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部長会議事録

作者: ハルハル

この小説は文字数28000です。


あ、ちょっと待ってごめん!ブラウザバックしないで!


とりあえず読んでみよう。


うん、よくあるミステリー小説よりもよっぽど簡単だからお願いします。



部長会議事録



「じゃあ、今年度一学期前期の部長会を始めたいと思います。司会進行は学園依頼部部長の畠山岳斗が努めます」


 よろしくお願いしますという、声が方々から聞こえて、岳斗は席に着いた。

 今年から先輩が引退し、部長という座に就いた彼だが、他の部のような部長とは少し違ったプレッシャーが双肩にかかっていた。

 学園依頼部という異色の部活。その部活は多くのことを担い、こなさなければならない。部長会の司会もその一つだ。


 当の部長会といえば、席は空きに空いている。出席率30%というところか。この出席率はそのまま学園依頼部の部長としての信任投票の代わりになっている。3年生が多いこの部長会、2年生である彼はまだ未熟者の扱いを受けているのだろう。


 だが、彼は言う。それでいいと。


「学園依頼部の部長というだけで評価されたら俺が困る。俺自身の実力でこそ、評価を勝ち取る意味がある」彼が部長になったときに掲げた言葉。彼の自身の表れと言っておこうか。



 この高校では生徒の自主統制を重んじている。それは生徒会だけに終わらずに、各部の部長にも及んでいる。その最たるがこの部長会。部活所属率が95%を超えるこの学園で部活の長が議論をし、決定を下すことがあればそれは生徒全体の決定となる。

 この部長会から始まる、彼の物語。畠山岳斗が部長を務める学園依頼部の物語。



  学園依頼部



 部活棟三階に位置し、多彩な文化系部に隣接するのがこの学園依頼部。通称便利屋だ。俺はそこの20代目部長、畠山岳斗。16歳だ。

 部長会を終えて、部室にもどったところで俺のこれからの激務は変わることはない。それが学園依頼部の部長になることだった。

 二か月前。高校一年生の春休みのことだった。



「便利屋って言うのは、忍耐を言い換えたような部活なんだよ。がっ君」

「先輩…。忍耐って我慢のことでしょ。全然我慢するようなことしてないじゃないですか。 それと俺のことをがっ君って略さないでください」


 俺と先輩…、金城雅人は依頼人の女生徒とともに学校裏、部活棟裏の雑木林で猫を探していた。と言っても先輩は一人、大きな石の上で胡坐をかいていた。


 金城雅人とは19代目学園依頼部部長。俺より何倍も人望のある部長だった。

 彼が部長になった時も、俺のときのように低い出席率になることはなく、生徒たちの信頼も勝ち取っていた。


「ねぇ~、いました~?猫ぉ~」

「あぁ、いねぇよ。ほんとにそんな猫がいんのか?」


 俺と先輩から少し離れたところで、草むらからさっきの女生徒が立ち上がった。そしてガサガサと草むらを突き進み、緑から突き出た石の上に置いてある荷物から、スケッチブックらしきものを取り出した。


「こんな猫だよぉ~」


 そこに描かれた物体を見ると、三毛猫を指しているのだろうか、三色で描かれている。でも、猫に緑色はねぇ!そしてなんだこの足は。五本あんぞ!そして尻尾は?あるにはあるけど、見えやしねぇ。ぼやけまくりだ。そんで、影を描くな!黒く汚くなってるだけだから!


「お前、絵心ねぇよ。それかもしくは化け物が居るかどっちかだ」

「えぇ~!?ひどいよ、がっ君」

「お前までがっ君言うな!」


 草むらに仁王立ちしながら俺は叫んだ。

 長い間低い姿勢で探していたから腰がだいぶつらくなってきていた。それでもあの女生徒は変わらずに探し続けている。一方で変わらずにサボり続けている奴もいるが。

 三月の温かい陽気のせいでこんな物探しみたいな作業は苦痛に感じられている。少し前までは、寒くてこんな学ランだけじゃやっていけないくらいだったのに。

 詰襟のホックをはずし、ボタンをはずして学ランを脱いだ。

 歩きにくい草むらを抜けて、俺は先輩のところに行った。学ランを置くためだ。


「先輩、サボってるんだったらせめてこれだけでも預かってくださいよ」

「うん。ああ」

「ちょっと。先輩?」


 先輩はぼんやり木の上のほうを眺めたまま生返事を返した。


「まったく、なんでこんな人が学校を代表するような学園依頼部の部長を務めてるんだよ。依頼人が目の前にいる今くらい、どうにか…」

「あ、いた。猫いた」

「え、えぇぇ!」


 先輩が胡坐をかいたまま眺めているほうを見ると確かにいた。

 猫だ。化け物じゃなかった。これで絵心なしが決定だ。

 しかし、三毛猫ですらなかったか。あのイラストでこの猫をどうやって探せというんだ。まったく。

 女生徒のほうを見ると、口をあんぐり開けて木のてっぺんを仰ぎ見るようにしていた。


「えへへへ…」


 俺と目が合うと、はにかみやがった。笑って済ませようとしてんじゃねぇよ。

 俺はとりあえず、目に着く枝を足場にして木に登ることにした。女を登らせるわけにはいかないし、…先輩は動く気なんかないみたいだったので、無言のうちに俺が登ることになった。


「おーしよしよし。捕まえた」


 木の結構高いところまで行ったところで、ようやく猫を捕まえられた。白と黒の斑の小さな子猫を左手に抱えて、俺はゆっくり下りて行った。ということで依頼は終わり、俺たちの部室へ戻る。

 さっきの女生徒は子猫を膝に乗せて学園依頼部の部室に座っていた。


「はい、じゃあこの依頼書にサインしてくださいね」


 先輩は軽く、手際良く棚の引き出しから紙を一枚取り出し、女生徒の前に置いた。


「へぇ~、これが依頼部の依頼書ってやつなんだ。初めて見たよぉ」

「そうだね、一年生はまだあまり依頼してもらってないから、見たことある人も少ないかもしれないね。じゃあここに名前と拇印押してね」


 学園依頼部の重要な活動理由。依頼書を集めること。

 学生の依頼書が集まればそれだけ、学園依頼部はこの高校から支持されていることになる。支持されていなければ、俺たちが部長会で司会進行役を下ろされることになり、他の部活、ひいては俺たちの場を虎視眈々と狙っている生徒会の連中に持っていかれることになる。


「ん?天上寺沙耶?もしかして、軽音楽部の?」


 俺が手に取った依頼書にはその名前が記載されていた。

 天上寺沙耶とは名家天上寺家の跡取りであり、軽音楽部の時期部長といわれている人だ。

 さらに、美人で有名だ…。

 机をはさむ形にして、僕も部室のソファーに座った。隣では先輩がお客様用に常備しているお茶を入れ始めている。


「皆ねぇ、私のことを誤解してるよ。噂されるようなのじゃないんだけどなぁ。私よりよっぽどがっ君のほうが有名だよ。学園依頼部にスカウトされた人だからね」


 スカウトってのは少し言い過ぎだが、おおむね、言われていることはあっている。

 誰でも彼でも学園依頼部へは入部することはできない。他の部活にも人数規制や条件があるところもあるけど、ここは特別変わってる。


 異常だ。


 成績優秀者の人格者でなけりゃ入れない。それも学園依頼部の部長推薦があって初めて条件がそろう。

 そんな厳しい入部規制があってもやってることは便利屋そのもの。誰が言い始めたかは知らないが、便利屋とはよく言ったものだ。依頼人の生徒あっての部活なのだ。

 しかし、それだけの規制はかけるべきなのだろう。間違ってもこの部活の部長になる資格が与えられるのはそういった人間のみにしないと、部長会が崩れることになるからな。


「がっ君はもともとバスケ部だったんだよねぇ。今はやめたの?」

「生徒手帳に書いてあるだろ?兼部は禁止だって」


 お茶を手に取り、一口含んでからお茶菓子に手を伸ばした。


「でもさ、でもさぁ。がっ君ってスポーツ特待生だったでしょ?バスケットで全国行きたかったんじゃないの?」


 隣の先輩はこれでもかって言うくらい、話を無視していた。目を瞑って、うつむいている。別段、眠っているわけではないが、この時に話しかけてもほとんど意味はない。瞑想しているらしいからだ。

 天上寺の膝の上に居る猫はだらしなくお腹を見せて、じゃれていた。彼女がなんのけなしに動かしているペンを何とか掴もうとしているように見える。


 俺はポイントガードだった。

 中学では全国に行ったこともあるし、県内では最優秀選手に選ばれたこともある。全国では惨敗だったが、それでやる気をなくしたということもなく、むしろそれまで以上にバスケにかける想い、時間は増えていった。

 だが、俺の猛る思いとは裏腹に体はそうもいかなかった。


 俺の身長は低い。


 低いとは言っても、人間離れするほどじゃないけどね。

 中学の途中から身長が伸びなくなった。周りがどんどん伸びていく中で、一人だけ変わらない身長。すぐに両親は異変に気づいて病院へ連れて行ってくれた。

 病気だった。

 成長ホルモンが正常に分泌されずに、うまく成長できていなかった。でもこれは治療で治るというか、伸びるようになるものだった。

 すぐに治療をはじめて、順調に伸びていった。このままいけばまともに伸びていくだろうと俺も信じていた。しかし、人間というものはいつでも成長できるものではない、それ相応の間に人は身長が伸びていくものだ。

 163㎝。本来伸びる予定の半分までしか伸ばせなかった。俺の成長期に治療が間に合わなかったんだ。

 高校に入ると、体格の差が諸に表れ始めた。技術ではどうしようもない力。対峙するだけで圧倒的な威圧感。そして言いようない敗北感があった。

 それでもポイントガードとして再起をかけて努力した。ドリブルとパスを磨き、努力した。

 一年の夏大会前、俺はエースと期待され入部したにも関わらず、合宿にすら呼ばれなかった。この高校では全国から名のある実力者が集められる。体格のない俺は、まず検討すらされなかったんだ。

 少し前からアプローチをされていた、金城先輩を訪れて、学園依頼部に移ることにしたのが事の始まり。


「確かに、俺はバスケが好きだけど、全国へ行きたかったけど、今はもういい。この学園依頼部で部長になることが今の目標だ」


 天上寺がいる手前、見栄を張った。本当はバスケが一番。いまでも未練たっぷりだ。


「そろそろさ、お開きにしようか。今日の営業時間も終わるし」


 先輩の鶴の一声で、僕は仕事を始めることにした。

 今日書いてもらった依頼書を本日の日付が書いてあるファイルにとじて、さらに今日の活動記録を書き記したノートもとじた。


「あーっとがっ君、これも一緒にしといてくれないかな」


 そう言って先輩か受け取ったのは例の化け物が描かれたイラストだった。

 これも一応、依頼活動の物品に入るのか。

 言われるままに、俺はパンチで穴をあけ、ファイルにとじて、元の棚へ返した。


「じゃあ今日はここまでにしましょう。また依頼が出来た時にはぜひここへきてください。学園依頼部はあなたの依頼をできる限りかなえます」


 先輩がそう言って締めくくると、天上寺も一礼をして、部室を後にしていった。

 その日は先輩が部室の鍵を閉め、俺たちは学校を出た。

 もう一週間と少し経てば、俺も二年生。先輩は三年生だ。こういう季節に吹く風は、どこか寂しさを見せるものだと俺は感じていた。

 翌日、部室の扉をあけると、珍しく他の部員がいた。

 複数の依頼を同時にこなすために、一つの依頼当たり、一人か二人までが通例だった。

 部室に三人以上が集まることはなかなかないのだ。


「おはよーっす。岳斗。部長からの手紙、預かってるぜ」


 そこに居るのは同じ学年、つまり同級生の男子生徒だ。

 堀江・クラリス・有。髪の色が金髪でとても日本人には見えない日本人。入学生代表挨拶で話していた男だ。俺よりも少し前に入部していた、本物の天才。


「岳斗に部室で会うのはひさしぶりだよな。廊下ですれ違っても声かけてくれないんだもんよ」


 俺はソファーに座っているクリスの手から手紙を抜き取り、テーブルに荷物を置いたら離れた所の机にもたれるようにして、体重を預けた。


「おい、岳斗。無視しないでくれよ。俺たちたった二人の一年なんだぜ?仲良くしようぜ」


 そういって、わざわざソファーから立ちあがり、頼みもしないのに俺の前まで来て、本当にうっとうしいことに、子供をなでるような手で俺の頭に手を置いた。


「てめぇの嫌がらせは性質がわりぃんだよ!!」


 クリスは俺が身長をコンプレックスに思うのを知っていてわざとこんなことをしてきた。

 ハーフだから身長は高い。…180㎝以上はあるらしい。

 ちなみに俺は、俺だけが彼のことをクリスと呼んでいる。初めに、名簿を見たときにclarisと書いてあるのを間違えてクリスと呼んでしまったことからそうなった。彼のほうがそう呼ぶのを気にいって、今ではそう呼んでくれって、頼まれている。

 クラリスと呼ばれるのは女っぽくて嫌だったらしいところで、クリスは男っぽい上にかっこいいからと気にいったそうだ。

 彼をそう呼んでいいのは親友の俺だけだそうだ。


「おいクリス。どうやらもう準備したほうがいいみたいだぞ。依頼人が次々来る。…っていい加減手ぇどけろよ!」


 いい加減、わしゃわしゃと頭をなで繰りまわすのはやめてほしい。これでも気を使って髪はセットしてきたんだけどな。

 先輩からの手紙は俺当てというか、自分のいない学園依頼部の活動方針を指示する様なものだった。

 今日はどうやら顔を出さないらしい先輩だったが、その今日も依頼は絶えず入ってくる。すでに予約はキャンセルできない。初めて一年生二人のみで対応しなくちゃならないわけだ。

 はっきり言って、自信満々だ。行動力、運動力がこれまでの依頼で試されてきた。これまでの経験から言って、今の二人なら大抵の依頼はこなせるはずだ。


 一時間後、俺たちは美術部の外壁の前にいた。目の間にはわれらが部活棟、一階の壁がある。

 校舎の壁の色といえば何色が普通だろうか。一般的には白だろうか?灰色もあるかも知れない。あるいは緑だろうか。緑色の壁といえば、どうだろう。あれか?グリーンカーテンの先駆けか?


「いやぁ、緑はねぇな。まさかすぐ下がこんなことになってるなんて」


 クリスの言うとおり、さっき説明したとおり。本来白いはずの壁が緑になっている。鮮やかな緑だ。壁だけでなく、窓も、地面も。


「ここ一週間くらいでもう、四回目なの。初めのうちはどっかのバカのいたずらかと思ったけど、さすがに三回くらい続くと、ほら、うちって美術部だから…。誰かがやったんじゃないかって、調べたんだけど、私たちじゃなくってね。

 もう、手におえないかなって思ったから…」


 俺とクリスは洗剤とバケツ、もろもろを持って作業に取り掛かった。

 まずはこれを落とす。どうやらペンキみたいだから相当の根気がいるかもしれないな。

 俺たちの後ろには美術部の副部長である紅花涼、彼女が腕を組んで立っている。さっきもずっとそうだったんだけど、彼女は眼を合わせない。声ははきはきしていて、わかりやすいけど決して目を合わせてくれない。たとえば、目を閉じて聞くと誠意があるように聞こえるが、表情を見ながらだと心無い人だと認識してしまう。

 依頼されたことは二つ。一つ目は壁をきれいにすること。二つ目は犯人を見つけ、罰を与えることだ。

 罰を与えるって言い方は過ぎているが、それ相応のことをしてもらうってことだ。

 依頼された以上、これを消すことは俺たちの仕事だ。ここにはいるが紅花さんは手を出さないことになっている。

 しばらく洗剤でやってみたが効果はなく、除光液でも色は薄く残ってしまった。


「こりゃだめだ。岳人、白のペンキで上塗りしようぜ。今から買ってくるからよ、その間にもう一人の依頼もすすめてくれよ」


 依頼は一つではない。

 今日受けた依頼は二つだ。一つは美術部からのそれ。もう一つは、一般生徒からだった。

 順番を正しく言えば、美術部からだったか、まぁ、そう話を焦ることはない。部室であったこともすべて話しておこうじゃないか。

 部室のレイアウトはほかのところと比べて割かし広く取られている。肘置きつき三人掛けソファーを、テーブルを挟んで二脚向かい合わせにしているくらいだ。

 そうだな、もう少し詳しくいってみるか。窓側の壁にはでかい棚があって、木製で年季も入っている。しかしそのセキュリティーは厳重で頑丈だ。木製ではあるが二重ダイヤル式のロックがかかっている。

 ロックの番号は部員の完全秘密になっている。絶対に漏れない。漏らすような人間は入れないからだ。

 たとえば目の前に依頼人がいる。彼女の名前は紅花涼さんだ。学年クラスはもちろん、どんな人格、教師からの評価、成績、家庭状況まで調べようと思ったら調べられる。

 そうするためのカケラがその棚にあり、俺たちの中にあり、この部室には充満している。

 なんて、言い過ぎだな。俺ができるわけじゃない。人様頼り。俺にできないことは他人の力を頼るくらいしかできない。

 だから他人を頼るその時のために俺たちは今、他人に力を貸している。


「それで、あなたの依頼はなんですか?」


 俺とクリスはソファーに座って彼女と話をした。


「私たちは、美術部です。先日、部室の壁に落書きみたいなものが書かれました。依頼というのは、それを消してもらって、その犯人を突き止めてほしいということです」


「なるほど、で、紅花さんの知っている情報をすべて聞かせてください。それからこちらからも質問しますが、できるが限り答えてもらえますか?」

「はい。わかりました」


 なるほど。彼女は前評判通りだ。

 突然だが、話をするということの定義を考えたことがあるだろうか。

 話をすることをただ、答えるということだと思ってはいけない。そうなると、話をするということが低俗なものに成り下がってしまう。

 俺は話をすることはコミュニケーションの最高位にいてもおかしくないものだと思っている。コミュニケーションツールといえば、手紙や電話、メールもそうだが、どれをとってみても、直接話すことにはかなわないのでないだろうか。

 相手の顔色を見て、表情、身振り手振りを見て、声の抑揚を聞き分け、目を見て話すんだ。

 そこを、こいつは全く目を合わせない。


 失礼。こいつ呼ばわりはなかったな。


 紅花さんは目を合わせてくれなかった。合わそうと考える以前にまず俺を見ていない気がする。俺の左下あたりをずっとみているような。まるでそこに何かいると錯覚するほどに見詰めている。

 なぜ目を合わせないのかと聞くと


「気にしないでください。私にとってはいつものことなので」


 そう答えた。

 紅花さんは質問にはとても丁寧に答えてくれた。俺が下でも向いて、彼女を見ていなかったら、しっかりとこちらを向いて真摯に答えているように感じた。感じるだけだが。

 落書きされた状況を見た人は誰もいない。美術部では土日にも部活があり、日中は落書きなんてできないそうだ。窓の外でうろうろされたらすぐにわかるだろうからな。

 写真から見てペンキのような塗料をぶつけられたようだ。広がり方から見て、防犯用のペイントボールのようなものか。


「犯人に心当たりはありません。うちの部活で恨みを買うようなことはなかったと思います」


 後の情報はこっちで探していくことになるのか。あまり楽な依頼ではないようだな。


「はい、依頼は承りました。今から三十分後にそちらの部室にお伺いしますのでそこでお待ちください」


 そこで彼女は部屋を出ていき、今日くる依頼の一つ目の受注が終わった。

 クリスは俺の横でおとなしく話を聞いていた。


「なぁ岳人。俺、あの人嫌いだ」

「ああ、俺もそうだ」


 目を合わせないあの佇まい、あれは人を信じない奴のあり方だ。

 次に来たのは一年の一般男子生徒からの依頼だった。


「自己紹介と依頼を教えてもらえますか」


 この部室にクリスはいなかった。

 部屋を移動したわけではない。クリスは紅花さんの依頼のための道具を調達してもらいに行ったんだ。

 クリスはいいやつだ。自分のほうが優秀だと知っているのに俺を立ててくれる。自分は実働だって言って俺から頼むまでもなく必要な行動をとっている。

 何も言わずにわかるっていう時点で俺よりも優秀だってことなんだけどな。

 ということで、一年生の東雲信二の依頼は俺が一人で聞くことになった。


「落し物を見つけてほしいんです。

 少し前だと思うんですけど、この部室棟の裏庭でものをなくしてしまいまして、それというのは生徒手帳で、見た目では緑色の塗料がついているのが目印かなと。

 実は裏の林にいたら、突然ペイント弾で撃たれたみたいで、その時に落ちた生徒手帳にも塗料がついたんです。でもどこかに飛んで行っていったらしく自分じゃあ見つけられなかったんで、お願いします。手帳がなければ校則でいろいろまずいでしょう」

「なるほど、はい。依頼は承りました。

 うん、時間もいいからこれから一緒に現場まで行けますか?」


 彼は承諾してくれた。

 二人で現場、美術部裏にまで行くと、クリスがバケツを持って待っていた。傍らには紅花さんがわかったように下を見ている。


「東雲君。先にその時の話を聞かせてくれ。

 紅花さん。申し訳ないけど、もう少しだけ時間をください。終わり次第すぐに作業には取り掛かります」


 紅花さんへの断りは返事を聞くまでもなくオーケーだ。そもそも約束の三十分まではまだある。

 人を信頼しない人間のあり方として、とても重要な事は自分で決定したがる傾向がある。そして、そうでない、さして重要じゃないことはどうでもいいと考える。この場合、俺がもう少し待ってくれと言ってもそれを断る理由はないからオーケーということになるんだ。

 予想通り、彼女は二つ返事で承諾した。

 きっと彼女は俺たちが犯人を見つけたら来るなと言っても来るんだろうな。


「あの時僕は、あの雑木林の中に突き出る岩に腰かけていました。 

 何かが飛んできて、この岩にあたったんだ。ちょうどあの壁みたいになってて。

 撃ち込まれたのは俺に当たってはなかったんですけど、その時にあわてて手帳を落としたんで塗料がついたんです。拾う間もなく次の弾が飛んできたんで逃げました。手帳は蹴り飛ばしてしまったんで、もう自分では見つけられませんでした。

 たぶん、雑木林の中にはあると思います」


 なるほどこの岩か。これは確か、天上寺の時に彼女の荷物を置いていた岩だ。草に隠れていたからあの時には見えなかったんだろうか。

 クリスは今、俺が書いた東雲の依頼書を読んでいる。

 猫探しの時にそれらしいのは見なかったから奥のほうに入っているのかもしれない。これは骨が折れそうだ。

 なるほど、二人の話を聞いていると、同一犯に思えた。

 時期的にはここ一週間のことだ。美術部員に話を聞いてみてもいいかもしれない。無駄かもしれないが。


「ありがとう、東雲君。あとは俺たちに任せてくれ。見つかった時にまた連絡するので今日はもう、大丈夫です」


 そういうと、彼はお願いしますと頭を下げ、帰って行った。そうすることでようやく紅花さんの順番が回ってきた。


「お待たせしました紅花さん。さぁ、始めましょうか」


 そうして清掃が始まったんだが、話はクリスが白ペンキを買いに行ったところまで戻る。


「俺はこれから手帳探しをしますけど、紅花さんはどうします?話の事情は分かったので、もう帰っていただいても結構ですが」


 それもそうだ。依頼の全容は理解できたので、依頼人である彼女がこの場にいる必要はない。ないのだが。


「いえ、私はここで見ています。お構いなく作業してください」


 やはり人を信じない性格だろうな。自分の目で見なければ済まないのだろう。人の目も見ない人が何を言っているんだか。

 彼女がそういうのを聞いて俺は草をかき分け、雑木林へと入った。もう、彼女のことは気にしない。

 こういうもの探しの時には一心不乱に探すことがコツなんだ。

 依頼で幾度となく探してきた経験からわかってきたことだから俺自身に身についている。

 ということで探したんだが、見つからなかった。二十分もすればクリスが帰ってきたので、探すのを切り上げたというべきだけど。

 白く塗りなおすことは問題なく終わった。

窓の塗料には少し苦戦したが何とか終わった。

すべてが終わったころには、もう昼を過ぎていた。紅花さんの依頼は半分が終わり、今日のうちはこれで終わることが決まった。犯人捜しは明日に持ち越しだ。

おとなしく彼女が帰った後に、俺たちは手帳探しを再開した。そちらのほうは日が暮れる前には見つかった。

聞いていた通りの手帳だった。中を確認すると東雲君のものだと確認できた。

依頼完了。俺たちは部室へ戻った。


「先輩、来てたんですか」


 そこにいたのは、金城雅人。今日はこれないといっていた部長だった。

 先輩の手には紅花さんの依頼書、そして俺が東雲君の依頼書を書いた時に使ったメモが握られていた。

 頭の切れる先輩だ。依頼のことはもう、わかっているだろうな。


「それが、依頼の手帳か。見せてもらえるか」


 やっぱりわかってた。俺は言われた通り、手帳を先輩に渡した。

 俺たちに異論などない。いつでも先輩の言うことはほぼ正しかった。まぁほぼだが。ということで俺は素直に渡したんだが、今回ばかりは失敗した気がした。

 先輩はそれを持って逃げるように出て行ったからだ。


「悪い、依頼人にはまだ見つからなかったって言ってて」


 そう言い残して出て行った。

俺には止める間もなかった。


「なぁクリス。これってやっぱり、まずったのかな」

「岳人、これはやっちまったな」


 俺たちは依頼主を裏切った形になってしまった。

 どうやって言い訳するかな。

 その夜、自宅に戻ったころに先輩から電話があった。

 学校からは大体自転車で二十分のところに俺の家はある。行きはよいよい帰りはつらい。行きは下り坂だが、帰りは上りなんで帰りは時間がかかってしまう。

 途中帰り道のコンビニで買ったエクレアを机に置いたところで、手にかけていたケータイがなった。


『がっ君。あー、今日は悪かったね』


 電話の向こうの先輩は、いつのもの通りだ。


『先輩…、あれは何のためだったんですか』

『生徒手帳か…、今はまだ何も言えない。依頼の一環なんだ。ごめんね』

『先輩はよくサボりますからね。一人で依頼をきちんとやってるか心配ですけど、そういうのなら、俺は信じるだけです』

『ありがとう、がっ君がそういってくれるのはうれしいな』

『先輩』

『ん?』

『がっ君って、言わないで下さいよ』

『いいじゃないか。それに、いずれはみんなが君をそう呼ぶようになるさ。

 少し、無駄話でもしないか?』

『あ、無駄話なら切ってもいいですか?』

『ちょっと!うそでしょ、聞いてよがっ君』


 ケータイから聞こえる先輩の声は上ずっていて焦っていた。オモシロ。

 俺はベッドに腰掛けて、肩でケータイを押し当てているところで、エクレアの封を切った。


『どうぞ、俺はエクレアでも食ってますから』


 この時期、夜はまだまだ涼しく、窓際にいるのが気持ちよかった。

 先輩の話は存外長く、エクレアを食べ終わってもまだまだ終わりそうになかった。

 そういえば言ってなかったが、エクレアは俺の好物なんだ。

 エクレアってなんだかお得な気がしないか?だって、構成からいうと、シュークリームにチョコが乗ってるようなもんだぞ。それだけで、シュークリームを買うよりもお得だ。確かに価格とすれば、十円から二十円高いのかな。

 シュークリームとチロルチョコでエクレアに勝てるのか?俺なら間違いなくエクレアを買うな。あれだ、ローソンのだ。マジうまい。


『がっ君。最後に一つだけ。

 注意して観ることだ。情報は偏りがあることが一番危険なんだ。ひとつ残らず観察して収集することが大切。そうでなければいっそ、何も知らないほうがましだからね』


 先輩の忠告は骨にしみる。

 情報収集は慎重に行え、入部した時からの鉄則だ。

 ケータイから通話がきれた音が聞こえ、俺は耳から離す。バッテリーが残り少ないことが分かったので、充電器につなげて俺は部屋からリビングに降りた。

 食卓に目を向けるとすでに家族は食事を終えようとしていた。声もかけてこなかったのか。ここまで来ると放任主義も困ったように感じる。

 翌日、この日は火曜日だ。

 登校中、クリスからメールがあった。

 あいつは本当に賢いな。今度から賢者と呼んでやろうか。

 すでに今日やる予定だった、美術部員の聞き込みのアポイントメントと時間の設定をやってくれていた。

 もしかしたら、聞いてみると案外素直に犯人を教えてくれるかもしれない。

 聞いてみるか?

 そうこう考えているうちに、メールの返信もしないで学校についてしまった。

 彼女らが来る時間はまだある。…美術部員には男子生徒もいるから彼女らはまずかったかな。

 言い直して、彼らが来るまではまだ少し時間がある。部室でクリスに先輩からの電話のことを話しておこう。


「Hey gakuto.Good mornig.」

「おう、おはよう、賢者君」


 彼が英語なのは特に気にしない。金髪である分、日本語よりも様になっている。


「賢者じゃ答えてくれないか?よう、堀江君。聞きたいことあるんだが」


 うーん、これは。


「もしかして無視してる?」


 彼は横顔をみせてつーんとしてる。

 あからさまにわざとなんだが、これが彼の自己主張なんだな。

 クリス以外は受け付けないね。


「クリス。ちょっと聞きたいんだけど。いい?」


「おう、何?」

「もしかして犯人わかってる?」

「うん」

「は?」

「いやだから、犯人知ってるかって聞いたんでしょ?知ってるよ」

「おい!マジかよ、そうならさっさと言えよ」

「いや、言えなかったって。てか、言えない」

「え?何でよ」

「嘘だから」

「?」

「知ってるって言ったの嘘だから」


 俺はまだ持っていた荷物を降ろして、部室に置いてある個人ロッカー用の中からとても懐かしいものと、輪ゴムを出した。


「いた!いたい!地味に痛いから。輪ゴム鉄砲とか地味に痛いから!」


 そう、俺が出したのは懐かしの輪ゴム鉄砲。小学校のときとかに遊んだ記憶がないだろうか。俺のは輪ゴムが連射できるタイプだ。

 各個人のロッカーには何を入れてもいいが、俺のには特にクリスのお仕置き道具が多い。性質の悪い彼のためにハリセンとか竹刀とか、これもその一つだ。


「ちょっとさ、いくらなんでも容赦なくない?」

「これ、輪ゴム鉄砲だよ。どうせ怪我なんかしないさ」


 少しお仕置きしたところで、昨日の電話について話し、二人の情報を共有した。

 さっきクリスが言った嘘をはじめ、真新しいものはなく、昨日までの内容をおさらいするだけになった。

 美術部に行くと、予想外なことに四人しかいなかった。

 クリスがあらかじめ、話を聞く必要のない人は除外して選抜していたようだった。

 犯行。別に法に触れるようなことじゃないのだが、わかりやすく犯行というが、その犯行の時間帯を考えると、日曜日になる。さらに細かくすると、その日には天上寺の依頼を受けていたからその前の時間ではない。そこから発見するまでの美術部員を集めたということになる。

 集まった中に、部長はいなかった。ああ、副部長の紅花さんはもちろんいる。

 彼女が最初に見つけたのだ。

 四人の話を聞くと、意外とデッドタイムが多かった。誰もその部屋にいなかった時間がいくつかあり、窓の外に目を向けている部員もいなかったようだ。

 春休み期間中はどこの部活も本格活動していない。運動部は合宿や練習がもちろんあるが、そこは文化部と運動部のお家事情だ。

 美術部では自主参加にしており、来た部員はこの四人だった。いや、実際の参加は三人だ。紅花さんは部室の鍵当番だったらしい。日曜日の夕方に鍵を閉めようとしたときに気が付いたといっている。

 四人の話は話にならなかった。それも当然。美術部なんだからやってることは絵を描くことだ。目線が動く先はキャンパスとモデルだ。

 しかし窓側で描いていた部員の話から壁に直接塗料を塗られたのとは違うようだ。やはりペイント弾だろう。

 さしたる新情報もなかったので彼らにはもう、帰ってもらうことにした。

 本当なら一字一句漏らさずに聞いておいたほうがいいのかもしれないが、紅花さんが美術部員には犯人はいないといった以上、俺は依頼人を信じるしかない。

 どうしても犯人が見つからなかった時だけ、彼らを疑うとしよう。

 ここで俺たちは一度部室に戻り、再度校内で情報収集することにした。


「うあぁあ、疲れたな。朝から話を聞くばっかだけど、頭使うから疲れるな」

「岳人、先に昼を済ませとこうぜ。どっち食う?」


 クリスが出してきたのはカップ麺だった。

 この部室には水道が通っている。流石にガスコンロとかはないが、ポットでお湯を沸かせばラーメンくらいは食える。ちなみにだが冷蔵庫も完備されていて、かなり重宝している。


「じゃあ俺はラ王で」


 冷蔵庫にくっつけてたタイマーで三分をはかる。


「「いただきます」」


 ずずーっとラーメンをすする。

 黙々と食事を進めて、先に俺が食い終わった。


「うし、じゃ次は何をしらべるかな」

「…」

「門の警備員さんにも話を聞いとくか。外部犯かもしれないし」

「…」

「なぁ、お前はどうすればいいと思う」


 クリスが容器のスープまですすって、答え始める。


「俺にどうすればいいか聞くんじゃねえよ。岳人。そんなのはお前が決めなきゃ」


 いつにもまして、クリスの声が強くなる。怒鳴ってるようにも思える。


「い、いやいやクリス。次どこ行くか聞いてるだけじゃねえか。そんなに怒るなよ」

「怒ってねえし。どこ行く必要ないんじゃないかって言ってるんだよ」

「なんだよ。もう情報はいらないのか?さっきお前、犯人は知らないって言ってたじゃんかよ」

「知らないよ。でもよ、もう答えは出てんじゃねえのか?俺から見れば、自分の出した答えに納得いかなくて、無理にでもほかの答えを出そうとしてるよ」

「…なんだよ。俺が出した答えって…」

「お前はよくさ、俺が天才だとか言ってるけど、俺から見ればお前が天才だ。部長が直々にスカウトしてきただけあって、すげえよ。次の部長はお前しかいない」

「なんだよ…、何が言いたい」

「もう、十分成長したし、今からでも部長になれるさ」

「だから、なにが言いたいんだよ!」


 俺は勢い余って、机を叩いた。カランカランと箸がいくつか落ちていく。


「俺は、…部長がそうなんじゃないかって言ってるんだ」

「そんな、うぅ…」

 俺は大したことも言えなかった。言い訳も、言い返すこともできなかった。

 俺はあまりにも先輩が犯人と思いすぎていたから。

 初めにおかしいなと思ったのは、先輩があの日、部室に来ていなかったにも関わらず、はかったように東雲の生徒手帳を取りにあらわれたことだ。

 ただ、手帳を回収に来たこと、それが別の依頼からだったということは直接、疑いにかかったわけではない。

 実はその前に行った現場でだが、以前俺と先輩で受けた天上寺の依頼が今回の件に関係しているかもしれないと思ったことが、引っかかっており、先輩が手帳を持って行ったことで俺はそのことを考え始めた。

 先輩はあの時すでに、今回のペイント弾の件に気づいてたんじゃないか?と。

 俺が関係性に気づいたのは、いやまだ俺の中での話だから確定したわけじゃないが、緑色の塗料とあの天上寺が書いていた猫の絵の緑色がかぶっているように思えたからだ。

 俺が思っていることは当然、先輩も考えただろう。そして先輩ならどうするか。

 あの緑色の岩に気が付いた先輩は、依頼された猫にも同じような緑のペンキがついていると考えただろう。あの天上寺が書いた絵にはあまりにも不自然過ぎて、逆に信頼できる目印に思えた。

 結果先輩が見つけたのはなんだ?木の上にいた普通の子猫だった。いつもの先輩ならどう言うか、見つけたとしても別物だと言って、また猫を探し始めただろう。

 なぜそこで捜索をやめた?結果からすれば確かに見つかったが、天上寺の探していた猫とは違う。人の信頼を得る部活としては、最後まで本物を探すことが必要だと言っていたはずだ。

 早く切り上げたい理由があったということだ。

 あの時すでにあの場所には、生徒手帳が落ちていたということだ。まだ俺は中をそんなに確認していない。それを有無を言わさず持ち去ったということは、あれには探されたくなく、見られたくなく、渡されたくない秘密があるということだ。

 早くその場から離れたかった理由はそれ。今回はすべてつながっていてその中のキーアイテムとしてあの手帳がある。それを持ち去った先輩が一番怪しい。


 犯人だと、クリスは考えたみたいだ。そして、俺も。


「今回、全くの外部の人間で予想もつかないようなことが起こっているのだとしたら、その時はその時だ。

 俺は、部長が今回の犯人だと思う」


 クリスは今度は言い切った。はっきり言葉にされて俺も決まった。

 明日、先輩を呼び出して問い詰めよう。

 俺は今回部室でいう、依頼人が座るほうのソファに座っていた。そこからは扉が見える。

 その扉の窓のところを人が横ぎったのが見えた。

 俺は、一秒もかからず判断できた。散々気を付けていたことだ。

 あれは、紅花さんだ。今の話を聞かれた。

俺とクリスはなりふり構わず彼女を追いかけた。

彼女の人間性はかなりわかっている。というか、予想しやすいものだ。

前にも言ったと思うが、あの手の人間は自分の手ですべてをやらないと気が済まないものだ。特にこんな大事なことは自分で手を下す。

芯が通っているといえばそうだが、すぐに行動するため早とちりが多いんだ。

彼女はきっと先輩を探しに行ったんだろう。学園依頼部部長金城雅人、今回の犯人かもしれない人間のところへ。

 俺たちはかなりの依頼を受けるにあたって、それ相応の体力はあるつもりだ。つまり彼女はすぐに捕まえられた。

 なんだろう、神様のいたずらなのか、追いついたところは例の雑木林だった。


「何をするつもりだったんですか。紅花さん」


 クリスが問い詰める。彼女はすでに肩で息をしている。

 この時俺は初めて彼女の上げた顔を見た。きりっと吊り上った目が印象的。


「何よ。身内の不祥事は隠し通そうっての?」

「ちがう、そんなことはしない」

「この際だから、はっきり言うけど、聞いてたわ。あれだけわかってて何で野放しなの?さっさと問い詰めればいいじゃない」

「そんなことはわかってる。依頼を受けた以上は俺たちに任せてもらうのが筋だろう」


 クリスの言葉にも熱がこもっている。

 もはや彼は俺が止める間もなく、先輩を呼び出すだろう。


「あなたたちはすべてが終わるまで何も教えてくれないつもりなんですね。この壁の、…ペイント弾のことだって、予想している犯人のことだって、私たちには聞くだけ聞いて何も教えてくれなかった」

「当たり前だ!もしも教えていたら、今みたいに勝手に動くだろう」

「先に教えてもらってたら、勝手になんて動かないよ」

「そんなの結果論だろ」

「そっちこそ、ただの予想じゃない」


 二人はさらに熱を帯びている。

 情報としてはまだまだ少ないと思う。それでも俺たちは先輩がそうなんじゃないかって結論が出かかっている。

 昨日の電話の内容が思い出される。なんて言ったっけ、そう。「注意して観ること」俺は注意して観て聴いて行かなきゃならないのだな。

 彼女の一言もしっかり聴かないと。


「わかった。問い詰めよう。クリスも紅花さんもそれで満足だろう。もちろん、その場に紅花さんもいていいです」

 少し二人はあっけにとられたようになっていた。

 先に口ごもりながらだがクリスがしゃべり始めた。


「い、いいのかよ岳人。しかも、あの女もいていいなんて。部長会での立場もなくなるんじゃねぇのか」


 彼は俺にだけ聞こえるように言った。紅花さんは何か考えるように目が何となく泳いでいた。


「ただしだ。問い詰めることは明日にする。連絡は全部おれが受け持つから、準備ができたら連絡する」

「お、おい岳人。どうしたんだ」


 俺は二人を置いて、先にその場を後にした。

 俺は家に戻って、誰もそこにいないことを確認したところで、ようやく先輩に連絡をとった。


『先輩、先輩は分かってるんですか。自分のやったことで今疑われていることを』


 電話の向こうでは息遣いが確かに聞こえるが、答えは返ってこない。

 それでも俺は続ける。


『明日、雑木林に来てください。そこですべてを決めますから』


 まだ先輩からは何も言わない。

通話が切れると、『また明日』とのんきなメールが来た。

俺は先輩を信じている。

続いて、ほかのみんなにも一斉メールを出して、明日の呼び出しをかけた。

決戦が近づく。

この日は無駄話をしなかったので、家族の夕食時に間に合った。

なんだ、とんかつか。何に勝てっていうんだ?

さて、まだ明日までは時間がある。俺の無駄話に少し付き合ってもらおうか。

前に、話すの定義について話したことがあったかな。

前の時には紅花さんは話をしていないということになったが、そもそも話ができる人ってどういうものなんだろうか。言葉を千回口に出すと書くと、話になる。だからそもそも千回喋らないと話ができないということだな。まぁ、その点を考えると、彼女は目を合わさないだけで、喋り過ぎなくらい喋っているからな。

つまりというかなんというか、素直に千回もしゃべる人は隠すことなく、すべてさらけ出していることなんだろうな。隠し事をしている人は話ができていない。話が通じないということかな。先輩とか隠し事しているから話が出来ていない気がする。それでも先輩からすれば俺からは隠し事がない、というかすべてわかってしまっているから、話はできているんだろうな。

俺からは先輩の隠し事がわからない。なぜ先輩はあんなにあからさまな行動をしたんだろう。疑ってくれと言わんばかりの、あんな。

翌日、例の雑木林には全員が集まった。

不満顔が見て取れるが、それでも文句は言わなかった。

その場に金城雅人はいるからだ。


「岳人。はじめようぜ。犯人探しだ」


 犯人捜しとは建前だ。尋問を始めようということだ。


「…、先輩。今回の一件で犯人は先輩だと思っています」


 俺は自分で考えうる、筋道を説明した。そこには先輩の実力の高さが反映されて、だから俺の先輩への憧れ、敬意が表されて、言葉に出すうちに、感謝がにじみ出てきた。

 なるほど、と先輩がここで初めて口を開いた。


「僕が犯人だったらつじつまが合うということか。がっ君。君は良い。最近は成長が目まぐるしいと思っていたけど、もうそこまでわかるようになっていたなんて」


 先輩はそこでいったん言葉を切って、薄い笑みをみせてからアレを言おうとした。


「そう、僕が…」

「でも、俺は先輩が犯人だと思わない」


 俺は先輩の言葉を断ち切って、俺の言葉をかぶせた。


「今回の犯人を決めるにはまだまだ情報が足りなさすぎる。そうは思いませんか?先輩が犯人だったとして、その動機は?証拠は?何もかもがなさすぎると思う。

 先輩、それなのに犯人だって言おうとしたでしょう。何のためですか?もしかして俺たち、依頼部を守るためですか?部長が事件を起こして、不祥事を内部で解決することで部が守られるってどれだけ大変な状況なんですか。こんなことはせ…。

 いや、なんでもないです。

 そもそも俺は先輩に言われたよく観察することが大切、それからよく考えると一つ気になることが出てきたんだ。

 昨日、紅花さんと口論していて気が付いたことだ。

 俺たちはいつからペイント弾という言葉を使い始めたんだろうか。

 クリスもよく思い出してほしい。俺たちは最初、ペイントボールのようなものだと言っていたはずなんだ。それなのにペイント弾と。ぶつけられた壁からは分からないし、もちろんそのものを見た覚えもない。最初に聞いたのはそう、東雲君。直に話を聞いたのは俺だけだから、クリスは依頼書からしかわからないかもしれないけど、彼からそれに撃たれたと聞いた。その時は不審に思わなかったけど、突然と言っていた彼がその瞬間をみているはずがないでしょう。

 東雲君。説明してくれるか?」


 彼は白く塗りなおされた壁の前で、真顔のままこちらを見ていた。


「…………………え?」


 そのまま彼は続ける。


「そんな言葉の上げ足とるだけ犯人にされるなんて堪ったもんじゃないですよ。ペイント弾なんてたまたまイメージが重なっただけでしょう。それがあなたたちの印象に残ってその後も使い続けただけでしょう?」


 彼は上着の上のほうのボタンをはずした。


「というかですよ。あれっすか。俺が犯人だとそちらさんが助かりますもんね。でもそんなこと言うなら、言っちゃいますけど、証拠あるんですか?出してくださいよ。それからじゃないっすか」


 だんだんと彼の口調が変わっていく。敬意を含めようとして友達と話すときの言葉が抜けずに、混ざりあった言葉になっている。


「そもそも、あんたの推理じゃ、わざわざ俺が犯人なのに金城さんが自分がそうだって言ってるってことでしょう。金城さんが俺をかばう理由なんかないじゃないですか。

 あっ、俺じゃないか。依頼部をかばうのか。でも俺をかばって依頼部が助かる理由を教えてくださいよ。

 あんたの推理は穴だらけだよ。そんなで犯人扱いされたらたまったもんじゃない」


 言いたい放題言われていた。屁理屈なんかじゃない。口は悪いが理屈は通っている。

 ぐうの音も出ない。


「東雲君。がっ君は将来ある身なんだ。あまりそう攻めたててあげるなよ。

 撤回しよう。

 僕は犯人じゃない。東雲君、僕が君の犯行を暴く」


 金城雅人はいずれこの国を背負う人間になるだろう。そう周りから言われ続け、その期待に応えてきた。

 先輩が話を始める。


「がっ君たちの僕が犯人だった場合の推理は正しい。でもそれは僕がそう推理するように誘導していたんだ。二人が僕のことばかりを疑うようにね。

 僕は今回、別の依頼をうけていたんだ。その依頼は紅花さんが依頼したこととを同じというか、つながっていて、同じ犯人だった。今回のこの一件、実はもっと大きなことの一部だったんだ。

 去る三月卒業式の日、そこに参加しなかった生徒が若干いたそうだ。その生徒たちで校内

におけるサバイバルハンティングゲームが開かれていた。

 学校のあらかたの人間が講堂に集まったのを機に、小動物を校内に離し、ハンティングゲームが始まった。その時に使われたのが今回で問題になっていたペイント弾だ。

 用意周到になされていたことで、後始末まできっちり行われていたから誰がそうだったのかは特定できなかった。卒業式の時に主席しなかった者までしか特定しきれず、大掛かりだったことから、そのメンバーにはかなりの富裕層がいただろう。そんなことまでしかわからないまま、何もされないで来ていた。

 それがここ一週間になって、突然動きがわかった。

 卒業した先輩たちからの最後の依頼だ。「私たちの卒業式を侮辱した輩をしばき倒してほしい」ってね。それでわかってきた奴をあぶりだそうと考えたわけだ」


 先輩は俺たちのまかり知らぬところでまた、大きなものを抱え込んでいた。

 先輩が話す話に誰一人口をはさむことなく、黙って聞いていた。もちろん俺だって一句も聞き逃さずにいたが、まさかの紅花さんもそうだった。

 それにしても、しばき倒してほしいってどんな依頼だよ。


 ポケットの中のケータイが少し震えたが、無視して話を聞く。


「天上寺さんの依頼が来たとき、とっさに反応しないように抑えたが、あの絵を見た時僕はすぐにピンと来ていた。ファイリングしたあのイラストからは、ハンティングゲームでの情報がかなりマッチングしているんだ。

 さらに驚いたのは雑木林に入ってから。

 僕が座っていたあの岩の下に彼女が探したであろう猫がいたからだ。無論、本来ならそれを彼女に差し出して依頼が終わるはずだったが、状況を見てそんなことが出来ないことが分かった。

 猫はすでに息絶えていた。その体にはペイントがべったりついていて、そのショックで死んだんだろうね。君たちに見られる前に僕が隠してそのあと葬ったよ。

 もちろん、ここに写真がある。何かの証拠に使えるかもしれないからね」


 先輩はひらひらと僕らの前で舞わせて見せた。僕らには見えないように。

 その後も変わらない調子で続ける。

 しかし、僕らが東雲君の生徒手帳をもって部室で先輩に奪われたところで話は一転していく。


「君たちは気づいてなかったかもしれないが、東雲君はその翌日かがっ君たちを尾行し始めていたんだ。そして僕がそれを尾行する。二重尾行が始まった。

 僕が見る限り、彼は君たちが手帳を見つけるかどうかを見ていたようだ。おかしいな、それなら自分で探せばいいのに。ただ、彼がつけていたのは君たちが雑木林にいるときだけだった。まるで見つける瞬間を見逃さないようにしているみたいだったよ。

 これは僕の推測だが、あの手帳はかなり見つけやすいところにあったんじゃないか?そして何らかのまずいことが書かれている。パッと見ではわからないがじっくり読んでいけばわかってしまうところに書かれているんだ。だから尾行していたんだろう。

 そして、その手帳をなぜ自分で回収しなかったのか。それは壁にペイント弾が当たった時だろう、夜の中で手帳を見つけることが出来なかったからだ。

 私たちが天上寺さんの依頼を受けた時にはなかった壁のペイントだ。あり得るのはその夜ぐらいのものだろう。翌朝、ここへ来たときには美術部が私たちに依頼を出したことを知った君はそのまま手帳が見つけられても、探しているところを見られても犯人だと思われてしまうとすぐに察した。だから嘘をつき、依頼をするという形でごまかそうとしたんだ。

 僕は君を尾行する中でそうなっているんだと結論付けた」


 俺は黙って先輩の話を聞いていたが、ここまで聞いていて思ったことがある。

 先輩の推理も俺のと同じくらいふわふわしてる。

 ここでまた、彼も鼻で一つ笑って、先輩の言葉を吹き飛ばそうと口を開きかけた。

 それも先輩が差し出す手帳で止まる。

 東雲君の生徒手帳だ。


「何で、あんたが持ってるんだ。まだ見つかってないんじゃ」


 そういうと、彼は俺の方に向き直る。困惑と憤怒の中間の表情か。

 そういえば先輩にとられたことを直接的には話してなかったな。


「さぁさて、お待ちかねだろう証拠というものを出していこうか。やはりこれだろう。この中にある」


 ぱらぱらとめくるその手帳には、僕らも知っている内容が添付されている。それと各ページにちらほらと、いやほぼ全ページになろうか、書き込みを入れている。


「いやぁ、これを見て行ってもね、不思議なところは見当たらないんだよ。書き込みも大した内容じゃなかったね。今更だけど、勝手に見たことは謝るよ。済まない」


 そこで少し間を持って、続けた。

 だからこそ東雲君と話せる場にするというがっ君の提案に乗った、と。

 そういえばだが、俺たち学園依頼部の仕事は毎回こんな探偵まがいのことをしているわけではない。

少し前、俺たちが入部する前の先輩は今ののほほんとしたイメージとは対極だったそうだ。暴力で案件を解決することもあったらしい。そんなある意味武闘派の先輩はこの単独行動の間、その力を如何無く発揮していたらしい。そのことを俺は目の前で思い知ることになった。


「よし、じゃあがっ君。彼の制服の中にもう一冊手帳があるかもしれない。それか…、メモだな。探してみてくれ」


 手技の速さか、あっという間に先輩は東雲君のことを羽交い絞めにし、俺に制服を漁れと言っている。

 というかこれはありなのだろうか。普通に考えたらいろいろな方向でダメだろう。

 俺は倫理的道徳的、法律的にどうなのだろうかと二の足踏んでいると俺の脇をさっと抜けて、クリスが向かっていった。


「有君…。よし、やってくれ」

「部長、俺は信じていいんですか」


 クリスは東雲君の制服をまさぐりながら静かに問う。

 クリスは俺といるときに言っていたが、彼は先輩を疑った。彼はその時俺をとったんだろうな。現部長の先輩と将来のある俺とを天秤にかけて、部長を疑ってしまったんだ。

 そんな彼でももちろん先輩に感謝して、尊敬している。

 彼は己の能力を過信しているタイプだった。天才といわれる人間によくあることだ。そのことからも周りに疎まれていたらしい。

 それでも自分に自信を持っていた彼は先輩という自分以外の天才に触れて変わっていったという。

 自分だけが特別と思っていた世界に他人が入ってきて、世界がリアル化してきた。それまでモノクロのような世界がカラーになり全く別物に見えたようにも感じたらしい。

 先輩がクリスを依頼部に誘ったのはそれからしばらくした時らしい。その頃にはクリスも人が変わったように人の気持ちが分かる様になっていたみたいだ。そのことはクリス自身も気持ちよく思っているみたいで、さらに自信を高めるためと依頼部に入った。

 きっかけになってくれた先輩を敬愛していると話していたのを覚えている。

 上辺だけの裏切りは間違っても一度までだ。


「先輩、見つけました。メモが一枚」


 東雲君に比べ圧倒的に上背がある。多少暴れたところでクリスがてこずることはなかった。


 変わらずクリスの顔は陰りがあるが、メモはすぐに先輩の手に渡された。

23.2 15.5 53.8


C D C C R R D C C C C




  これがそのメモか」

 先輩は俺たちにも見せてくれるが。暗号だろうということ以外は全然わからない。

 これをノーヒントで解くのはむりだ。

 先輩はメモと手帳を交互に眺めて、眉頭を寄せている。パララとページを飛ばし見ていた。


「ああ、なるほどね。わかったよ」

「先輩…、もう少し位悩んだらどうですか。俺たちにはぱっぱらぱーですよ」

「がっ君。ぱっぱらぱーは古いよ。おっさんか」


 つい口に出ちゃったんです。気にしないでほしいな。


「部長、俺もわかんないです。さっぱりというわけじゃないですけど」


 俺はさっぱりなんだが。


「それじゃあ有君。わかったとこまででいいから説明してくれるかい」

「では、少しだけ…。みんな持ってると思うんで、生徒手帳を出してください。このメモは部長が言っていた通り生徒手帳と合わせないとわからないようになっているみたいです。そこでまずみてほしいのは上の数字と下のアルファベットでは筆跡が違うことから、たぶん、上の数字は主催者からもらった時にすでに書いてあったもので、下が彼が書いたものだろうと推測できます。主催者からもらったということは共通して参加者は分かるということ。だから上の数字が生徒手帳と関係しているから、この数字が示すものは。条数か、ページ数か。章ごとに条数はリセットされて重なっている番号あるから、恐らくページ番号だと思われます。じゃあページ番号で行くとすると二つ番号があって間が空いてるこの中からどれをページ番号にするのかというと、彼らはサバイバルゲームをしていたことが次に重要になってきます。つまりはハントした獲物の点数を決めないといけない。点数は主催者から決められるものだから数字のうちのふたつめが、点数として扱うのが一番らしいだろう。それでページ番号となるのが23 15 53となるんだが、これのページを開いてみるとわかるとおり、そこに書いてあるのはなんでもない生徒条項だ。そのページの最初の文字を出してみても「う」「え」「ツ」って取り留めも、法則性もなくて、アルファベットとのつながりもないんだ。

 俺じゃあこれがなんなのかもうわからないんです。そもそも俺の考えがあってるかどうかも。部長、役不足ですみません」


 クリスは先輩に頭を下げてるが俺から見ればすげえと思った。そこまで推察できる知識も観察眼も俺にはない。だけどクリスにはある。でもクリスも先輩も俺が次の部長だなんて言ってた。俺にできることはなんだろうな。


「有君。よくできてる。いや十分だ。あとは僕が後を継ぐよ」


 先輩はクリスに頭を起こすように諭して、自分の手帳の白紙のページを開いて、俺たちに説明してくれた。


「クリスが突き止めてくれた「う」「え」「ツ」はそのままであってる。問題は変換して見つけた三つの言葉をもう一度変換しなければならないんだ。ここでハントされてた獲物はなんだ?猫だったよね。つまりcatということはCだ。メモに書いてるから間違いないだろう。そこで僕は共通点を探す。Cはアルファベットで三番目の言葉、対して「う」五十音順で「あ」から初めて三つ目だ。じゃあこの推論を確認するために次の言葉で試してみようか。次は「え」だ。四つ目。対するアルファベットはD。これもぴったり。Dといえばdog。最後は「ツ」で十八番目のR。Rabbitだね。これでそれぞれが点数につながって、自分で書いてあるアルファベットの羅列がハントした順番かな」


 これは、もうそれで決まりだろ。先輩の言ったことは間違ってる気がしない。このメモが解き明かされた時点で彼の、東雲信二の疑いは限りなく黒だ。


「どうかな?東雲君」


 先輩が犯人を問い詰めにかかった。

 場に緊張が走る。

 先輩も彼のそばを離れ、俺たちの立ち位置は彼を取り囲むようになっていた。


「いや、まぁ、すごいですよ。すごいです。さすが学園依頼部の部長さんですよ。なんですか、そのメモは。そんなものは知らないよ。あんたが作ったものじゃないですか」


 この状況でまだ反論するのか。散り際は美しいに限るというのに。

 俺はそう思っていたが、どうやら事態はそうでもなかったらしい。


「うーん。やっぱりそう思うか。確かにこのメモは僕が作ったものだ。でもなんでそんなにすぐにしかも確信的に言えたんだ」

「そんなのメモを見た瞬間わかったさ。ウサギなんていねぇよ」

「…?そうなのか?」


 俺がそう答えたところで、彼の眉間にもしわが寄った。


「ん?あっ!いや。わかるだろ。あんたらだって、ウサギなんて見なかったはずだ」

 彼がうろたえ始めたところで先輩が締めにかかりだした。ここまであからさまだとさすがに俺でもわかる。


「僕たちはね、ウサギにそこまで自信を持って反論できることが信じられないんだよ。僕らが仮に獲物としているものを知っていたとしても、見たことがあるのは猫だけで、犬もしらないんだ。もちろんウサギもしらない。ウサギだけに過剰反応する君は疑われて当然だね。だって獲物を知っているのは当事者だけだろう。さぁ、東雲君。なぜ知っていたのか教えてもらおうか」


 もう、彼はにげられない。これだけのことが分かれば、部長会でも処分が下るし、生徒会、学校側からも厳正な処分が与えられるのに十分だ。

 彼もわかったのか、もう言葉で片付けようとはしなかった。

 靴下からハンドガンを取り出し先輩に突き付けた。

 中身はペイント弾だろう。しかし関係ない俺はすぐにとびかかった。

 先輩もすでに動き出していて、もちろん彼ももう狙いは定まりかけていたが、一瞬俺の動きが勝ったようだ。

 振りぬいた足蹴りで俺は銃を蹴り飛ばした。体制を立て直してもう一撃入れようとしたが、それは躱される。

 蹴り飛ばした銃は運悪く勢い強いままその場にいた女子。紅花さんに向かっていった。

 彼女は根っからの文化系で調べでもあまり運動ができる方ではない。当たれば怪我をしてしまう。

 俺はかばおうと動き出すが、俺が蹴り飛ばした銃においつけるわけがなく、間に合わない。「岳人!お前はあいつを追え!」


 俺の失態をカバーしてくれるのはいつもあいつだ。

 クリスは紅花さんの前に回り込んで、銃を弾き飛ばす。今度は地面を転がっていったみたいだ。


「俺はあんたみたいな女は嫌いだが、それでも巻き込むわけにはいかないんでな。ほら岳人。こっちは俺が見とくから早く追え」


 クリスは紅花さんの前で俺にそう言い、反対側を見ると東雲信二が逃げ出していた。

 俺は舌打ちをして追いかける。

 ここからではどうやっても間に合わない。にげられると自宅の証拠を消されてしまう。個々で話したことをもとに捜索するんだから、消されるわけにはいかないんだ。

 距離は縮まりそうにない。

 後ろから先輩の怒鳴るような声が聞こえた。初めて聞くような。

 横によけろと言っていた。その通り横によけて先輩をみると東雲の銃を構えている。

 この距離じゃあ走っても間に合わないが、ペイント弾だと間に合う。当たればこけたりするだろう。そうでなくてもペイントが付いたまま街中を走ることはできそうにない。

 さすが先輩。頭がよく回る。俺は着弾するまでそう思っていた。

 バスッと思っていた音とは違う音がしたと思うと、東雲の激しい叫び声が学校中にこだました。

 俺はすぐにかける。先輩も一足飛びに来る。

 東雲の足は血が出ていた。ほんの小さな穴が開いていたのだ。

 先輩はすぐに銃を調べて、弾倉をはずす。

中身はペイント弾ではなく、BB弾。銃は改造されたエアガンだったんだ。

昨今、話題に上がったこともある改造エアガン。その威力は皮膚を貫通し、十分な殺傷能力が認められる。威力が検証されて確認されると銃刀法違反の扱いにもなるらしい。

当然先輩は中身はペイント弾だと追っていたはずだ。いつかの俺と同じ、怪我しないとわかっているからこそ撃ったんだ。

彼の足は貫通はしておらず、弾もまだ目で見える位置にある。すぐに横から押さえた結果、弾は押し出された。しかし、血は流れる。

俺たちは暴れる彼を押さえて、すぐに圧迫止血する。そこには銃を転がしたまま。

 他人からこれを見たら、どんな風に映るだろう。

 ああそうだ。悪役は俺たちになるな。

 叫び声を聞いて学校に常駐している警備員が駆けつけてくる。

 俺たちは彼の足を圧迫するが、出血そのものは大したことはない。が、痛みはひどいらしく、苦しみ続けている。

 俺から見れば、わざと苦しんでるんじゃないかと疑えてくるが、今私情を挟んで怪我人を悪く言うのは人が悪い。警備員と傷の状態を見て、救急車を呼ぶほどではないと判断したので学校の救護室に運んだ。

 警備員はとてもよく動いていた。よく動いて、現場を保存し、犯人と思われる俺と先輩の身柄を押さえた。

 大人たちの対応は目を疑うほどスムーズだった。勉強になると思う。

 事情、経緯、結果、事実や感情に性格までも含めたプロファイリングがなされて、俺たちは丸裸になったような気分になった。

 ここには俺たちしかいなかったが、他では東雲も、クリスや紅花さんも同じようなことをされているのだろうか。

 全くこの学園の手際の良さには驚きを覚える。

 依頼部の仕事で違反を犯したものを処罰したことがあるが、その時も今みたいなことを違反者にしている状況を見た。

 生徒に学園の舵取りを任せているが、そのサポートに回っている教師、事務員、警備員についてまで、彼らは俺たちよりハイスペックなのだ。

 つまり、今回のことで警察や、学外の機関が介入することはない。学園の内部のみですべて解決できるからな。

 その結果、退学や無期限停学といった厳しい処罰が多く科されている。

 俺は処罰なしだが、先輩はそうはいかない。

 厳しい処分が決まった。


「先輩、もう仕事は良いですよ。そんなにギリギリまでやらなくても後のことは俺に任せてもらって大丈夫ですから」

「そうだね。発つ鳥跡を濁さず、とはいかなかったけど、残りはがっ君に任せるよ。新しい部長にね」


 あの日から一週間後。俺と先輩は部室で物品整理をしていた。

 あの事件で処罰を受けることになったのは二人。

 金城雅人と東雲信二の二名。

 東雲については俺たちの調べたことと推論が裏付けされて、サバイバルハンティングゲームのメンバーだったことが証明された。結果は、退学処分。

 動物愛護法に触れる立派な犯罪者だ。反論の余地なし。それでも警察沙汰にはならなかった。もしかして警察に圧力でもかけられる立場なのだろうか、うちの学校は。

 先輩の処分はたとえ犯罪者の足止めのためとはいえ、人に向けて発砲したことは重大なもんだとして扱われた。それでもこれまでの功績や協力してきた教員たちの口添えもあって、退学や停学とはなかった。


「飛行機の時間までもう二時間ですよ。先輩、向かいましょう」


 先輩は学校の代表として提携先のオーストラリアの高校の交換留学生になった。

 退学や停学じゃないが、事実状、これで先輩は学校から消されることになる。

 問題児は残さないのがここの理念だな。

 今日の日まで先輩は俺にできるだけのことは教えてくれた。

 今回、明かされなかっただけで先輩の動きは称賛されるほどの活躍をしていた。伝えようとしようものなら俺たちの倍の時間を持たないと伝えきれないほど動き回っていた。

 東雲が偽物と吐き捨てたあのメモも、先輩がすでに入手していたメモをもとにトラップを仕掛け作ったものだ。彼の自宅に侵入していたらしい。その時には銃もただのハンドガンでペイント弾だった。先輩が自身で確認していたものだからこそ、あんなに自信を持って撃ったんだ。


23.2 15.5


CDDCCCDCC




           これがそのメモらしい。


 東雲の話では、改造エアガンは全く知らないらしい。どこかで誰かが入れ替えたのだとしたら、俺たち依頼部、いや金城雅人をよく思っていない人物がそうなのかもしれない。

 今回の事件、俺は先輩の思うように動いて結果何も出来てない。まさに蚊帳の外ということなのかな。

 俺と打って変わって当事者の先輩、その出立は簡素としている。俺とクリスと紅花さんだけが空港に集まった。いや、紅花さんについては知らせていなかったのに、クリスと一緒に来てしまっていた。

 別れの挨拶はない。表向きは名誉ある交換留学生だ。学校からの恩恵もある。

 大した言葉も交わさずに、彼はもう行ってしまった。

 離陸していく飛行機は戻ってこない発つ鳥のようだった。


「クリス。校内での不純異性交遊を許すほど俺は甘くないんだけど」

「いや、岳人。これは違うんだって」

「女連れ込んでんじゃねぇよ、クソ野郎」

「勝手に入ってくるのお前ももう知ってるだろう!?」


 俺が部長会の会議が終わり、部室に戻るとクリスと以前より明るい顔立ちの女が仲良くしていた。その女は俺もよく知っている。春休みの時に調べた女だからな。


「まぁ、いつもだからわかっているけど、見ててイライラすんだよ。紅花さんには出てって貰え。てか追い出せ」


 詳しいことは知らない。ただきっかけになった場には俺もいたからわかる。

 二か月前のサバイバルハンティングゲームの一件。全力でぶつかり身を守ってくれたクリスを信頼できるようになった。

 クリスはガラが悪いこともあるが基本的にいいやつだから、なぁなぁで付き合ってたら、今ではこの通りクリスに紅花さんの方から会いに来るようになってしまった。

 クリスが追い払うのを見計らって、今度は天上寺が部室に入ってきた。


「てめぇ岳人。自分がつれこんでんじゃねえか」

「違うよ。今回のは依頼だ」


 今回のはってことは、別のがあるんだが、それは俺も反論できなくて勝手に天上寺が部室に上がってくるんだ。二年になってクラスが同じになっていることも一つのきっかけだが、何を思ってか、少しのことでも俺たちに依頼してくるようになってきた。依頼書も積もり積もって契約で今なら何でもさせられそうなほどだ。

 もともとの性格がアレな彼女はそんな感じで俺と仲良くなっていったらしい。俺はあまりに詰め寄り方が急だったから少し怖がってるんだが。


「がっ君~。今日のお願いねぇ…」


 ソファに座った彼女にぶちの子猫が隅から出てきてちょこんと乗っかる。

 いつか彼女が依頼して助けた子猫をいまだにここで預かっているんだ。彼女にはとても慣れていて、ここに出入りしていい代わりに世話を任せている部分もある。

 彼女は俺が聞くまでもなくすべて話してくれた。


「はい、わかりました。あなたの依頼を承ります」


 俺たちはすぐに取り掛かった。

 先輩がいなくなって二人になった依頼部。噂も流れて以来の数も激減した。

 部長会の支持も取り戻すため毎日のように依頼を受け達成している。

 今では部長という役職になった俺はかつての部長のように働いているがそううまくもいかないところもある。それでも俺は依頼を達成しつづけ、もう一つ先輩から受け継いだものを発し続けている。


「学園依頼部はあなたの依頼をできる限りかなえます。また是非いらしてください」


 先輩が俺を今ある姿にしてくれた恩に報いるため、依頼部を先輩の時以上に輝かしいものにするため、俺のセリフとして定着したもう一つの言葉を最後に送ろう。

 過去の栄光なんて俺には関係ない。そんなのは歴代部長の威厳の残価だ。俺は俺の実力で今を築いていく。


「今と未来を創っていくその手伝いを、俺たち学園依頼部へ」


 さぁいこう。今日も俺たちは人のため自分のために汗を流していく。


よ、読んでくれたんですか?


ありがとうございます!


ちょっとでも文字数削ったり読みやすくしようとしてたら逆に読みずらくなっちゃった(*ノωノ)


ごめんなさいね、私読専だからへたくそでした。


もっともこの小説よりは「HandA」のほうが面白いと思うから。もしよかったら読んでみて!


ありがとう!


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