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3話 朽木編3 始点と終点のディストラクション2

 

 チームの人数は十人まで、今から十五分以内に決めなければならない。その二つだけが今のところ与えられた枠組みだが、そのチームで殺し合いをするというのだ。みんな焦るのも無理はない。

 僕も特にあてはなかったが、他の生徒たちと同様に、体育館の中を歩き回った。

 普段から、授業などで「好きな人と二人一組になって」とか「誰とでもいいからペアつくれ」とかいう先生の指示をされたときはいつも困っていた。誰かから声をかけてもらえば誰とでも喜んでペアになっていたが、そういうことはあまりなく、大抵は最後までペアを作ることができず、あぶれている。そして余ったもの同士でペアを組んだり、先生とペアになったりするのだ。

 強がるわけではないが、体育の相手や英語の発音の相手なんて、誰とやっても変わらないから、別にそれで構わなかった。

 だが、今回は違うのだ。

 何だかよくわからないが「命がけ」なのだ。面倒臭いことは避けるといういつものスタンスを貫くと、あっという間に死んでしまうかもしれない。

 僕は他の生徒たちの必死な形相や、友達の名を大声で叫んだりする姿を見て、嫌でも自分がハンデを背負っていることを実感し始めていた。

 走り回る人とぶつかりそうになりながら、ぶらぶらとあてもなく体育館を歩いていると、誰かに呼び止められたような気がして足を止めた。

 ゆっくり辺りを見回すと、見覚えのある顔を見つけた。

 同じクラスの男子生徒だった。仲が良いというわけではなく、どちらかというと他人以上知り合い未満という感じだったが、僕にとっては数少ない顔見知りだ。今回の修学旅行でも、班決めで余りそうになっていた自分を迎えてくれたのも、そういえば彼だった。

「朽木、一緒にチーム組まない?」

 先手必勝とばかりに、彼は明るい声で切り出した。

 周りには同じクラスの男子が数人いた。皆、クラスで目立つタイプではなく、どちらかというと暗い雰囲気の眼鏡の奴が多い。歓迎されているかはわからなかったが、少なくとも居心地は悪くなさそうだと判断した。

「うん、よかったら入れてほしいんだけど、いい?」

 僕は精いっぱいの愛想の良さそうな声を出す。自分の猫撫で声というのは、聞いていて本当に死にたくなるが仕方ない。彼らは皆同じようにコクコクと頷いた。

 これで一先ずは独りぼっちを回避できた。一安心だ。僕が念のためチームの人数をひとりひとり数え、自分を入れて五人であることがわかったときだった。

「おっ、上林じゃん」

 頭の悪そうな大きな声がした。うちのクラスの中心メンバー、つまり文化祭実行委員とかをやっている運動部の奴らが現れた。三人組だ。

「なあ、俺たち三人なんだけど、入れてくんね? 今何人?」

「うん、まだ五人だから、全然いいよ」

 彼らをチームに入れるという形式的な合意をすることが上林君の、リーダーとしての最後の仕事だった。後からやってきた三人組に、チームの雰囲気は完全に支配された。

 これは厄介なことになりそうだと舌打ちを打ちたいのを堪えていると、「あ、あれ、うちのクラスの男子じゃない?」というこれまた頭の悪そうな声がして、思わず小さな舌打ちがこぼれた。

 うちのクラスのこれまた派手なタイプの女子が二人やってきた。と、よくみると、その二人の後ろには春芽がいた。

 僕はすぐさま足し算をし、そのあと引き算をした。

「あっれ、アスカじゃん」

「よお、水上。うちらチーム決まってないんだ。入れてよ」

「もち。いいに決まってんじゃん」

 上林がちらっとあたりを見回すが何も言わない。まったく、それじゃあ数も数えられない水上君と変わらないぞ、と心の中で毒づいて、腕時計を確認する。残り時間はあと五分もなかった。

「え、まって、でも、俺たち今、八人だから、三人入ったら十一人になっちゃうよ」

 端の方にいた、ひょろひょろとした眼鏡の男子生徒がやたらと高い声で言った。同じクラスのはずだが名前は思い出せなかった。きっと根本君とか根岸君とかそのあたりだ。

 一瞬だけ気温が氷点下まで下がったような気がする。誰もが、目でお互いの顔を見ている。僕はその視線が自分に集まりきる直前に右足を軽く後ろに引いた。

「僕、抜けるからいいよ。それで十人ぴったりでしょ」

 それだけ言って、誰かと目が合うよりも早く身体を翻し、その輪から立ち去った。

 ――もう大概の人はチームをつくっているだろうが、一人くらいなら入れてくるだろう。余った者同士の寄せ集めチームを組むこともできるかもしれない。最悪、一人ぼっちになってしまってもいい。あそこにいるよりはずっとマシだ。

 そうやって自分の行動をどうにか正当化しながら、急いでチームの元を離れた。とりあえず、人の少ない落ち着けるところにいこうと思って、人混みを縫って体育館の壁をめざす。端までたどり着くと、すぐに体をひねり、冷えた壁に背中を押し付ける。

 反対側の、窓の外が見えた。雲が少しだけ出ているが、夜の暗い青がよく見える。良い夜だと思った。

 うごめく人たちに目をやらないよう視線を上げていると、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。

 普通ではないことが起こっていることはわかっていたが、特段、不思議なことが起こっているわけでもない。

 物語の中の出来事のように非現実的で、つまらない日常を終わらせてくれる、そんなワクワクするストーリーを期待していたのに、結局はこれも現実に過ぎなかった。どこにいたって周りにいるのは人間で、人間がまわりにいる以上、面倒事は避けられない。人間がそこに存在する限り、非現実なんてありえない。早々に甘い期待は捨てるべきだった。

「朽木君」

 優しい声が、僕を現実に連れ戻した。すぐ近くに、春芽が立っていた。

「どっ、どうしたの。春芽さん」

「だって朽木君が一人で行っちゃったから」

 普段の僕ならあざといと鼻で笑うセリフも、春芽が無邪気な笑顔を浮かべて言うと、手放しで喜びたくなった。

「ね、一緒に入れてくれるところ探しに行こうよ」

 ほら、早く。そう言って彼女は僕の手を引いた。

 踏み出す足に合わせて、鼓動がスッと早くなる。僕はそれを堪らなく心地良く感じた。春芽と手を繋いでいたのはきっと一分にも満たない時間だったはずだが、それは永遠にも等しい時間だった。

「チームが完成し、これ以上受け入れる気がないというところはその場に座るように」というアナウンスがマイクを通って流れ、体育館のあちこちに人の島ができた。まだ十人に満たないチームもたくさんあり、一人プカプカと海を漂う者も少なくなかった。

「まなー」

 誰かが大きな声を出した。それが春芽の名前だと気が付くまでに少しかかった。

 春芽と声のするほうへ歩いていくと、男女四人のチームがいた。呼んだのは、その中の、髪の長い女子生徒らしかった。

「まな、決まってないならうちのとこ入らない? うちら四人だけなんだ。そっちの人も一緒に。いいよね?」

「お、いいよいいよ。ちょっとでも人数多い方が安心だし」

 スポーツ刈りのいたずら小僧みたいな顔をした男子生徒が明るく同意した。

 どのグループに入るかなんてことは、もう今すぐ死んでも悔いはないと思っていた僕にとっては、心底どうでもいいことだった。それよりも春芽の名前が「まな」ということのほうが重要だった。

「朽木君、ここに入れてもらわない?」

「うん、いいよ。もちろん」

 春芽がいるグループならどこだって構わなかった。彼女に頼まれたなら悪魔との契約書さえ迷わずサインしてしまっただろう。

「私、春芽愛っていいます。みなさんよろしくお願いします」

「朽木周です、よろしくお願いします」

 二人で挨拶をして輪に加わった。体育館はもうすっかり人の熱気で暖まり、熱いほどだった。時計は時間が無くなったことを告げ、司会進行を務めていた髭の男がまた話し出した。

「さて、みんな、チームは組めたかな。とりあえず、全員その場に座ってくれ。なに、心配しなくてもいい。チームを組めていなくても大丈夫だからね」

 その後、男の説明を受けながら、生徒たちは国王と国民の登録を行った。

 うちの国の王には、元気が有り余っていそうなスポーツ刈りの男子生徒がなることになった。自分からやりたいと言い、誰も反対する人がいなかったのだ。学級委員を決めるんじゃないんだから、そんなテキトーでいいのかと思わないでもなかったが、それもどうでもいいことだった。

 国民は国王以外の五人。春芽と朽木の他の国民は、女子生徒が二人に男子生徒が一人。女子生徒は春芽の友人らしき長髪の女子生徒と、気の小さそうな小柄な女の子。もう一人の男子生徒は細身で身長の高い、優しそうな青年だった。少し猫背で口数が少ないところに自分と同じ匂いを感じ、好感が持てた。

「さて、じゃあ細かい説明は腕時計を見てくれ。あまりダラダラ話すのは趣味じゃないんだ。最後に一つだけ確認だ。三十日経っても一つの国になっていなかったら君たちは皆殺しだ。生き残れるのは一つの国だけ。つまり、最大五十人までだ。せいぜい策をめぐらし知恵を絞り、力の限り戦ってくれたまえ。ではみんな、拳闘を祈っている」

 男がニヤリと笑って指を鳴らす。

 いきなり視界がゼロになり、身体の感覚が一切なくなる。ふっと地面が抜け落ちたように足が宙を掻き、まるで海を漂っているかのような、そんな不安感だけが僕らを冷たく包み込んだ。


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