7-2.
「さっきの奴、まだうろついてやがる」
「長が追い返したんだろう?放っておきなよ」
農夫達の営みは、日毎夜毎に繰り返される。
無駄な刻など存在しない。
昨日より今日、今日より明日、全ての業は報われよう。
「だけんど、話通じてたんかあれ?妙な格好だったしよ」
「気味悪いよな。どっから湧いてきたんだか」
土を耕す、種を蒔く、草を刈る。
所作の一つ一つが、一度毎に研ぎ澄まされ、やがて不可逆の変化を齎す。
それは身体に刻まれる、その者だけの生きた証。
「ま、おれらには何の関りもねえこっだな」
変わるものは変わらぬもの。
幾星霜のあえかなる営みよ、絶ゆる事勿れ。
中空の一点を見つめ覚束無い歩みを進める少年の異人に注がれる眼差しは、如何なる類であったにせよ、彼と同じ年頃かより幼いものに限られた。界隈を抜けるまでに、それらの眼差しも一つまた一つと逸れていく。
穏やかな日射しといえど、間断無く曝され続ければ着実に体力を奪われる。ここに至って漸く、彼は自らの認識に疑いを持ち始めていた。
脚が僅かに震えたかと思うと、顕わな両の膝が地面を打った。
「ふざけんなよ、おかしいだろ」
熱い頬を幾度も叩き、涸れる喉で叫声を上げ、それでも視界をちらつく銀の蝶に
「なんで、なんで消えねんだよ!!!」
虚ろな問いをぶつけるが、蝶は蝶である故返す言葉を持たない。ただ少年が歩みを止めたのと時を同じくして野の花に留まり、細工物の如く羽を開いては閉じ、閉じては開いていたが、己を掴もうと荒々しく突き出された手を逃れて高く舞い上がると、日輪の輝きに溶けて見えなくなった。
目が眩んだ少年は再び頭を垂れる。握り潰された花だけが掌に残った。
農夫達の仕事が一段落する頃。
「お願いします!!水をください!何か食わせてください!迷子なんです!!」
朝とは反対の方角から姿を見せた少年が取った行動は、彼の故郷においては最上級の謝意もしくは懇願を表す所作であり、言葉にも表情にも必死な様子が滲んでいたのだが、この地の住民にとっては警戒心を煽られる奇怪な振る舞いでしかない。瞬く間に辺りから人影は消えた。
例外は、墨色の服を着た女が一人。
生成りの布を目深に被り、ひりついた空気の中を恐る恐るといった体ではあったが、異様な仕草を繰り返す少年の前に走り出るとその腕を取って強引に立たせ、驚く暇も与えず彼女が出てきた建物に引っ張り込んでしまった。
程無くして一帯は、常のこの時間に相応しい弛緩した空気を取り戻した。
ここまで書き溜めでした。