5-1. 知らなくていいこと
おれの両親は共働きだった。
父親は東京に単身赴任中。母親は始発電車で出勤。だから朝飯はいつもひとりで食べていた。
いそがしいだろうに、何品もある和食がちゃんと用意されていた。今日も冷蔵庫を開ければ、器に盛ったごま和えと卵焼きと魚の塩焼き。おれだってちょっとした料理はできるようになったけど、見栄えまで考えた細やかな作業は無理だ。言い訳になるがそれよりやるべき仕事があった。
確かに今これを出されたら、ワナだとしても逃げられないな。
最後の悪あがきとして、物置と化している父親の部屋から小型ラジオを借りてくる。記憶がパクられても簡単には再現できないはずだ、おれはラジオなんてほとんど聴いたことが無いから。
なぜか公共放送の位置だけマークしてあるので、そこを目がけてゆっくりとダイヤルを回す。
「……」
音量を上げ忘れていた。
流れてきた音声に一瞬耳がついていかず身構えてしまったが、日本語だ、間違いなく日本語をしゃべっている。ネットで番組表を調べると内容もそれっぽい。もちろん初めて聴く番組だ。
これ以上、心配のしようがない。
やれるだけのことはやった。
この夢の中で死んだとしても、悔いは無い。
いただきます。
普通においしかった。
いや、正直に言おう。
こんなにおいしいものが世の中にあるとは。
不意に舌がおかしくなって、視界がぼんやりしてきた。頭も熱い。やっぱり毒か。
目やら鼻やらから水があふれて止まらない。おれは脱水で死ぬのか。
その時、まだ無事だった耳が「臨時ニュース」の音を拾った。首都圏で地震があったらしい。震源地は不明だそうだ。
すっと頭が冷えた。意識もはっきりしている。
これは認めるしかないだろう。
おれは12歳からの人生をまたやり直すはめになった。今までたどった道のりを、この小さな体に全て刻んだまま。
一方の話で切りが悪い時は連番を付けます。




