中原瑞希 ~結~
競技場は満員だった。
その満員の観客が歓声を上げて、競技場をどよもしている。
それもそのはず。
瑞希は深呼吸をして心を落ち着かせながら、スタートラインについた。
オリンピック。
女子100メートルの決勝なのだ。
足をフットプレートにかける。
思ったよりも動揺はしてない。
むしろ。
思っていたより体が軽かった。
『On your marks
いける!
『Set
それは予感を超えた確信。
スタートの電子音。
と同時に瑞希は踏み出した。
最高のスタート。
並みいる選手から頭1抜き出す。
はっ! はっ! はっ!
ただ一心に、ゴールを。
はっ! はっ! はっ!
風が、空気が邪魔だ。
はっ! はっ! はっ!
両脇から海外の選手が迫る。
瑞希は胸を突き出した。
ゴーーーール
瑞希はそのままの勢いでもつれるように転んだ。
息が苦しい。
喘ぎながらも結果を求める。
1位は誰!
あたしに決まってる!
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目覚ましのアラームで瑞希は目を覚ました。
またこの夢。
寝巻は寝汗でぐっしょりだ。
四肢は極度の緊張でこわばっている。
首筋に埋め込まれたデバイスが、脳信号から覚醒を感得してようやくのことアラームを止める。
それでも瑞希はしばらく動かなかった。
ぐったりと。
後悔からくる無念で動けなかった。
シャワーを浴びて、朝の支度をして、職場へと出かける。
あれから20年。
瑞希は中学校の先生になっていた。
結局、彼女が願いと引き換えに選んだのは
1)走ること
だった。
ふ、と頭をよぎってしまったのだ。
走るということへの恐怖が。
そして、そんな恐怖を受け入れる言い訳として瑞希は
2)家族
と
3)友達
を使った。
逃げたのだ。
咄嗟に。
負けたのだ。
だから瑞希は医者が驚くほどに体が回復しても、走ることはなかった。
いいや。
走れなくなってしまったのだ。
放課後。
瑞希は顧問をしている陸上部に顔を出した。
部員が走っている。
そのなかでも瑞希の視線が100メートルに向いてしまうのは仕方ないだろう。
そうして思うのだ。
あたしは、あなた達の誰よりも、速かった。と。
思ってしまうのだ。
あの時、選択を間違わなければ。
きっと。と。
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瑞希はこの先の一生を後悔し続けるだろう。
悔やみ続けることだろう。
正解は……ない。