主人公3人組の話し声は深夜の東京に響き、 【6月30日 未明】
「夜だよっ」前を歩くきせきが言う。
「夜だね」夏希が言う。
「夜だな」みことが言う。
どれくらい歩いただろうか。しかしきせきはまだ元気だ。こんな深夜でも、国道1号には沢山の車が往来していた。彼女達の横を大きな音を立てて通り過ぎて行く。風がふき、昼間の暑さの残る夜の空気をかき混ぜる。時々すれ違う人の多くが、そんな夜を行く中学生3人組を怪訝そうに見た。そんなものを気に留めることもなく、きせきは喋り続けていた。
「なんか全然、眠くないね!2人とも!」
「きせきちゃんは元気ですね。うちもう疲れた。眠い。」
「みことは?」
「眠くない」
「なっちゃんは体力がないなぁ?」振り返ったきせきが小馬鹿にする。夏希は小さく「うるさい」と言うだけで精一杯だ。こんな大量の荷物、持ってくる必要なかっただろうか、と肩にかけたボストンバッグに視線を向ける。きせきが立ち止まって言った。
「なっちゃん、そのカバン、なに入ってるの?」
面倒だ。疲れて頭が回らない。なにを入れたのか、自分でもよく覚えていない。思いついた物だけ挙げる。
「服とか…歯磨きとか…タオルとか…」
「仕方あるまいな、私が持ってやろう。みこと君、君も手伝いたまえ」きせきが高らかに、まるでどこかの国の王様のような口調で言った。
「わかった」というみことの声にも嫌気は感じられない。
「ありがと」夏希はバックをなかば落とすように置き、ぎこちない手つきでファスナーを開ける。前屈みの姿勢になる。途端、視界がぼやけ、地面が揺れた。身体は思うように動かず、夢を見ているような感覚になる。暗い。耐えられず、膝をまげて地面に着き、続けて手を着く。きせきの声がかすかに聞こえる、
「大丈夫?なっちゃん、なっちゃん!」
しばらくすると視界は戻り、自らのたてる荒い吐息だけが耳に響いた。大丈夫?繰り返すきせきの声は、しばらくしないと聞こえなかった。ゆっくりと立ち上がり、周りを見る。近くの自動販売機の前に、ベンチがあった。よろよろとした歩みで近づこうとする。きせきが「なっちゃんっ」と近づき、右腕を支える。夏希は無言で左腕を抱えた。何歩か歩み、ベンチにつき、座る。みことは早々に腕を離し、夏希が地面に置き去りにしたボストンバッグを持ってくる。ベンチの前にそれを置き、言った。
「重い」
「重かった」夏希が言った。きせきは立ち上がり、そばの自動販売機の前へ行き、夏希に問いかける。
「水でいい?」
夏希がうん、と呟くように言った時にはきせきはすでにボタンを押していた。きせきが水を渡すと、夏希は両手でそれを持ち、口へ運ぼうとする。
「ちょっとなっちゃん、キャップ!」ときせきが言い、夏希からペットボトルを取り上げると、キャップを開けてもう一度渡す。夏希はそれを半分ほど飲み、大きく息を吐いた。
夏希はようやく、自分を包んでいたふわふわしていたものが消えたような気がした。顔を上げる。
前に立つ見知らぬ女性と目が合う。
「お姉さん誰?」夏希が言うと同時に、左から
「おばさん誰?」というきせきの声が聞こえた。さっきから夏希の腕に組まれていたきせきの腕は、より強くなったが、夏希には、それが震えていることがわかった。