に空いた異空間の穴から排出されるのだそうだ。
ベヒモス1体の力は、一国の戦力に相当するらしいが、復活した旦那様に殲滅されたと言う。さすがです。
ベヒモス戦のおりに異母兄が瀕死の重症を負い復活したことを知った旦那様は兄上様の後を追おうとされたのですが、カオスドラゴンと言う、これまた巨大な魔物が現れ、兄上様のことは後回しになったそうで、色々後始末などしている内に公爵家の方からわたくしの気配を感じられ漸く飛んでこれたのが昨夜。
再会に喜びはしたものの、此れからの生活のため、ブランカの祖父母に会うことにしたのだけれど、ハッキリ言って会話が続かないわ。
偽物が随分祖父母に貢がれているのは知っていた。けれど、品のよい貢ぎ物は、偽物の好むキラッキラッなアクセサリーやドレスではなかった。偽物が自分好みにするために取り寄せたレースや宝石のビーズでゴテゴテにリメイクしていたのを覚えている。ロイヒシュタイン老公夫妻にとって常識の範囲内の貢ぎ物は、伯爵代理や愛人が与えるものよりは遥かに質がよく高価に見えていたのに、実に残念で、祖母はリメイクされたドレスを見てショックで倒れたこともあった。偽物の美的センスはどうなっているのかと愛人を叱咤していたけど、そのストレスがブランカに向けられていたと知ったらどう思うかしら。
「この傷は……あ、あの子が?本当に?」
鞭打たれた手の甲の傷は隠していない。偽物が祖父母に見せていない面を見せる好機だからだ。わたくしの力なら一瞬で消せる程の傷だが、わざと残してある。
リチャードからの進言で、偽物令嬢は、夫妻が手配していた教育を受けていた。しかし、真面目な態度と向上心に満ちた好評価を受けていたのが、当時下女として暮らしていた本物のブランカだったことを知った彼等の心境は複雑だっただろう。
「そうですね、服を脱げばもっと、惨たらしい傷を見ることになるでしょうね。そんな傷を負った娘を娶らねばならぬ第四王子様には申し訳ないことですわ。わたくしは、この世界の魔術が効きにくく、治癒には時間が掛かりますから、痛みは薬でしのいでおります。」
勉強が嫌いで甘え上手な偽物を祖母は可愛がっていた。たまに訪れるこの屋敷で偽物にそれは優しく話しかけながら、貴族令嬢としての所作の追い付かない孫娘の教育にも熱心だった。甘やかされてそだった偽物令嬢が、祖母の帰った後に苛立ちをブランカに向けていたと教えて差し上げた。どれだけ痛め付けていたかをこの老夫人は知らなかった。夫妻は、偽物を10年以上、孫娘として愛してきたのだ。
ブランカが人生に絶望し、死んでしまいたいと願った発端の事件を彼らは知るべきだろうか。わたくしのためにも彼女の魂と繋がる体は守りたいが。ほんの細やかなことに幸せを見い出していた彼女をわたくしは気に入っていた。そういう幸せもあるのだと教えてくれた存在だ。まぁ、取り囲む環境が悪過ぎてそんなことにしか幸せを見出だせなかったと言えばそうなんだけど。
ならば、ブランカの幸せのためにわたくしは、力をこの世界に馴染ませることが必要だった。死にたいと願う彼女を無理にこの世に繋ぎ止めていたようなもの…、彼女のために自身の価値を意義を示すのは、わたくしが、この世界で生きるために永らえさせたブランカへの贖罪でもある。最終決定事項は旦那様と穏やかな日々を過ごすことですもの。それまでの道のりに少し寄り道しても旦那様は許して下さるでしょう。
この老夫婦ほどの地位、権力者保持者なら、孫娘の理想と現実の差に気付くことは、もっと早くに出来ただろう、おかしいと思いながら、偽物に騙されて、本物がどんな境遇に置かれていたかも知らず。もしかしたら、本当のブランカが生きているなんて思いもしていなかったのではないか。王都の屋敷に暮らす伯爵代理や孫令嬢の所業に何かを感じていたリチャードは、偽物令嬢がオリビアと言う下女を暇あれば呼び出し自分付きの侍女と共に虐げていた事実を何度か目の前の夫人に訴えたことがある。
もちろん、彼女は信じなかった。可愛い孫がそんなことをするはずがない、その下女が何かをやらかしたのではないかと。祖父はリチャードを信頼していたため祖母のように頭から否定はせず、貴族の矜持についての教育を深めるよう、それとなく下女を近寄らせないよう訪問時は目を光らせるよう命じた。それでも愛する孫娘として接してきたのは、あの偽物令嬢であってブランカではない。わたくしが祖父母にとって突然現れた存在であることは間違いなく、この体に残ったブランカの心の残偲が悲しんでいる。
母の家系の特徴を覚えていれば、偽物令嬢の容姿が息子夫妻の血を受け継いでないと疑問に思えただろうに。体内に流れる魔力を探れば、肉親ではないことだって安易に気付けただろうに。(後で、そんなことが出来る魔術師はいない、もしくは、確立されていないと旦那様に教えて頂いた。魔術師は、対象の魔力の属性や保有量を探ることは何とか可能だが、肉親でも同じ属性の魔術を宿せる訳ではないらしい。)
「……申し訳ありませんが、貴方方は、わたくしにとって突然現れた家族ですの。今回、頂いた婚約の話は王命で従うしかないのなら粛々とお受けします。ロイヒシュタイン公爵家を継ぐ者として恥じない生き方をしたいとは思いますが、貴方方を頼るかどうかは分かりかねます。記された王命によると、わたくしの貴族令嬢としての教育は、王立の学園にて行われるとのことなので教育資金だけは、受けとりますわ。領地経営の勉強も学園で補えると聞いております。」
淡々と話す孫娘に祖父母は目を丸くするばかりだった。
後、一時間後にアップ。