31話 東雲編13 聖歌と隷属のヘルタースケルター5
「ねえ、勝ったよ。河合さん」
私は河合の亡骸の元へ、近づく。しかしすぐ近くから、複数の足音が聞こえてきた。
咄嗟に剣を構えたが、現れたのは仲間たちだった。
「東雲、河合と北原は?」
見覚えのある男子に、尋ねられた。誰だっただろうか。見覚えはあるが、どうしても名前が思い出せなかった。
仕方なく私は、
「間に合わなかった」
と最低限のことだけを伝え、光の粒になろうとしている遺体を指し示す。
仲間たちは倒れこむように亡骸のそばへ駆け寄った。そして皆、口々にお別れを告げた。
悲しみとか、後悔とか、感謝とか、決意とか。どの言葉も月並みで、使い古された言葉に過ぎなかったが、彼らの顔は形容しがたいほどの悲しみに満ちていた。
私も、何か言うべきかもしれない。こんな後ろの方で、ただ眺めているんじゃなくて。でも、なんだか心が空っぽで、何の感情も湧き上がってこなかった。
手持無沙汰になった私は、岡島の死体に近づいた。周りには誰もいない、寂しい死体だ。だが私も、別に彼に用があるわけではない。少なくとも、フローリングの上に転がる岡島の首には用がなかった。
私は彼の胴体に近づき、その指輪を抜き取った。手に入れたのは「草薙の指輪」という名のSランクの指輪だった。河合の予想通り、武器を横に薙ぎ払うとき、斬撃のリーチが伸びるという特殊能力があった。
この戦いの報酬がこれなのかと何となく眺めていると、いつの間にか、遺体は一つ残らずなくなっている。泣きじゃくっていた彼らも立ち上がり、私のほうへやってきた。
「東雲、これからオレたち、お前にちゃんとついていくから」
「ごめんな、オレたちがもっと早く、東雲のこと信頼して戦ってたら……」
「私たち、これからは河合たちのぶんまで、東雲さんのために戦うから」
ああ、大丈夫だ。
私は彼らの言葉で、ようやく確信することができた。
やっぱり、こいつらの言葉は全然私には響かない。やっぱり私は、変わってなんかいなかった。
やっぱり私は、河合の死を利用するために走っただけだったのだ。
私の心は、すっと本来の色を取り戻した。黒い絵の具が水入れに溶けていくときのように、すっと色が付いていく。
カチリカチリと時計の音がする。
世界が色を取り戻した。世界がまた、動き出した。
――期待するから裏切られる。信じるから裏切られる。希望など、持たなければいい。自分だけを信じていれば、裏切られたりなんかしない。
――そうすれば、傷つくことなんかなくなる。
河合が死んだ。
都合よく、北原も死んだ。
国民たちも、私を王と認めた。
私に、仲間は要らない。私に、友達は要らない。
利用できる駒は利用する。できない駒は切り捨てる。それだけだ。
父と母は、私が「立派な人間」として相応しくない行動をとると、尋常ではないほど私を叱った。私の心は、「立派な人間」という枠の中に収まるように、綺麗に角を削られていった。
今、父と母はここにはいない。
私は私を叱り、自分ひとりで「立派な人間」を目指さなくてはならない。
そう、私は私だけで完結し、完成している必要があるのだ。一切の歪みがない、完璧な私だけが、私の目指すただ一つの理想なのだ。
程なく、私の最初の目標は達成された。
サッカー部のキャプテンが率いる大国から、合併の申し出があったのだ。破格の待遇とは言わないまでも、それなりに良い扱いで東雲たちを受け入れたいと腕時計に届いたメールには書いてあった。奴らの国は三十人以上の生徒がいる大所帯だ。合併すれば、ちょうどマックスの五十人に近い勢力となる。願ってもない話だ。
私は迷わずその要求を聞き入れた。国民たちは誰も、私の意見に反対などしなかった。
こうして私の人生は順調すぎるほど順調に進んでいた。
次の問題は、合併した後のことだった。




