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5話 朽木編5 始点と終点のディストラクション4

 

 夜も一時を過ぎたころ、僕はまだ見張りのため、一人リビングにいた。

 電気が点いていることは外からでもわかるはずだが、それを理由に攻めてこない、と思うのは希望的観測だろう。夜襲が最も来る可能性が高いのは深夜二時か三時ごろではないかと推測していた。

 十一時半を少し過ぎたころ、一向に起きてくる気配のない春芽を起こしに行こうか悩んだが、やはりやめた。春芽が寝ている部屋に入る勇気はなかったし、なにより疲れて眠っているのなら起こすのはかわいそうだと思ったのだ。

 腕時計の説明書はもうあらかた読み終えた。細かい設定は王様だけがわかっていれば十分というものが多く読み飛ばしてしまったが、戦闘方法についての注意事項は呼んでおいて正解だった。

 というのも、あの司会の男の言っていたクオリアシステムというのは中々ややこしい仕組みだった。

 まず、この最初に配布された指輪が戦闘の鍵を握っているらしい。指輪にはDランクからSランクまでそれぞれランクに分けられていて、Aランク以上の指輪には特殊能力がついていることもあるらしい。そして僕の指輪は……。

 戦闘について思索にふけていたそのときだった。玄関のほうで微かに音がした。

 思考を止め、すぐさまリビングの明かりを落とし身体を硬くする。と、途端に腕時計の警報が鳴る。「敵対勢力侵入情報」だ。

 さっき説明書を読んで知ったのだが、領土内に敵が侵入すると「敵対勢力侵入情報」として侵入した場所と人数が、国王と国民全員の腕時計に通知される。これがあるならわざわざ見張りはしなくてもよかったかもと思っていたが、警報は思ったよりも小さな音で、せいぜい携帯の標準のアラームくらいのものだった。この音では目が覚めない人間もたくさんいるだろう。やはり見張りをしておいてよかったとほっとしていると、玄関で今度はかなり大きな音がした。

 リビングのドアを少しだけ開け、廊下を覗き込む。玄関の扉が半分に切断され、上半分が無くなっていた。玄関の外には丸い月が浮かび上がっていて、仮面をした人間が立っているのを照らし出している。

 ――あれは能面だったか。おかめだったか。

 そんなことを考えている余裕があったのは一瞬だけだった。その仮面の人間は玄関の扉に何か鎌のような形状をした刃物を振り下ろした。下半分だけになっていた扉はまたしても半分になり、ついに敵は屋内へと侵入してきた。先頭の鎌を持った男に続き、後ろから似たような面をつけた集団が何人も入ってくる。全部で何人だろうか。

 鎌の男は僕に気付いた。廊下を駆け足で走り抜け、一人こちらへ近づいてくる。僕は勢いよくドアを開け、あらん限りの声で叫んだ。

「クオリアっ、発動っ」

 指輪から光の粒が零れ出す。細かい、とても細かい青い光の粒子。それがじわりと広がって、視界を埋め尽くすほどになる。まるで、深い海の底にいるみたいだ。

 これ以上は細かくなれないというほど光の粒子はきめ細かく寄り集まって、ひとつの面を、そして立体を形づくった。

 夜の海。月の明かりだけがちらちらと儚げに揺れるその闇の中に、ひと際大きな光が差し込んで、気が付くと僕の手には一太刀の日本刀が握られていた。

 緩やかにカーブを描く白銀の刃。

 刀のサイズは僕が振り回すには少し大きい気もする。だが柄と鍔のあたりは、不思議と手に馴染んでいた。

 無事に武器が生成できたことに安心しながらも、すぐに動いた。

 向かってくる敵にまっすぐ刀を突き出す。勢いよく走り寄ってきた敵は刀の手前で急停止しようとしたが、そんなものはもう手遅れだった。

 ぐちゅり。

 鼓膜がグロテスクな音を拾い、家庭科の調理実習を思い出す、肉を裂く感覚が手の平を伝う。続いて腕にぐっと負担がかかり、瞳が噴き出す血を捉える。

 これが、人を斬るという感覚なのだろう。その一連の刺激を僕の脳は圧倒今に処理してしまったらしく、せっかくの初体験だというのに、感動も絶望も特にはなかった。これはむしろ、処理落ちをしたと考えるべきなのだろうか。

 とりあえず理性は生きていたのでいったん体を引き、リビングのドアを素早く閉めた。

 どうするべきか? このままではまずい。早くみんなに起きてもらいたいが、今迂闊に部屋から出てこられると格好の獲物になってしまう。まあ別に、彼らに死なれても一向に構わないが。

 そう、元来僕は臆病者で、自己保身を唯一の行動原理とする矮小な生き物なのだ。他人のために武器をもって、自分の命を危険にさらして、戦うようなことはまずない。一人寝ずの番をしていることも奇行と言って相違ない。

 そんな僕が、今すぐにでも武器を握りしめ、敵の前に踊り出ようとしていた。

 脳裏にはただ一人、春芽だけが映っていた。

 彼女の笑顔を思い出し、続いて二階でスヤスヤと寝息を立てている姿を思い浮かべた。柔らかな髪。乳白色の透き通るような肌。桜のようなピンクに染まる頬と唇。

 戦う理由は、それだけだった。それだけで十分だった。

 覚悟を決め、僕はもう一度、勢いよく扉を開けた。

 腕時計に向かって、「リングサーチ開始」と告げる。途端に敵が指に嵌めている指輪の情報が、暗い廊下に浮かび上がった。

 胸を刺され、床を這って玄関の方へ戻っていく男の指輪はランクC。残り四人のもランクはBからDだった。これなら問題なさそうだ。

 ――だって僕にはこの、Sランクの指輪があるのだから。




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