22話 東雲編6 因果と応報のファンタズム
八日目
一人、面倒なやつがいた。
名前は、河合翔子という。
明るい茶色のショートヘアに、くりりとした大きな瞳。ぽつんと小さな鼻と口が幼さを感じさせるその見た目とよくマッチした、明るく快活な性格をした彼女。
その彼女を、私は殺すことにした。
最初のきっかけ。というかはじまりは、二日前のことだった。
二日前、私の国は河合翔子が国王を務める国を合併した。
理由は至極簡単で、向こうから合併の申し出があったのだ。国民が五人しかいない弱小国家だったから、きっと数の暴力に晒される前に弱い者同士くっつこうと考えたのだろう。
私が国王の座に収まるという条件であれば別に構わないと伝えたところ、向こうはそれをすんなりと受け入れ、つつがなく二国の合併話は進んだ。
だが、そのあとはそうすんなりとはいかなかった。
まず、第一に彼女はよくわからない信念を持っていた。
「えぇー、いつも言っていますが、こうなった以上誰かを恨んだりしたって仕方ないんだから、みんなでなんとしてでも生き残ろうっ。それで、私たちの修学旅行を台無しにしたやつらをぶん殴ろうっ。以上です」
合併の際、それぞれの国の元国王が一言コメントをするというとき、河合はそんなことを言った。
このタイミングで、私が彼女を見限ったことは言うまでもない。この国はよくこんな調子でここまで生き残れたものだなと、腹の底からバカにしていた。
しかし、その皮肉たっぷりな問いかけの答えはすぐに与えられた。河合の面倒なところの二つ目に、その戦闘能力の高さがあったのだ。
彼女は私がこれまで出会った女子生徒の中で、とびぬけて優れた戦闘技術を持っていた。
男子生徒と見比べても遜色のない、それどころか、男子生徒よりも頭一つ抜けた戦闘能力は、どうしたって特別だった。国王として担ぎ上げられ頼りにされるのも当然で、おまけに彼女は明るく気さくなタチなので、周りからの信頼はいよいよ大きい。
論理的に考えるとどこかおかしいことでも、彼女が言うと、なんだか正しく聞こえてしまう。彼女が吐くアホみたいに明るいセリフは、深いところで真理をついている。
そんな空気が、仲間たちの中では広がっていた。
彼女の能力の高さ。カリスマ性。これが私の中で、殺意が芽生えたきっかけだ。しかし、もちろんその程度では厄介な相手だというくらいにしか思わないし、計画を練ろうという段階にもいかない。
二段階目。近いうちに排除すべきだと感じたのは、昨日の作戦会議のことだった。
彼女の、自分の都合のいい方へと大きな流れをつくり、周りを巻き込み、あたかもそれが自然の摂理だと思わせる力。空気を支配する、カリスマ性とも呼ぶべき彼女のその力によって、私の作戦は歪められた。
今度、戦争をすることになったのは、そもそも相手から併合を求められたのが始まりだった。
相手は岡島という男子生徒が王を務める国で、四十人近くの国民を有する一大勢力だ。
現在の状況では、十分トップファイブに食い込む勢力。たとえ向こうの軍門に下る形になろうとも、こちらにとって合併は悪い話ではない。
それがどうして戦争をしなくてはならないことになってしまったかというと、それも河合のせいだった。
今回の合併には一つだけ、こちらの国が現在ぜんぶで十五人のため、定員オーバーになってしまう、という問題点があった。「こちらは全員で十五人だが、そちらの人数とあわせると定員の五十人を超えてしまう。どうするおつもりですか」と尋ねたところ、そちらの国で模擬戦闘でもやって、使えない奴を見定めて、こちらに合併しない数人を選んでくれればいい、と返事が来た。
これに、河合が噛みついた。
――仲間同士で戦って、弱いやつを切り捨てろなんていう奴らと手を組むなんて、死んでも御免だよ、と。
いつもの愛想笑いが染みついたにやけ顔に、珍しく怒りを滲ませ、河合は言った。
途端に空気は変わる。彼女に呼応して、元々河合と同じ国に属していた一派と、模擬戦などやろうものなら真っ先に負けそうな輩が、戦争ムード一色になった。
私としては合併して日の浅い河合たち一行など仲間とは思っていなかったし、こんな美味い話を断ってしまうのはもったいなかった。
河合についていって独立するか、私についていって合併をするか。そのどちらかを選んで、国を二つに分けてしまえばそれで問題は解決だろう。
もちろん河合の言うことにも一理あり、こちらを完全に見下している輩と合併しても、そのあとの出世は難しいかもしれない。
でも、こんな分の悪い戦争をする理由には足りない。
一時の感情で勝ち目がない戦いにいきなり挑んですべてを失うだなんて、そんなものプライドでもなんでもない。私には生き残るためなら何でもする覚悟があったのだ。
私は河合の説得をすることにした。河合はアホだが、馬鹿ではないと期待していたのだ。
二人きりで話せば、どうとでも落とせると。




