11話 田井中編2 逃避と夢想のディストーション2
けれど、ついにその時は来てしまった。
この国に来て三日目の夕方。
笹山たち男子バレー部を中心とする大国が合併を求めてきたのだ。
拒めば、問答無用で戦争だという。合併に付して突き付けられた条件は、オレたちの持つすべての指輪を渡すことと、彼らの国と合併し彼らの階級制に属することの二つだった。
なんでも笹山たちの国では、能力や働き、国王の独断などによって国民が階級に分けられていて待遇がかなり人によって異なるらしい。
国が大きくなれば毎日支給される金銭は多くなり領土も広いはずだが、なんでも、彼らの国ではそれを均等に配分してはいないのだそうだ。
階級の低い国民の待遇は最悪で、彼らの金銭を奪い、嗜好品の類は一切与えられず、狭い寝床にすし詰め状態にさせているらしい。
オレはそんな国に、ぜったいに仲間たちを渡すわけにはいかなかった。
だが笹山に対し、腕時計を使って再三話し合いを求めても返答がなかった。そして、使者として直接笹山たちの元へと向かった仲間の二人、向井と下川とは連絡がつかなくなっていた。
「あいつらに殺されたに違いない。仇を討つべきだ」
それがみんなの意見だった。
笹山たちの国については、そこから逃げ出してきたという者たちが流した悪い噂がいくつも広まっていた。「あんな国に入ったらどんなひどい目に合うかわからない」。「条件など飲めるはずもない」、という意見が強く、戦って死んだ方がマシだとみんなは口々に言った。
死んだほうがマシなことなんてあるわけがないと内心では思っていたが、「田井中井以外の王様なんて考えられない」と言われると、どうしたらいいかわからなかった。
もし行方不明の仲間二人が捕らえられているなら救出すべきだ、という意見も無視することはできない。自分の軽率な判断で、二人が傷つけられ捕らえられているのかもしれないのだ。
だがしかし、またしても自分の判断で、多くの人が傷つくことになるかもしれない。死んでしまうかもしれない。そう思うと、胸が張り裂けそうだった。
同じ野球部で仲の良い、牧野、坂下、山中にも相談したが彼らも戦うしかないという意見だった。
「話し合いでどうにかならないか? おかしいだろ、殺し合いなんて。警察が来るのを待つべきだと思うんだ」
オレがそう言うと、三人とも目の色が変わった。牧野が真っ先に怒鳴り声を上げた。
「おかしいのはお前だ。なんで仲間が殺されてそんな甘いことが言えるんだよっ。警察が来るのを待って全員殺されましたって言うのかよ」
「俺も、田井中の意見には反対だ。このままじゃつけこまれるぞ。笹山たちも、俺たちの国がまだ一回もまともに戦ったことがないってことに気が付いて、あんな無茶な条件で合併するように求めてきたんだろうし」
「話し合いでどうにもならなかったから力でケリつけるんだろ。誰だって殺し合いなんかしたくないに決まってるさ。でも田井中、他に解決策が思いつくのか?」
坂下の意見はとても論理的だった。
山中の言うことはもっともだった。他に解決策なんて何も思いつかなかった。
オレはもう、何も言い返すことができなかった。最後まで戦争という解決手段を取ることを躊躇していたが、結局仲間たちに押し切られる形で話はまとまった。
明日、笹山たちの国と戦うことが決まった。
どうしても寝付けなかったオレは部屋を出た。
ギシギシと音を立てる階段を降りて二階に向かう。現在、領土としている雑居ビルは少し年季が入っていてぼろかったが、なんだか居心地がよくてオレは気に入っていた。
二階には何かのオフィスがあったらしく、デスクがいくつかと給湯室がある。コンロに冷蔵庫があり、ここをキッチンとリビングとして使い、上の階を寝室としていた。
キッチンでココアを二つ入れて、階段を上る。両手に持ったマグカップを落とさないように足で扉を開けた。ぎいぎいと軋む扉の向こうには、丸いお月様が昇っていた。
その月の下に一人の女の子がいた。
「眠れないの、王様?」
おどけた調子で声を掛けてきたのは十六組の加藤麻衣だった。今日の屋上の見張り当番は彼女だったか。
加藤は目がクリッとしていてポニーテールの良く似合う、明るいヤツだ。オレとは体育祭の実行委員で知り合って、気が合って、それからも時々話をする仲だった。
「うん、なんか、緊張しちゃってさ。ココア飲む?」
「うん、ありがと」
ぼーっと夜空に浮かぶ月を見上げながら、二人で柵にもたれかかってココアを飲んだ。
「試合前とかと似た感じ?」
「ううん、今は胸が躍るっていうんじゃなくて。なんていうか、胸が張り裂けそうな気持ち」
「そうだよね。明日、死んじゃうかもしれないんだもんね」
加藤は気を遣ったらしく明るく言ったが、その言葉自体が持つ暗い響きは薄まらなかった。
「うん。……それに、誰かを殺さなくちゃならないかもしれない」
口にしてからしまったと思い、窺うように加藤のほうを見た。加藤はそっとマグカップに口を付けていた。
「……私はさ、友達を見つけたいんだ。めぐでしょ、ともみでしょ、あいこでしょ。他にもたくさん、死んでほしくない友達がいるんだ。でも、それって私だけじゃないんだよね。誰にでも死んで欲しくない友達がいて、みんな誰かに大事に思われてるんだよね」
「でも、殺し合わなきゃいけないんだよね」
少し間を置いてから、加藤はそう続けた。
きっと彼女はもう、覚悟ができているのだろう。オレは彼女のさっぱりとした性格に憧れると同時に、少し妬ましくも思った。
頭上には、美しい月が遠く輝いている。満月に見えたが、よく見るとそれは少し欠けていた。でもその月はやっぱり綺麗で、いつもの見慣れたお月様だった。オレはなんだか次第に、こんな世界で月が綺麗に輝いているのはおかしいような気がしてきた。
加藤はマグカップを傾けて、一気にココアを飲み干した。
「ごめんね。私、力になれなくて」
「ううん、ありがとう。もう眠れそうだよ」
にっこりと笑って、彼女のカップを受け取った。
「ありがと」という言葉に「ううん、おつかれ」と返し、一人階段を降りた。
ベッドに入ったがやはり、眠気は湧いてこなかった。
――同級生と殺し合いをしなければならない。友達が死ぬかもしれない。
オレはどうしても、その現実を受け入れることができなかった。
これが悪い夢なら、今すぐ覚めてくれないかと本気で思っていた。
いつまでも眠れないのは、たぶん、そのせいだろう。




