ーオブザーバーと世界への直接的介入についての話ー
物語における「世界」について、自分はほぼ例外なく目と耳に飛び込んできたそれに、ましてやその中に登場する人物に入り込む、つまり自分と重ね合わせることができない。
読書をしている時または映像を見ている時、自分はどこか空の上から主人公とその登場人物を俯瞰して見下ろしている感覚があるのだ。
それはまるで自分が神にでもなった様な表現であるが、それは違うとも同時に思う。神はそれを作り出すひと、つまり著者、作者、プロデューサー、監督その他諸々に他ならない。自分はその恐れ多い人達に感謝を込めて、物語を「傍観」しているオブザーバーである。
オブザーバーという言葉はよく出来ており、辞書には「会議等で、議決する権利はないが参加できる人。傍聴者。」と記されている。これこそが物語に対する自分の在り方なのだ。
物語に目を、耳を通して「参加」する。「読書」「視聴」は、見る人、聴く人「オブザーバー」が居て初めて成立するものなのである。
*
ある生物の職業は、先に述べた「オブザーバー」だった。否、厳密に言うとそれに近いものである。
職業としての名前はまだ見当たらない。強いて言えば「旅人」であろうか。そう、そうなのだ。今見当たった。旅人である!これからは旅人と名乗ろう。そして、自分を主人公とした物語を作ろう。
全身が高揚感に包まれている。早く旅をしたくて仕方がないので、冒頭はこの辺で締めさせて頂く。最後に決まり文句を描いておこう。
ようこそ!
*
「……」
黒髪で中途半端に長く、整った…悪く言えば個性のない顔、中途半端に高い身長をした少年が無言で立っていた。自分の足場すらあやふやな場所で、何を思うこともなくただ立っていた。
いつまでこうしているのだろう。彼は自分の冷静さに呆れつつも、現状を整理しようと必死に脳に血液を巡らせた。
そうだ、あの時自分は、深夜に軽食を取るためにリビングへ向かっていた。するとなんの冗談かは知らないが、
『ボン』
というような音だったと思う。何かしらの爆発音が響き、自室が半分消失していた。いや、焼失と言うべきか。どちらでも合っている。何が起きたのか、とりあえず逃げないとという思いで今にも崩れ落ちそうな自宅から抜け出した。
直後自宅が崩壊し、そこら中から家の残骸が降り注いだ。今まで生きてきた中で擬音として認識しているものが容赦なく鼓膜を揺さぶるのを感じながら、自分は何も出来ずただ頭を抱えて事態が収束するのを待つ。やがて、
『バン、ズドン』
という音を最後にピタリと何も聞こえなくなった。その代わり、右にも左にも動けない窮屈な状態になり家具などの残骸に挟まってしまったのだ。
右手と左足が完璧に固定され、左手は感覚がない。恐ろしい予感が脳裏をよぎり、そして今までの疲労を律儀に神経が伝達し…
今に至るのだ。正直、呼吸さえできているからようやく死んでいないということが分かるだけで、全く何も理解出来ない。ぼやけた頭の中で今までの出来事をたどたどしく思い出したあと、思いましたように
「あ」
と声を出してみた。声が出るということは頭部は無事だ。つまり、
「おおおおおおおおおおい!!!誰かいませんかああああああああ!!」
と、救助を求めることが出来るのである。ここに来て思い出したかのように
「だれかあああああああああ!!!!」「死んじゃううううう!!!」「助けてええええええ!!!!」
思いつく限りの救助を求める声を口から叫びまくり、返事らしい返事が返って来ないのが分かっていても叫び続けた。
痛い、苦しくはない、動けない、自分のほかに人はいないのか。
叫びながらも色々な事を考え、そしてやがて絶望的な現実を叩きつけられる。
つまり、①救助は無い ②動けない ③このままでは死ぬ(要因は思いつかないがとにかく死ぬ気がする)という現実。
やがて叫ぶ気力すら失い、光が一切見えない暗闇のなかで1人荒い息遣いのまま……
また、気を失った。
*
もはや瓦礫と海しかなくなった地球に、2人の生物が降り立った。
「これは…随分綺麗な世界だな。もう人間の反応も見られない」
最初に口を開いた長い黒髪を後頭部で縛り、色気のないジャージに身を包んだ高身長な女性が家の柱などを物色し始める。
「そう見たいですね、ここには私達の求める物は無さそうです。久しぶりに見た清潔な場所ですが、仕方がありませんね」
その言葉に、白髪の短髪で見た目は人間の12才ほど、同じようにジャージ姿の少年が続ける。
「清潔といっても、それは君人間が汚物と思っているからだろう。ま、仕方のないことだが」
「師匠以外の人間が汚物ってことは当たり前ですが、それ含めて清潔って意味です。前回の「世界」ではあまりにも目に余る所が…思い出したくもない」
「まあまずはここにいても仕方が無い。一応、資源になるようなものを探してみようか」
「了解しました。無いとは思いますが、資料にない物質があれば厳重に保管します」
「よろしく頼むよ。私はここでテントでも張っておく。何かあれば、すぐ私の所に戻ってくるんだよ」
「分かっています。では」
黒髪は瓦礫をどかし、白髪は彼女の元を離れ探索に出掛ける。2人は明らかに幾らか同じような事をした経験がある、つまり慣れているように見えた。
数時間後、黒髪の元に「師匠おおおお」とバキンズドンドガシャンと物騒な音が大声と共に訪れる。つまり、白髪が何か見つけて帰ってきたという事だ。
「やれやれ、奴にも常識はあるだろうから、成果の無かったルートを選んでいるだろうが…随分慌てて走るなぁ」
少し呆れながら彼女は地平線の先を眺める。そこには、
「たぶん人間です!!!!!なんか埋まってましたよおおおおおおお!!!」
と、驚愕という文字そのもののような顔をした白髪が、背中に1.7メートル程の恐らく人間を背中に載せながら突進してきていたのだった。
*
時は1時間ほど前に遡る。
家具と瓦礫に挟まれた少年は、荒い足音…というよりは、ブルドーザーかなにかが地面を抉りながら走ってくるような音を聴き、
「んん…?」
とおぼろげながら意識を復活させ、勅語に弾かれたように
「誰かいますかああああああああ!!!!助けてくださあああああい!!!」
久しぶりに叫び声をあげた。そこまで時間は経っていないはずなのだが、彼にとっては数週間経っているように感じていた。
自分が助かると思うと体力を無視した事が出来る、いわゆる火事場の馬鹿力を発揮し、出来る限りの声を絞り出す、するとブルドーザーの様な音が突如停止し、
「〇〇〇〇!?×××!!○×○〇!」
というよく分からない音が聞こえてきた。辛うじて、声だと認識できる。言い表すことは出来ないが、声のように感じた。
「〇〇〇…!××!!」
謎の声は、少なくとも自分の知る言語ではなかった。ジャングルの先住民にインタビューするような番組で、日本人の吹き替えの後ろで聴こえる言葉に似ているような気がした。
「ヘルプ!助けて!」
生憎日本語と少々の英語しか扱えないので、救助を意味する言葉を叫んでみる。すると、数分ゴトゴトと物音がした後、頭上に光が差し込み相変わらずよくわからない言語と共に小さな掌が差し込まれたのだった。
*
「ハッ…!」
黒髪の少年が目を覚まし上半身だけ起き上がると、目の前には彼と同じ黒髪だが髪の先を地面に付け、顔は端正で一般的に言うと美人であろう、ジャージ姿の女性がこちらを振り返り言った。
「おはよう。色々と混乱してるかもしれないが、落ち着いてくれ。そして、話をしようじゃないか」
今度は聞き慣れた日本語で、そして知性的な女性の声が少年の耳に届く。少年は安堵したのか、1度だけ大きく息を吐き出した。そして、
「助けてくださって、ありがとうございます。まず何が起きたかとか聞きたいことまみれなんですけど、それだけは」
存外冷静な少年の態度に、女性は片方の眉毛をぴくりと動かす。
「そのお礼なら彼に言ってくれ。私は何もしていないよ」
と、顎をしゃくって自分の後ろを態度で示すので、少年が焦って後ろを振り返ると、
「っ!?」
超至近距離で白髪の仏頂面が在った。少年はひとしきり驚いた後、「こ、こんにちわ…」とようやく声を絞り出した。
「礼を言われる程のことはしてねえよ。探索をしていたら君を見つけたって事だ。しっかし、自分の顔を見て驚かれるって、やだぱりあんまし気持ちいい事じゃねえなぁ」
白髪の不満気な表情から、まずは「あ、すいません…」と少年は素直に謝罪した。そして、そんなやり取りを見て喉の奥で笑う美女に振り向き、
「話……、聞かせてください」
そう、静かに切り出したのであった。
*
「いいとも。まずはどこから話そうか。君自身の事か、私達の事か。この世界の事か」
美女は静かに微笑みながら、少年に問いかける。少年は僅かに逡巡した後、
「『世界』について?なんでそんなにスケールの大きい話が…」
小首を傾げた。当たり前といえば当たり前だが、少年は自分が地震か何かの災害に巻き込まれたとしか思っていないのだ。理解した黒髪の美女は、
「そうだな、まずはそこから話そう。この世界に何が起きたかについて……。君にとってはとんでもない、突飛な話だと思うだろうが、私の語る言葉は真実だ。きっちり、受けとめて頂こう」
今までの微笑しているような顔を引っ込め、真面目な顔で切り出す。少年は、いよいよ不信感を募らせながら、耳を傾けた。
「簡単に言うと、この世界は滅んだ。生命と呼べるものは、君以外にはもういない。そして、もう数週間かな。この世界は崩壊する。」
「……」
ある程度の話は信じるつもりだったが、ここまで来るともう信じられなくなっていた。少年が狐につままれた顔をしていると、
「全て、真実だ。」
先程語った事と同じ事を静かに告げる。もはや会話の余地は無い。そう思い、テントの出口らしきものに向かった。そしてそこから這い出し、外の風景を眺めるとーーー。
「………」
この日何度目かの驚愕を顔に表し、「分かったかい?」と言う声が後ろの方で発されたのを聞きながら、見た。
彼の住んでいた東京、そこがもはや何処かわからないほどの壊滅状態になっていた。彼の住んでいた家も、嫌でも目に付いていた高層ビルも、全て、全て。瓦礫の山、いや、瓦礫の平原と化した、その惨状を。
「これで分かったかい?」振り向いたら半歩ほど前に近づいていた美女と目が合う。
「俺の、家族は?友達は?知人は?」現実逃避のように、震える喉から言葉を吐き出す。
「みんな、居ないよ。消えたのさ」
あまりにも冷静な声は、自分の淡い期待を打ち砕くのには充分だった。膝を落とし呆然とする少年に、今まで傍観を決め込んでいた白髪の少年が話しかける。
「分かったら尚更、俺達の話を聞かなきゃきけないんじゃねえのか。死んだような目、してんなよ」
憐憫を含んだ声色だった。少年は「……ごめんなさい」と小さな声でこれも今日何回目かの謝罪を口にし、目元をゴシゴシと乱暴に擦った。
「覚悟は出来たみたいだね。君は強いよ。では、話を続けようか。」
少年は、精一杯悲痛に暮れる顔を引っ込めて「はい」と小さく、確かに言ったのだった。
*
「さっき私が言った通り、この世界は滅んだ。そうなると滅ぼした者が誰であるかだが…私達にはわからない。調査もしていないし、する気もない」
色々と言いたいことがあるが、覚悟を決めたのだ、全て受け入れる。
「この世界について私達の知ることはこれで以上だ。次に私達について話そう。私達は、自らを旅人と称している…君と同じく、元いた世界が滅んだ者だ」
受け入れるとは言ったが、これはあまりにも衝撃的な内容だ。目を見開き、詳しい話を聞こうとすると、
「まずは君が諸々選択する為の情報が必要だと思う」
と制止させられた。間違ってはいないので、すごすごと続きを聞き入れることを決めた。
「私は…色々な方法を使って後ろにいる彼の崩壊前の世界に逃げ込んだ。そして、その世界の人々を救う為に研究に打ち込んだ。まあ、助けるのが可能だったのは後ろの彼だけだけどね」
「そして、私達は彼の世界が崩壊した後、崩壊の兆しが全く無い世界を目指して旅をしている。生憎、今まで数え切れない程旅をしたがその悲願は達成されていない」
つい少年が、「それは、どうしてですか」と早口で口を開く。無言であるのがいたたまれなくなったのか、純粋に疑問であったのかはわからない。
「行く先々の世界が、軒並み崩壊した後の世界、または確実に崩壊すると分かっている世界だからさ。君の世界も崩壊した後だったが…まさか生き残った生物がいるとはねえ」
納得し、少年はここまで素直に話を聞けている自分に静かに驚く。美女は手を1度だけ叩いて、「次だ、君についての話をしよう」と言った。
「君は、私達が今まで旅をして手に入れた異世界の治療器具で体調は完璧に改善している。まあ、最初からそこまで怪我は酷くなかったけど…」
そこで少年が、明らかな違和感を覚えた。その疑問は即座に口に出ており、これは受け入れる等の問題では無い。
「なら…なんで、自分は、生きているんですか?」
*
「それは君が、人間では無いからだよ」
一瞬、言葉がでなかった。自分が?地球で親も友人もいる、自分が、人間では無い?
「冗談で言ってるならそれ、笑えませんよ」
明らかな不快感を意識せずとも顔に出し、少年は美女に詰め寄る。今までのことは辛うじて合点がいっても、その点だけは譲れない。
「記憶は無いけど、きちんと親の、人間の、お腹から生まれてます。物心ついた時から、自分が人間かどうか疑ったことなどありません!」
声を荒げ、肩を上下させ怒りに震える少年を美女はちらりと見て、
「私にも、君は人間の様に見える。だが、私の持ち合わせた器具の人間用は君には作用しないんだ。それに、その事実を裏付ける証拠もある。君の後ろにいる彼も…人間では無いのさ。」
振り返ると、彼は嫌そうな目で「俺は人間って言葉を世界が崩壊するまで使ったことがねえよ」と同意する。しかし、少年の脳のキャパシティはとっくに限界を超えていた。
「俺が人間じゃなくて、世界は滅んで、人間は滅んで、異世界から人間と人間じゃない奴が来たってか……はは、笑えねえ、こんなに不快な夢は初めて」
「これは事実だぜ。夢じゃあない」
冷静な声で、人間じゃない奴が食い気味に反論する。だが、その声も………
「……」
「気絶したか、無理もない、まだ本調子でなかった可能性もある。」
少年には聞こえていなかった。彼はこれ以上の話を拒む様に、自分から会話をシャットアウトしてしまっていた。
*
目が覚めると、見慣れた自分の部屋の天井…なんてことにはならなかった。目の前に居るのは、相変わらずの人間と人間じゃない奴だった。
「起きたかい、少年。」と、静かな声を投げかけられ、ぼやけた意識を覚醒させる。
「私達の口から出る情報はこれまでだ。君の世界は滅び、君は生き残り、君は人間ではなく、私達はここに来た。さて、君は今後どうしたい?」
美女は少年を見据え、質問を投げかけた。その声色には、彼を気遣う気持ちの様なものが含まれており、少年は心を落ち着かせる。
なんとなく、分かっていた。目の前の美女が語る言葉、その全ては真実であると。
その全てを拒否し、1度は逃げた。考えるのを辞めた。だがそうしていても何も変わらない。少ない時間の中で少年は全てを決めていた。
「自分は…知りたい。まだ何も分かっていません。自分は本当に人間では無いのか、なぜ世界が滅んだのか。誰が世界を滅ぼしたのか。そして、あなたの名前は何なのか。
ーーー教えてください。一緒に、旅をさせてください。」
美女は目を数秒瞑り、少し考える仕草をした。そして、白髪の少年に向かい、「君はどう思う?」と聞いた。
白髪の少年は、「師匠が決めてください。俺は、それに従います。命の恩人ですからなんでも従います。そう、目の前のこいつを殺しても、自分が死んでもいいです」ととてつもなく物騒な事を後半に付け加えて言い切った。殺されるのは嫌なので自然と距離を空ける少年と、距離を空けられた少年の顔をアンは交互に見ながら、僅かに微笑しながら、コホンと咳払いした後言った。
「私の名前はアンテリ。アンと読んでくれて構わない。後ろの彼はシリウスだ。君の名前は?」
「自分は…、俺は、風野ミツキです。ーーーアンさん、何も知らないけど、これからよろしくお願いします。」
「君は少し硬すぎる節があるな。タメ口でいいんだよ。それにアンさんは辞めてくれ、アンでいいってば。ーーーよろしく、ミツキくん」
少年ミツキは、美女アンの照れたような笑みを間近で見て、少し赤くなりながら言った。
「うん、よろしく。アン!……あと、後ろの物騒な君も、よろしく」
「シリウスだ!名前を教えたんだからちゃんと覚えろ!」
人間と、人外と、自分が人間かどうかもわからない者。とりあえずはこの3人で。
旅が、始まった。