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4話 朽木編4 始点と終点のディストラクション3

 

 いきなり視界がゼロになり、体の感覚が一切なくなった。

 でも、それはほんの少しの間のことだった。

 お尻の部分に自分の体重がかかるのを感じたかと思ったら、途端に視界が開け、元と同じ体勢のままカーペットの上に座っていた。

 リビングテーブルを囲むようにして、同じようにチームのみんなが座っている。

「わぁっ、びびった」

「やばかった。死ぬかと思った」

「お腹ひゅうってしたよね」

「んで、ここどこだろう?」

「あのおっさんが言ってた、領土ってやつじゃないの?」

「とりあえず、腕時計に説明書があるんだっけ?」

「この腕時計すげえよな。てか今のワープも。ほんと、どういう仕組みなんだろ」

 みんな口々に感想を述べあう。基本的にそういう感情はすべて自分の中で処理できる僕としては、彼らはわかりきったことを改めて声に出して、いったい何がしたいのかほとほと理解できなかった。

 とりあえず全員で家の中を見て回ることになった。ここはどうやらどこかの家のリビングらしい。二階建ての大きな家だった。家具などは一式揃えられていて、それらのデザインにはほどほどの統一感がある。

 けれど、どれも新品同様で傷一つなく、なんだかおかしな感じだった。まるで、新婚生活を始めようとして家財一式そろえて、いざ新婚旅行に行ったら喧嘩して離婚したみたいな。そんな不幸を暗喩しているような趣があった。

 二階と一階にそれぞれ三部屋ずつ部屋があり、それぞれの部屋にネームプレートが付けられていた。二階が女子の部屋、一階が男子の部屋となっている。

 外に出るのは、皆無意識に憚られたらしく、いったんは家の中を散策して終了となった。

 少し休もうかと長髪の女子生徒が言い、三十分後にリビングに集合という手はずになった。

 言われてみればバーチャルのはずなのに身体がなんとなくだるく、疲れている。薬で無理やり眠らされたから、副作用などが出ているのだろうか。そう言えば、お腹も少し空いた気がした。せっかくの仮想空間でそういうところまでリアリティが無くてもいいだろうに。

 皆それぞれ自分たちの部屋に入っていったので、僕も自分の名前の付いた部屋に恐る恐る足を踏み入れた。

 部屋は小さな窓のついた、六畳ほどの広さで、家具付きのワンルームのように基本的で特徴のない家具が一通り揃っている。外はなぜか夕暮れ時で、カラスが鳴くのが聞こえてきそうなオレンジ色をしていた。さっきまで、夜ではなかっただろうか。

 とりあえず照明をつけ、ベッドに腰掛ける。新品同然のベッドは柔らかく、埃っぽい匂いなんてまったくしなかった。

 三十分をどう使うか。腕時計の説明書はわかりやすく、読み上げてくれる機能もあるようだったが、三十分で読みきれるかは怪しい。それに、疲れているのは確かだった。

 少し悩んだが、だいたいでも説明書を読んでおくことにした。まだ他の四人を信じ切るわけにはいかなかったから、気を緩めてはいけないと思ったのだ。

 僕が真っ先に調べたのは、食欲や睡眠欲のことだった。やはりそれらの欲望は普通に感じるらしい。しかしそこは仮想世界、いわばゲーム世界なので、アイテムを使えば食事や睡眠をとらなくても大丈夫らしい。僕はさっきまで感じていた倦怠感が吹き飛ぶくらい、説明書に没頭した。


 二十五分後、リビングに行くと女子たち三人がお茶を入れていた。

「あ、朽木君。お腹空かない? お菓子もお茶もあったよ」

 春芽が振り返りざまに、明るい声を出した。

 お菓子程度でどうしてはしゃげるんだと他の人なら鼻で笑っていただろうが、その笑顔だけで僕は空腹を忘れることができた。

「え、うん。手伝おうか?」

「ありがと。じゃあこれ、そっち持ってって」

 高そうなお菓子の詰まった箱をテーブルに持って行き、端の席に着いた。テーブルを囲んでおかれた六個の椅子。何もかもが僕らのために用意された家は、居心地の良さと気持ちの悪さがしっかりとセットになっている。きっとお菓子もすべて一種類につき六個ずつ入っているのだろう。

 それから数分して、全員分お菓子とお茶が行き渡ったが、お誕生日席が空いたままだった。いや、この場合は下座と呼ぶほうがふさわしいだろうか。国王様は五分経っても来なかった。

 男二人で部屋に迎えにいくと、彼は布団でスヤスヤと眠っていた。軽く揺すって起こすと、機嫌悪そうに布団からのろのろと出てきた。

「さて、みんな。じゃあとりあえず、これからどうするか話し合って決めよう。俺はとりあえず、今日は休んで、明日ゆっくり考えたほうがいいと思うんだけど。はい、他に意見がある人」

 頬杖をついて、気だるげに話す姿はただの男子高校生にしか見えなかった。実際、ただの男子高校生であるのだが、自ら国王に立候補した彼に最低限のリーダーシップを求めるのは当然だろう。

 だが、誰も何も言わなかった。すると、王様は軽く椅子を引いた。

「じゃあ、そういうことで。今日はみんな、ゆっくり休もう」

 彼が立ち上がったのを見て、僕は仕方なく手を上げた。

「待って、意見あるよ。さっき腕時計の説明書見てたんだけど、領土を乗っ取る戦争っていうのを国はやるみたいなんだけど、これっていつでもできるみたいなんだ。だから、もしかしたら、今晩にでも攻めてくる国がいるかもしれないでしょ。だから、夜、交代で見張りとかやったほうがいいかもしれないって思うんだけど」

 わざと核心はつかない。これで伝わるのは何人いるだろう。

「えー、見張りって、夜起きてないといけないんだろ?」

「でも、やったほうがいいよね」

 春芽が小さく同意してくれる。それだけでも説明書を読んだ甲斐があったというものだ。

「大丈夫だろ、みんな疲れてて、今日はもう攻めてきたりしないよ」

「でも、もし全員寝てるところに攻めてきたらやばくない?」

 長髪の彼女が言った。

「じゃあ心配なヤツだけ起きててくれよ。オレもう寝るから。じゃ、おやすみ」

 彼はそれだけ言うと、目の前の冷めてしまった紅茶を一気に飲み干しリビングから出て行った。乱暴に閉められた戸の音と、どしどしという足音。彼のがさつさを咎めるように、残された五人は誰も、物音を立てなかった。

「見張りは、やっぱり交代とかでやったほうがいいかな。いちおう、ドアは鍵がかかるみたいだけど。壊されちゃうかな。てか自己紹介してないよね、私は高坂。よろしく」

 国王の部屋の戸が閉まった音を聞き、長髪の女子生徒が僕の方を向いて口を開いた。ようやく話し合いが再開できる。どうやら彼女のほうが仕切り役には向いているようだ。

「でも、壊したら、大きな音がしてみんな起きるんじゃない?」

 ひょろながい男子が口を開いた。なんて楽観的な意見なのだろうかと、僕は舌打ちではなくため息が出そうになった。

「でも、みんな疲れてるから熟睡してて、起きないかも。私たち、二階だし」

「それを言うなら、みんな疲れてて見張りの最中に寝ちゃうかもしれないんじゃない?」

「たしかにね。じゃあどうしたらいいと思う?」

 さっきから消極的な言葉が多い男子生徒に司会役がうまく働きかけたがダメだった。結局、誰も建設的な意見などないのだ。みんな疲れていて眠たいし、見張りは必要だとは思うがやりたくない。それだけの話なのだ。

「じゃあ、僕が朝の三時まで起きてるから、だれか今から寝て、そのあと交代してくれない?」

 僕の言葉に誰もが時計を見た。時刻は現在夜六時。たっぷり九時間寝られるのだから、交渉の余地はあるはずだ。クズ国王と同じように、今すぐ寝たいと思っている人も多いだろう。

 春芽と長髪の彼女がほぼ同時に立候補した。

「じゃあ私が今すぐ寝て、十一時に起きて見張りするから、三時から高坂さんお願い」という春芽の提案で、話はまとまった。

 春芽はすぐに部屋に戻り、他の面々は冷蔵庫に入っているもので簡単な食事を好き勝手つくって食事をとった。

 僕はコーヒーを淹れ、腕時計の説明書を見ながらリビングにいることにした。夕ご飯を食べると眠くなってしまうかもしれないから、まずは説明書を読み込もう。ここまでは上々だった。よく考えればこの世界は春芽に良いところを見せるチャンスなのかもしれなかった。



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