39話 田井中編9 順応と婉曲のレジサイド
十四日目
自室で明日の戦いの流れを細かく確認しているオレのもとに、一通のメールが届いた。差出人は、東雲真弓という大国の王様。内容は、和平のために話し合いの場を設けようというものだった。一定の金額を支払えば、他の国の王にメールをできる、という特権が国王には与えられていた。
『大切な仲間を失う痛みを知る王たちへ。敵の命さえもいとおしむ心優しき王たちへ』
少し大げさでうさん臭さも漂うその書き出しに、オレは興味を引かれた。
『突然の連絡を許してほしい。どうしても聞いてもらいたい話があって信頼できる王たちにのみ、このメールを送っている。
修学旅行に行くはずだった私たちが、なぜこんな理不尽な目に合わなければならないのだろうか。なぜ、私たちが現実世界と切り離されて、同級生との殺し合いを強要されなければならないのだろう。どうして友達を目の前で殺されなければならないのだろう。
私はこの世界に来て、ずっとそのことについて考えていた。そのことに疑問と憤りを感じながらも、一方で襲い掛かって来る元同級生を仕方なく殺してきた。状況に流され、正しいことを見極めもせず、ただ必要に迫られるまま、人を殺してきた。
だが、ここにきて二週間が経った今日、私はついにこの不条理な戦いに終止符を打つ方法を見つけた。そしてそれには、他国の王の力が必要不可欠なことがわかった。
直接会って話すことはできないだろうか?
今日の夜二十二時、東区民センターに集合してほしい。赤茶色をした建物だ。きっとすぐにわかるだろうが、間違えないように気を付けてほしい。そこの最上階の四階にある大講義室1で話し合おう。できれば他の者にもこの話し合いのことはあまり口外はしないで、一人できてほしい。もし今回の作戦を、この人殺しの世界に順応してしまった好戦的な者たちに知られれば、すべてを台無しにされかねないからだ。真に平和を願う王たちだけで腹を割って話そう』
オレは、思わずぐっと拳を握った。嬉しくて、つい頬が緩み、にやけてしまう。
――自分と同じような葛藤を抱えている人もやっぱりいたのだ。これで、ようやく戦いを終わらせることができる。
慢性的な寝不足のためか、ここのところ常に霞がかかったかのようだった頭に、酸素が行き渡るのを感じる。オレがみっともない形だけの王だとしてもその座に居続けたのは、このときのためだったのだと確信した。
東雲が規模の大きい国のいくつかにメールを送っているというのは送信先一覧からわかった。かなりの大金を使って、こんなメールを送ったということはそれだけ、この話し合いに賭けているということの証明になるだろう。
オレは顔も知らない東雲という女子生徒が、どんなに優れた能力と慈愛の心を持った人物なのかと想像せずにはいられなかった。
待ち合わせの二十二時まであまり時間がなかったのもあって、書置きを自分の机の上に置いて、誰にも相談せずすぐに出かけた。暗い街をひとり、街灯にすがるような心地で足早に歩く。集合場所の東区民センターは住宅街の中にあって多少わかりにくかったが、腕時計のマップを見ながら行けば迷うことはなかった。
緑の文字ででかでかと東区民センターと書いてあるレンガ模様の建物は、どこか見覚えがあるありきたりなふうで、きっとどこの街の区民センターもこんな感じなのだろうと思った。時刻は二十一時時四十五分。辺りには誰もいなかった。
公共施設独特の匂いにまたもデジャヴを感じながら階段をのぼり、四階にたどりつく。大講義室1と書いてある部屋の扉は閉まっていた。
見た目通り重たい金属の扉を押し開ける。中には誰もいなかった。電気は点いていたがカーテンは閉まっていて、少し怪しげな雰囲気だ。整然と並べられたたくさんの机と椅子を眺めていたら、なんだかこの秩序を乱すことがはばかられてきて、壁に寄りかかって待っていた。
数分もせずにまた扉が開き、男子生徒と女子生徒が一人ずつ入ってきた。
「やあ、田井中君でしょ」
男子生徒のほうがそう言って声をかけてきた。縁の細い眼鏡をかけた、真面目そうな感じだった。
「そうだよ、二人も東雲に呼ばれたの?」と尋ねると、女子生徒のほうが自分は付き添いだと言った。小柄だが気の強そうな彼女は何だかしきりにあたりを見回している。男子生徒の方は富永、女子生徒の方は酒井と名乗った。
何か話そうかと考えていると、次第に人が集まってきた。オレのように一人で来ている者は少なく、大抵はみんな二、三人で来ていた。
皆、何も話さなかった。どうやら誰も顔見知りではないらしい。
新クラスとか、席替え直後とか、そういうときは積極的に自分から話に行くほうだったが、なんだか空気の重さに耐えかねて、一言も発することができなかった。
待ち合わせの時間を二分ほど過ぎたころだった。
「おい、逃げたほうがよさそうだぞ」
誰かがよく通る声でそう言った。声の持主はカーテンを掴み、窓の向こう側を指さした。
みんな西側の窓のほうに駆け寄る。倣って目をやると、住宅街の間をごそごそと動く何かが見えた。何かグレーの布のようなものを被った物体。よく見れば、それはすぐ近くにもたくさんいた。
もう誰の眼にも明らかだった。それはローブを被った人間たちだった。夜の闇に同化していて気が付くのが遅れたのだろう。
目の前で起こっていることを脳が理解する前に、今度は富永が大きな声を出した。
「まずいっ。爆弾だっ」
――机の下に仕掛けられていたらしい。
――やっぱりかよ。
――早く外に出ろっ。
そんな言葉たちが、広々とした講義室を跳ねまわる。王たちは一斉にドアに向かって駆けだす。
まずい。オレの頭の中では、富永の言葉だけが反芻していた。あとはまだ声は音のままで、脳が情報として処理できていなかった。ただ「まずい」ことが起こったということだけはわかったから、みんなと一緒になって走り出した。
直後、光と音と衝撃とが拡散し、オレたちの背中に襲い掛かった。




