10話 田井中編1 逃避と夢想のディストーション
四日目
「なんでオレは、こんなこところにいるんだろうな」
その独り言は、こんな状況に自分を追い込んだ誰かへ向けた言葉だった。
暗い部屋。慣れないベット。慣れない枕。知らない匂い。知らない街。
何もかもが自分の「いつも」とは違った。
ベッドの上に座り、掌で顔を覆った。
寝つきが悪いのはここに来てからずっとだったが、今日のは格別だ。眠気なんて、微塵も湧いてこない。頭の中は、明日のことでいっぱいだった。
オレは初め、クラスの友だちと一緒に、上限いっぱいの十人の国をつくった。
そしてオレは、国王をやってくれと頼まれ、それを引き受けた。
正直役不足だと思ってあまり気乗りはしなかったけれど、頼まれると断れないタチだった。それに、体育祭実行委員とか、四番とか、エースとか、そういうのはこれまでやってきて、それなりに上手くやってきたつもりだ。だからいつも通りの自分で、いつものようにしていれば、理解不能なこの状況も乗り越えていけるんじゃないかと思ったのだ。
しかし、オレはオレに期待をしすぎていた。
オレの力が通じるのは、所詮、平和な世界での話だったのだ。
一生の思い出になるはずの、高校の修学旅行。その道中で、いきなりバーチャル空間に連れてこられて殺し合いをしろなんて、普通の人間ならどう考えても理解できないない。少なくともオレは、この状況に心が追いついていなかった。そしてそれはみんなも同じだろうと、オレは思っていた。殺し合いなんて、しないだろうと。
しかし、そうではない人はたくさんいた。
この状況を受け入れたいくつかの国が、他の国に一方的な攻撃を仕掛けたのをきっかけに、二日目にはすでにあちこちで戦いが起こっていた。
当然、オレたちの国にもいくつかの国が攻めてきた。
それを、なんとかここまでは、平和的に解決することができていた。
オレたちの国の奴はみんな元々知り合いが多い方で、どうにか話し合いに持ち込んで、円満に話を収めることができたのだ。
とにかく笑顔を浮かべ、「おっ、お前、十組の三野だろ。俺、十七組の田井中だよ。体育祭んときにバスケしたよな。なあそんな物騒なもん仕舞って、ちょっと話ししようぜ」。なんていう調子で武器を構えることの野蛮さをそっと思い出させて。お茶とお菓子を用意した話し合いのテーブルにつかせて。そうやって、どうにか敵を味方に変えていった。
――殺し合いなんてしないで、みんなで元の世界に帰る方法を探る。
それがオレたちの国の方針だった。平和主義を基本として掲げ、みんなもそれについてきてくれていた。他の国と何度か合併を繰り返し、今では三十人を超える大所帯になっていた。
――戦わずに済む方法が、どこかにあるはず。手を取り合って生きていける。
オレたちはその理想を証明しようとしていた。
実際、衣食住はどんな仕組みかわからないが完全に保証されている。朝起きれば昨晩空だった冷蔵庫の中に食材が満杯まで詰め込まれているし、汚れだって掃除をしたり風呂に入ったりせずとも毎日十二時には自動で綺麗になる。電気やガスや水だって困らない。嗜好品はお金を払って腕時計の通販から買わなければならないが、そのお金だって毎日支給される。小遣いみたいに少ない額だが、コツコツ溜めれば好きなものも買えるだろう。
ただ生きていくだけなら、なんの不自由もない生活だ。
もちろん、補足ルールとして書いてある「四十日まで一つの国にまとまらなければ全員殺される」というルールを鵜呑みにする人は争いを起こすのかもしれないが、わざわざこれだけの手間をかけてまで多くの生徒を誘拐しておいて、皆殺しにするはずがない。
「この事件の黒幕の目的は、オレたちに間殺し合いをさせることだ。不安を煽り、暴力性を解放させようとしてる。だから乗せられちゃいけない。最後まで抗わなきゃいけない」
オレたちはそう繰り返し、声を掛けあってきた。単に青臭い理想を語っていただけのつもりはなく、冷静に大局を見ているつもりだった。
そう、本当に正しいのはオレたちで、間違っているのは武器を取らずにはいられない弱い人たちで。戦わないこそが戦いだと、心から信じていた。




