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アソビガの少女たち  作者: 鈴本恭一
第1章:でいだらの巫女と戦艦使い
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第1話:汐とアソビガ

「危ない!」


 (きよ)は幼い少女を抱きかかえ、交差点を慌ててジャンプする。

 信号を待っていた彼女らの真横から、柄の悪い男子高校生の自転車が恐ろしいスピードで突っ込んでくる。

 汐は少女を抱えたまま地面に倒れ込んだ。

 汐の手に痛みが走る。

 少女は汐の体がクッションになり、怪我ひとつない。


「邪魔だガキども! 死ねよクソが!」


 唾を吐きながら去っていく男子高校生。

 汐は男子高校生に一瞥もくれず、少女と共に立ち上がる。


「怪我はない?」

「大丈夫、ありがとう」


 小学校の高学年ほどの少女は頷き、しかし汐の手を見て叫ぶ。


「手、怪我してる!」

「ああ、これくらい平気平気」

「でも……もう、なんなのさっきの! すっごいむかつく!」


 汐は憤る少女の服の汚れを払い、微笑む。


「怒るのはもったいないよ。忘れた方がいい」

「だって!」

「私はもう忘れた。じゃ、気を付けてね」


 汐はさらりと笑って歩き出す。もう視界に少女は入っていなかった。

 あっさりと背中を向ける汐の姿に、少女は声をあげる。


「お姉さん、もしかして、"でいだら"の?」


 汐、振り向かずに手だけ振って交差点を渡る。






 初夏の夕暮れの光が、北関東に位置する大太(おおた)市を染める。

 市の郊外、大太山の麓にある鳥居も薄暗く沈み、鳥居の神額に記された「でいだら神社」の文字を妖しく照らし出す。


 黒いセーラー服姿の(きよ)はその鳥居を潜り、神社の境内に入る。

 13歳にしてはやや背の高い156cm。茶色の髪をゆるく2つに結んでいる。結ぶ位置が低い、幼さを感じさせない髪型だ。短く細い胴体にすらっとした手足。


「また来てる」


 人気のない境内を進みながら、汐は神社の上空を黒い瞳で見上げた。

 その汐の瞳が、僅かに青く輝く。

 紺色の空の下に、ぼんやりと浮かぶ生き物の群れを汐は視た。


 トンボの羽を備えた水の蛇のようなもの、

 ヒトデ状のサンゴめいたもの、

 ナナフシに似た手足を持つウミウシに近いもの等……


 どれもが汐を見下ろしている。


「一年が待ちきれないって顔だ」


 汐は笑った。神社の奥へ進む。

 神社の奥にあるひどく古めかしい蔵へ着くと、扉の前に立つ。セーラー服のポケットから、金と銀の混ざった鍵を取り出した。


 蔵の扉に鍵を差し込み、そのまま押し開ける。

 古めかしく分厚い扉の重さが不思議と消え、汐はその奥へ足を踏み入れた。


 その先は暗い蔵の中、()()()()




 ――――扉の先は、摩天楼の市街地だった。


 その町並みを見下ろす見晴台に、汐はいた。


 眼下に広がるのは地平線の彼方まで種々様々な建物が建ち並ぶ、21世紀の大太市とは全く異なる異国の街。


 その街の上に広がるのは、空ではなかった。

 途方もなく広大な天井画だ。描かれているのは複雑な雲と、その中を泳ぐ数匹の細長い龍。


 汐の背後には巨大な時計盤がある。

 汐がいるのは高さ300メートルを超す時計塔の見晴台だった。


 『アソビガ』の闘技街。


「場長、今きたよ。もう始まっちゃった?」


 汐は呟く。

 同時、眼下で轟音。

 10階建てのビル群―――どれも1920年代のニューヨークのビル街に酷似している―――が爆煙をあげて破壊されていた。レンガや消火栓、石畳が高々と撒き散らされ、フォードの黒いT型自動車が宙を舞う。


 濛々と沸き立つ粉塵をかき分け、現れたのは機械仕掛けの巨大な虫だ。


 細長い体は幾つもの体節が連なって構成され、その体節ごとに針のような足が一対ずつ生えている。丸い頭部にはハサミのように鋭利な顎があった。

 ヘビトンボの幼虫に似た、木材を無数に組み合わせた絡繰りの虫だ。全長は約20メートル


「場長、あれはいくら?」


 汐は片手を耳に当て、通話器のように話す。


「7000遊銀(ゆうぎん)? いいね」


 汐は破壊される街を見下ろす。

 大通りには逃げ惑う人々の姿があった。黒い服の男女だ。やはり格好が時代がかっている。顔を頭巾で覆っているので顔が分からない。みな一様に巨大な機械虫から走って逃げる。


 一方、巨大虫に反撃する者もいた。


 骨格めいた鎧を着込んだ者や、朝顔の翼を持つ者。ビルの上や建物の隙間といったところから、光線や輝く風、石礫めいたものを高速で発射して攻撃している。


 大通りには第一次世界大戦で使われた菱形戦車が何台もいた。車体の左右から伸びる6ポンド砲で巨大虫へ砲撃し、150馬力のエンジンで前進する。


 他にも現代戦車の先祖のような、簡素な旋回砲塔つき軽戦車もいた。小さな車体に載った八角形の砲塔から37ミリ戦車砲を発射している。

 ビル街の上空では複葉機らが舞う。主翼を2枚ないし3枚重ねた複葉機たちは機関銃を市街地へ撃ち続ける。


 戦車や戦闘機を使う者は、黒頭巾を被っていない。明らかに人間だった。

 そういった戦車や戦闘機の攻撃を、しかし木製の巨大虫は全く苦にしていない。

 砲撃銃撃は黒い装甲に容易く弾き返され、不可思議な者を宿す人間達の攻撃も表面に傷をつけさえするが、致命傷にはほど遠い。



 20メートルの巨大虫は体を大きく左右に振り回し、建物という建物を壊していく。建物にいる攻撃者も、大通りの戦車も、上空の戦闘機も意に介さない。ただただ破壊し続ける。

 ビル群を粉砕する破壊の範囲が、攻撃者たちに届こうというとき。


「場長、今から討伐戦に参加するね」


 汐はどこからともなく千早――巫女が纏う白い無地の上着――を取り出し、黒いセーラー服の上から羽織る。

 そしておもむろに、時計塔から飛び降りた。

 躊躇なく身軽に。300メートル上空を。


 ――――落下中の汐の全身から、半透明の肉質が盛り上がる。


 汐の全身を肉の線維が巻き付き、包む。

 膨れ上がった肉が歪つな人型を形成。


 半透明の肉質は汐を核として一気に濃い茶色へ変色。赤いラインが各部に走る、7メートルの巨人となった。


 右腕が身の丈ほども長く、胴体に匹敵するほど太い。

 左腕は無数の縄を無理矢理に束ね、それをどうにか腕の形にしている。

 頭部は半球状の突起。首はない。

 肥大した両脚のせいで、全体的に三角形に近いシルエットだった。


「行くよ、でいだら」


 その異形の巨人は落下の勢いのまま、野太い拳で巨大虫の頭を殴り付ける。激震。

 ヘビトンボの幼虫に似た木製機械は表面装甲を砕かれ、頭をしたたかに地面に叩き付けられた。アスファルトとコンクリートで出来た地面が大きく陥没する。


「7000遊銀(ゆうぎん)は私のだよ!」


 汐の巨人は殴打の反動で空中に跳躍。

 機械虫がすぐに反撃する。体節から針のような足を分離させると、その足たちはロケットのように放熱しながら急加速。赤茶の巨人に高速で突進する。

 汐は束ねていた左腕を解放。

 無数の鉤爪つき触手がそれぞれ変幻自在に動き、飛来するミサイルを鞭のような鋭さで叩き落とす。

 防御に成功した汐が着地するのと同時、巨大虫は大顎を大きく開閉させながら一直線に突進してくる。


「あなたが誰なのか知らないし、どんなのと契約してるかも知らないけど」


 汐は野太い両足を大地に強く踏ん張らせ、腰を落とし、右の巨腕をまっすぐ機械虫へ向けた。


「何度やっても」


 重厚な拳が真っ赤に輝く。

 右腕全体が膨張し、目映い光が先端に凝縮されていく。

 建物も道路も破砕しながら、機械仕掛けの幼虫ヘビトンボは汐の目の前まで迫った。


「私の勝ちだ」


 深紅の拳が、放たれる。

 彗星のような尾を引いて。

 高速で発射された燃える鉄拳が巨大虫の大顎を粉砕。顔面を砕き、頭部に深々と突き刺さる。

 破壊の衝撃は頭だけでなく、10ある体節の全てを叩き割り粉々にした。


 膨れ上がったのは、赤い大爆発。

 朱色の爆煙と衝撃波が市街地に広がる。街灯や窓ガラスが飛散し、攻撃していた者たちや戦車が吹き飛ばされていく中、汐の巨人は微塵も揺るがず佇立。

 程なくして、市街地に無数の木材部品が雨のように降り注ぐ。

 破壊し破壊されるための闘技街へ。


 そしてその爆発した地点から、宝珠のような球体が遠くへ吹き飛んでいくのを汐は見た。

 高速で街を離れ、彼方のどこかに消えていく。


「終わり」


 拳部分を再生させながら、赤と茶色の肉塊の中心で、汐は千早の懐から小さな麻袋を取り出す。

 中には一枚の紙。

 そこには『討伐報酬:遊銀貨7000枚 入金済』と記されていた。


「これで遊銀7000枚」


 満足げに頷き、汐は周囲を見回す。

 アソビガの闘技街は早くも修理が始められていた。

 黒頭巾で顔を覆った黒衣の作業員達が、大量の瓦礫を異様な手際の良さでどこかへ運び出す。壊れた建物に足場を作り、穿たれた道路へ灰色の液剤を流し込む。


 汐と同じ人間たちは闘技街から早々に去って行った。戦車から降りる者、適当な広場に複葉機を雑に着陸させる者、そして体外の異形を仕舞ってお気に入りの区域へ行く者。

 彼らもまた汐と同じく、討伐対象である巨大虫へ与えた損害に応じた報酬を貰っているはずだ。

 汐も"でいだら"の区域へ行こうと巨人体を解除しようとした。

 その時。



 時計塔が、鳴る。

 異常な連続音で。



「?」


 汐は高さ300メートルの時計塔を見上げる。こんな音は初めて聞いた。何か異様なことが起きている。


 汐が巨人の体を維持したまま見ていると、時計塔の中腹部分にいきなり青銅製の扉が作られた。


 その扉がガバッと勢いよく開けられる。




 扉の向こうから飛び出てきたのは、女が1人。ブレザーの学生服を来た少女だ。



 そして、それを追って扉から流れ出てきたのは、無数の触腕だった。


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