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8話 東雲編2 希望と幻想のディストピア2

 

   ***


 東雲真弓は現実世界では、特に際立った才能など持っていなかった。

 バレー部に所属し、友達は多くも少なくも無い。成績は上の中というところで、心の底で他人を見下すクセがあったが、それ以外に人と違う何かがあるわけでもない、どこにでもいるひねくれた女子高校生だった。もし強いて何か一つ、人と違うところを挙げるとするならば、両親が教育熱心、というくらいだった。

 だがこのバーチャル世界において、彼女は一つ、特異な能力を見せた。それは、置かれた状況に対する理解の早さ、つまり適応力だった。

 言わずもがなであるが、こと現実世界において、一個人による人殺しは常に忌むべきものとされる。だが、この世界では、いかに昨日まで同級の仲間だった者たちを躊躇なく殺せるかが最初の勝負の分かれ目となる。

 つまり、既存の常識や取るに足らない人間的思いやりなどといった、これまでとても大切だったモラルとも呼ぶべきそれらを、躊躇なく、一切排除できることこそが、この殺人ゲームにおいては何物にも代えがたい才能の一つだったのだ。

 もちろん逆の分析もできる。

 無残にも、そしてあっけなくも、初日に殺されてしまった彼ら。哀れな彼らの敗因は二つだ。

 一つは想像力が足りなかったということだ。どう敵が攻めてくるかわからないなら、常に最悪を想定し、手を打たなければいけなかった。「敵対勢力侵入情報」というシステムを信頼するのであれば、信頼に足るかどうかの実証実験をあらかじめしておくべきだったのだ。信頼とは、思考停止と表裏一体なのだと知っておくべきだった。

 そして二つ目は、戦う覚悟が足りなかったということだ。まあこれも、よくよく考えてみれば当然のことだ。ある日いきなり武器を渡されて、同級生と殺し合いをしろだなんて言われて、平然と殺し合いができるほうが頭がイカれてる。

 グロスマンの『戦争における「人殺し」の心理学』によれば、ほとんどの人間には同類である人間を殺すことに強烈な抵抗があるらしい。これは前にも述べた通り、当然のことだ。しかしここで注意したいのは「ほとんどの人間」という表現だ。

「ほとんどの人間」という場合、世の中では大概、「善良な一般市民であるところの、理性的・社会的な大人のことを指していますよ」、という注釈がつく。

 結局、人間をひとくくりにしようとするのは、安心したいからだ。自分たちは人間というものを知っているのだと、傲慢にも思い込みたいだけなのだ。

 そして、自身の卓越した能力を、東雲は一人で十人の国を倒したことで確信したことだろう。自身が、善良でも、正常でも、真っ当でもないことに。

 東雲と出会ってから五秒と経たず殺された天野香蓮のほうが、そういう意味では望ましい人間だったのかもしれない。

 だが、この戦いにおいては、そんなことはどうでもいいことなのだ。少なくとも彼らは、なぜ自分たちが夕方からゲームをスタートさせられたのかを、もっと深く考えるべきだったのだ。


 司会を務めた髭の男は、温かい紅茶の入ったカップを傾け、喉を潤した。

 ソーサーの上にそっとカップを置き、上等な皮の椅子に深く腰掛けなおす。

 男は自慢の髭を撫でながら、不敵な笑みを浮かべた。

 彼の大きな瞳には、東雲が同級生を次々と殺していく録画映像が青く映り込んでいた。


   ***


   二日目


 バチバチと回転する脳と、昂る神経を抑えられないまま、私は日の出を迎えた。

 夜襲に向かう前にたっぷり寝ておいたからか、それでも眠気はない。ガスマスクを引き出しにしまい、Aランクの指輪を自分の指に嵌める。残りの五つの指輪を手に握って部屋を出た。

 私たちが与えられた家は決して広くない一軒家だった。かろうじて四つ部屋はあるが、四人で過ごすには少し手狭だ。昨日襲撃したマンションを思い出しながら、壁にぶつからないように狭い廊下を歩き、リビングへと向かった。

 約束通り、朝の七時には六人みんなリビングに揃い、誰かが作ってくれたトーストと目玉焼きが用意されていた。

「おはよう、みんな。よく眠れた?」

「うん。おはよう」

「朝ごはんを食べながらでいいから、少し聞いてほしい話があるんだ」

 席に着き、指輪をテーブルの上に置いた。朝食の乗ったピンクのテーブルクロスにガチャガチャと装飾の施された指輪はとても不釣り合いで、妙な存在感があった。

「東雲さん、それ、どうしたの?」

 皆驚いた様子でこちらを見る。

「昨日の晩、敵を倒して手に入れたんだ。私が今付けてるのもそう。そろそろ、本格的に動き始めようと思う」

 私はコーヒーを一口飲んで、カップをテーブルに戻してから、これからの作戦について話し始めた。それは元の世界に帰るためのものでも、みんなで生き残るためのものでもなく、私個人がこの世界でのし上がるためのものだったが、もちろんそのことには誰も気が付かなかった。




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