61話 田井中編21 静寂と慟哭のシヴィライゼーション3
二十日目
公園にはすでに秋本がいた。一緒にいるのはたしか、秋本と仲の良かった浅野だ。
約束の時間にはまだ十分以上あった。律義なのか、何かの策なのか。少しは警戒をしたほうがいいのだろうかと思ったが、二人はバネの付いた馬と象の遊具に乗って、びよんびよんと何やら楽しそうに遊んでいて、なんだか勘繰るのもあほらしくなってきた。
小さな遊具に二人の体はずいぶんとアンバランスだが、むりやり足を折りたたんで意地でも遊んでやろうとしているその姿が牧歌的で、この殺伐した世界では微笑ましく思える。
「よっす、久しぶり」
「おう」
秋本は馬の上から手を挙げると、よいしょ、と地面に降りた。
「坂下と、山中だっけか。お前らも来てくれたんだな。さんきゅ」
「ああ」
「正解、体育祭んとき以来だっけ」
山中はふふっと笑って見せた。和やかな雰囲気だ。まるで、これからみんなで草野球でもするんじゃないかっていうくらい。
「野球部メンツで国をつくってるんだっけ? じゃああとは牧野とか向井とか?」
「死んだよ、牧野も向井も下川も」
浅野の問いにすぐに答えられないオレに代わって、坂下がぶっきらぼうに答えた。
途端に場の空気が凍り始めたような気がした。完全にオレのせいだった。
「そっか、それは残念だな。あいつら、うっせえけど、明るくていい奴らだったよな」
「……ああ、たまならなく、悔しいよ」
つい、泣き言が口をつく。喪失は、すぐにオレの心に黒い影を落とす。
「なんか、お前、ひどい顔してるな」
「最近、眠れなくてな」
以前と変わらぬ秋本の態度に、弱音を吐かずにはいられなかった。
秋本はオレの情けない姿を勘繰るように間をおいて、
「……お前、戦場に出てないらしいな」
と声を低くして言った。
またしても、返事が見つからなかった。オレは目を伏せて、それを返事の代わりとした。
「まあ、正しい選択だと思うぞ。王が死んだら終わりなんだからな。オレが王になったら仲間全員死ぬまで前線には出ないな、ハハハ」
秋本は青空の下の公園にふさわしい、景気の良い笑い声を上げた。
――ああ、いつもの秋本だ。
風が首元を撫ぜるかのようにすっと、そう思った。
人の気持ちを見透かした上で、あえて相手の気に障るかもしれない言葉を使う。空気を読んでいるんだか、読んでいないんだかよくわからない。
もし読んだ上で、言っているのだとしたら相当タチが悪いが、いつもの秋本だった。そしてそんな秋本に、オレは救われた。この世界でこんなふうにオレと接してくれるのは、坂下と山中と、加藤くらいだった。オレは裸の王様だった。
「……なあ、秋本。王の役目って、なんなんだろうな」
唐突で取り留めのない、よくわからない相談だった。
なのに、秋本はすぐに答えてくれた。
「うん? 国民を導く決断をすること、かな。必要なのは優しさでも強さでもなくて、全員の向かう方向を示すコンパスになれるかどうかだけだとオレは思うけど。人殺しなんて誰でもできるけど、より良い決断をすることは難しいからな」
なんの気なしに聞いてみたことだったが、秋本の回答はオレにはすんなり納得できるものだった。
それは別に、彼の言葉に説得されたということではない。秋本は最低限の役割としての話をしているのだ。
それはオレが求めている答えではなかったけれど、秋本がそういう考えの持ち主だということを思い出して「ああやっぱりこういうヤツだったな」と思い出した。
思い出して、懐かしい気持ちになって、清々しい気持ちになって、受け入れたというだけのことだ。
――国民を導く決断をすること
あれは、いつだったか。そう、体育祭のときだった。
あのとき周りの人間を導いたのは、紛れもなく秋本だった。




