6話 朽木編6 始点と終点のディストラクション5
僕は昔から、何かで人に勝っていたということがなかった。
別に落ちこぼれというわけではない。成績は常に真ん中より上だったし、運動神経も悪いわけではなかった。
ただ、何かで一番になれるほど情熱を持って努力をしたことはなく、何もしなくても一番になれるほどの才能も無かったというだけだ。
でも、別にそれで構わなかった。
というか、それでいいと思っていた。
一番でなくていい。誰かに負けていてもいい。特別優れている必要などない。人間を能力でカテゴライズしたとき、最も平均的な位置に属する人間が一番幸せなのだと信じて疑っていなかった。人より優れた能力も、人より劣る能力も、人生をより生きづらいものにするだけだ。ほどほどでいい。……そう思い込もうとしていたのだ。
「おらあぁ」と威勢のいい声を上げて、次の敵は大きな斧を振り降ろしてきた。その斧を受けるため、僕は素早く腰を下ろし、刀を横に持って上に持ち上げた。
大きな衝撃に備え、両手でぎゅっと柄を持ち、全身に力を込める。
だが次の瞬間、予想だにしないことが起こった。
僕の刀と敵の斧が刃を交えた瞬間、斧は真っ二つに割れたのだ。
真っ暗な廊下にきらきらと銀の破片が舞う。敵は何が起こったかわからないとばかりに、手に残った柄をしげしげと面の奥から見つめていた。戸惑うのも当然だろう。まるで氷でできた剣を、マグマに向かって振り降ろしたかのように、本当に呆気なく、敵の得物は壊れてしまったのだから。
--Sランク「残虐王の指輪」。能力詳細、殺傷能力が高い武器を生成する。
腕時計で調べられる指輪の情報には、そう書いてあった。正直、これだけ読んでも強いのかどうかはよくわからなかった。だが敵の指輪の情報を「リングサーチ」で見て、ついたった今敵の武器が一瞬で壊れたのを見て、確信した。
僕が持つこの指輪は、特別なのだ、と。
それからは、同じことの繰り返しだった。
敵は狭い廊下で何とか武器を振り上げて、僕に襲い掛かってくる。僕はそれを受け、武器を粉々に破壊する。敵はそれを確認するとすぐさま体を引き、後ろの味方と交代する。そして次の敵がまた武器を振り上げてくる。その繰り返しだ。僕はただ、向かってくる武器に刃をあてるだけでよかった。
武器はたとえ破壊されてもまたすぐに「クオリア発動」と言えば新しいものをつくれるようだったので、彼らは懲りもせず何度も何度も僕に挑戦してきた。
だが、それはいくらやっても徒労でしかない。そもそもの耐久度が違うのだ。彼らの武器は一人ひとり形状が異なり鎌やら斧やらナイフやらいろいろあったが、すべて等しく、脆く崩れ去っていく。まるでサンドバックか練習台かなにかのように、次から次に押し寄せる敵の武器を僕は一つずつ、丁寧に相手にした。本当の練習台は向こうだった。
一人につき三回は武器を壊しただろうか。余裕ができてきたので、今度は少し腕を斬ったりして、反撃をすることにした。
「ぐあっ」
「やばいぞ。なんだこいつ」
「押せ押せ。数で押せ。つっこめ」
「無理だって。狭い」
「死ぬ。死ぬって。押すな」
敵の戸惑った声が、狭い廊下で反響していた。ぎゃーぎゃーと喚きながら、ひしめく能面の彼らの姿は、それはそれは滑稽だ。いつまでも眺めていたいと思ったが、そういうわけにもいかない。
そろそろひと思いにみんな殺してしまおうかと思った矢先だった。一つの部屋の扉が開き、中から人が出てきた。
「おいっ、うるさいぞ。こんな時間に何やってんだよ」
思わず眉をひそめた。うちの国王様だった。しっかりパジャマに着替えている。馬鹿なのだろうか。
「おい、そいつが国王だっ。やれっ」
敵の誰かが叫んだ。きっと腕時計で登録されている国王の顔と名前が一致したのだろう。
直後、彼の右肩に斧が振り下ろされた。今まで聞いたことのないような悲鳴が鼓膜に突き刺さった。死の恐怖が現実のものとなってそこに現れる。
気づくと足が勝手に動いていた。こいつらを早急に排除しなければ、次は春芽がやられると思ったのだ。
すぐさまその場に倒れ込んだ彼を飛び越え、敵に向かって刀を真っ直ぐに突き出す。斧を持った敵は避けるそぶりも見せなかった。
刀はざっくりと敵の左肩を貫いた。肉を引き裂き、骨を貫くその感触にえも言えぬ嫌悪感を覚え、思わず刀を手放しそうになる。が、後ろにはまだまだ敵がいるのを見て、ぎゅっと手に力を込め直し、勢いよく刀を引き抜いた。傷口から血がシャワーのように噴き出してくる。どこぞのB級映画のような光景だったが、体に降りかかるぬるい液体とその生臭い匂い。それに伴う嫌悪感が、嫌でもこれが現実ということを告げた。
うちの王様と同じく、悲鳴をあげて倒れ込んだそいつを睨み、続いて残りの敵を睨んだ。
「今すぐ退くなら、見逃してやる。お前らじゃ勝ち目はないぞ。これ以上やるっていうなら、殺す」
上がった息を整えながら、なんとか声を絞り出した。
「わかった。ここは退く。だからそいつも離してやってくれ」
くぐもった男の声に、嘘をつこうという意志は感じられなかった。
「わかった。武器をしまって取りに来い」
そう言って、僕は一歩後ろへ下がると、敵が一人、言う通り武器を消してから近寄ってきた。のろのろと仲間をおぶっているのでその背中に刀を突きつ立ててやりたくなったが、それはぐっとこらえた。
彼らはこちらを振り返りもせず、そそくさと月夜の中を帰っていった。
その後、僕はすぐに家中の電気を付けてみんなを起こして回った。数人はすでに「敵対勢力侵入情報」の通知で目が覚めており、集合は早かった。王様はとりあえず、彼の部屋のベッドに運んだ。
腕時計を操作し、ショップというページで回復アイテムを購入する。手のすぐ上に、黄緑色の液体の入った太めの瓶が現われた。説明によれば、これを飲むか、傷口につければいいらしい。
「甘い」とうわごとのように繰り返しながら、王様は回復アイテムをストローでちゅうちゅう飲んでいたので、きっとこれで大丈夫だろう。
僕と王様は一度「リフレッシュ」機能を使って、血で汚れた服を綺麗にした。体や衣服に付着した汚れはすべて夜十二時になれば自動で消え去るようになっていて、腕時計の「リフレッシュ」という機能を使えばいつでも汚れを消し去ることができるようになっているのだ。説明書をきちんと読んでいないみんなはその様子にあっと驚いていたが、僕はその様子に優越感を抱かずにはいられなかった。
ようやく静かに眠りについた王様を部屋に残し、五人でリビングに集まったときには外は薄っすらと明るくなりはじめていた。僕はさすがに疲労困憊だったが、状況を確認する前に眠るわけにはいかなかった。
全員にコーヒーが行き渡る前に、僕は話を始めた。夜の見張りの最中に敵が襲ってきたこと。クオリアシステムを使い、応戦したこと。その最中、いきなり王様が部屋から出てきて襲われたこと。
みんなもうすっかり眠気は覚めていて、その瞳には恐怖が映っていた。
僕は話を終え、やはり見張りは必要だという事を再度念押しすると、席を立った。いい加減、眠気が限界だったのだ。
労いの言葉を背中にかけられながら、リビングを後にした。命の恩人なのだからもっと感謝されても良い気がしたが、みんな恐怖や不安のほうが勝っていたのだろう。まあ別に、春芽の口から「朽木君のおかげでほんとに助かったよ。ありがとう」と言われたから、それだけで十分だった。
部屋に入り一人になると、僕はベッドに倒れこんだ。途端にひどい睡魔が襲ってくる。
もう限界だったが、まどろむ意識の中でポケットから指輪を取り出し、二つを見比べた。Bランクの指輪は、Sランクの指輪と比べるとやはりどこか安っぽかったが、これはまぎれもなく自分の力で勝ち取った、いわば戦利品だった。
先ほどまでみんなの前で指に嵌めていたのは、Bランクの指輪だ。Sランクの指輪は人目につくと色々と面倒そうなので、さっき倒した敵からフェイクとして盗んでおいたのだ。これでひとまずSランクの指輪の存在は秘匿できる。
順調に進んでいる現状にほくそ笑みながら指に嵌めた新たな指輪を見ていると、ついに瞼を開けていられなくなった。僕は「残虐王の指輪」を大切にポケットに仕舞うと、今度こそ睡魔に身を委ねた。